異世界召喚されたら、柴犬が姉になりました。
@antomopapa
第1話 柴犬の散歩中に、勇者になりました
私の名前は岡崎香耶。高校一年生。
今は我が家の柴犬——ポチの散歩中だ。
「ポチ、ちょっとそっち行かないで」
リードを引いても、ポチは聞こえないふりをして、道路脇の植え込みに鼻を突っ込む。
「……ポチ。そこダメ」
すると今度は、まるで計算していたみたいに、反対側へすっと移動する。
賢い。確かに賢い。でも、その賢さを私との攻防に全振りするのはやめてほしい。
「トイレは道の真ん中でしないで」
止まった。
嫌な予感がした。
「ちょ、今!? 今その顔!? 今から!?」
私は慌ててリードを引き、ポチの体の向きを変える。
ポチは「仕方ないな」という顔で、ほんの少しだけ端に寄った。ほんの少しだけ。
ご飯の時も待てをしてくれない。
おすわりだって、おやつがないとしてくれない。
おやつがあるとする。ないとしない。実にわかりやすい。
そして今。
公園に入った途端、ポチがふいっと立ち止まった。
来た。
「……ポチ?」
ポチは答えない。
ただ地面に鼻を近づけ、真剣な顔でスンスンし始める。
「え、もしかして……スンスンタイム?」
尻尾が、ぴん、と立った。
「……やっぱり」
こうなると十分は動かない。
柴犬のこだわりは強い。私はため息をついて、その場で待つことにした。
「今日は寒いし、早く帰りたいんだけどな……」
ポチは聞いていない。
ひたすら嗅ぐ。さっきから同じ場所を。
「私がなにしたって……」
そう呟いて、足元を見た瞬間だった。
ん?
地面が、光っている。
見下ろすと、見たことのない文字が浮かんでいた。
円を描くように並んだ記号。淡く光って、ゆっくり回っている。
「……なに、これ」
スマホのライトじゃない。
誰かのいたずらにしては、本格的すぎる。
「ポチ」
名前を呼ぶと、ポチが顔を上げた。
いつもより、ずっと真剣な目だった。
次の瞬間。
光が、ふわっと広がった。
「え——」
声を出す前に、世界が白くなる。
足元が消えて、体が浮いたような感覚。
「ポチ!」
リードを握り直そうとした、その時にはもう遅かった。
光に包まれて——
気が付くと、私は知らない場所に立っていた。
「……ここ、どこ?」
石畳の道。
木造の家が並び、屋根は藁っぽい。
見たことのない服を着た人たちが、私を囲んでいる。
「おお……! 気が付かれましたか、勇者様!」
「……ゆう、しゃ?」
勇者様ぁ?
制服着てる私が?
混乱していると、別の声が聞こえた。
「全く、あなたはいつもそうなんだから」
え?
聞き覚えのある声。
でも、ありえない。
振り向く。
「……ポチ?」
そこにいたのは、ポチだった。
ただし。
「……ポチィ!?」
でかい。
私の胸くらいの高さまで肩があって、顔の位置はほとんど同じ。
四本足のままなのに、視線が真正面からぶつかる。
毛並みも顔も、確かにポチだ。
でも、サイズが完全におかしい。
「どうしたの!? おっきい! え、ちょっと待って、でかい!」
「だから落ち着きなさいって言ってるでしょ」
「……しゃべった」
ポチの口が、普通に動いていた。
「聞こえてるわよ。叫ばなくても」
「しゃべったーーーー!」
私は思わず後ずさる。
ポチは前足を一歩だけ出して、私の前に来た。
「香耶。深呼吸」
そう言って、鼻先を私の額に軽くつけてくる。
犬の匂いがした。
「近い! 近いって!」
「騒ぐと余計ややこしくなるわよ」
「なんでそんなに冷静なの!? 犬なのに!」
「犬だけど」
ポチはそれだけ言って、その場にすとんと座った。
尻尾が一度だけ、地面を叩く。
周囲の人たちが、ざわついている。
「聖獣……」
「勇者様の守り犬……」
「違うから!」
思わず叫んだ。
でも、誰も聞いていない。
さっき「勇者様」と呼んだ人——たぶん村の偉い人——が、深々と頭を下げた。
「勇者様。ここはアルテ村。
あなた様は、伝承により異世界より召喚されました」
「……異世界」
言葉にした瞬間、膝が少し笑った。
「百年に一度、異世界より勇者が現れ、魔王を討つ。
そして神は、勇者を元の世界へ帰す——」
「……魔王」
村人たちの表情が、硬くなる。
私は、思わずポチを見る。
「……無理だよ。私、普通の高校生だよ?」
「呼ばれた以上、そうは見てもらえないでしょうね」
「冷静に言わないで!」
ポチは私を見て、少し首を傾げた。
「帰りたいんでしょ?」
「……帰りたい」
「なら、まず話を聞きましょ」
その言い方が、やけに落ち着いていた。
「……ポチ」
「なに?」
「なんでそんなに落ち着いてるの」
「今騒いでも、状況は変わらないから」
私は大きく息を吸って、吐いた。
「……わかった。話は聞く」
ポチは何も言わず、静かに隣に座った。
こうして。
私は異世界で、勇者になったらしい。
そして私の柴犬は、なぜか喋る巨大犬になっていた。
——私たちの物語は、ここから始まる。
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