第6話 ギルド長の目


 朝の空気はひんやりとして、

 街の音が少しだけ鮮明に聞こえた。


 アイラは小さな宿の窓から、

 通りを行き交う人々を眺める。


「今日も……行くか」


 長剣を背中に背負い、

 探索者カードを手に取る。


 昨日の配信で、

 視聴者が少しずつ増えた。


 その数字を胸に刻み、

 アイラは街を歩き出す。


 向かう先は、

 もちろんギルドだ。


 入口前には、

 すでに数人の探索者が集まっていた。


 軽装の若者、

 重装備の中年、

 そして学生服の少年もいる。


 それぞれが、

 依頼を待ち、情報を交換する。


 アイラも列に並び、

 掲示板に貼られた依頼を見つめた。


「今日は……少し冒険してみよう」


 選んだのは、

 中規模のダンジョン。

 危険度は中。

 初心者向けではない。


 少しの緊張感が、

 胸を高鳴らせる。


 カードを受付に提出し、

 許可を受けると、

 通行証が手渡された。


 地下への階段。

 薄暗い空間に足を踏み入れる。


 壁には淡く光る結晶。

 床は少し湿っており、

 踏み込むたびに水滴が跳ねる。


 配信端末を胸元に装着し、

 声を少し強めに出す。


「こんにちは、探索者のアイラです」


 視聴者は、

 昨日よりも増えて十五人。


 少しずつ、

 だが確実に、見てくれている人がいる。


 通路を進むと、

 小型の魔物が現れた。


 スライムとゴブリンの混合型。


「……動きが速い」


 剣を構え、一歩踏み込む。

 魔物が攻撃を仕掛ける。


 受け流し、隙を作り、

 横から斬りつける。


 画面の向こうで、

 視聴者のコメントが流れる。


 ――「上手い!」

 ――「距離感がいい」


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 進むにつれ、魔物の数は増え、

 攻撃のパターンも複雑になった。


 息が荒くなる。

 腕も重くなった。


 だが、無理はしない。

 焦らず、一歩ずつ進む。


 すると、通路の先に、

 不穏な影が揺れた。


 大型のゴブリン。

 盾と棍棒を装備しており、

 通常の個体より威圧感がある。


「……強そう」


 一瞬、体が硬直する。

 だが、アイラは剣を握り直す。


「大丈夫。

 無理はしない」


 剣を構え、観察する。

 ゴブリンが突進してくる。


 盾を振り上げ、攻撃を防ぐ。

 その隙を突き、横から斬りつける。


 剣が命中し、ゴブリンは倒れた。


 ――コメント:

 「うまい……!」

 ――「焦らないのがいいね」


 心が、少しだけ軽くなる。


 ダンジョンを抜けると、

 視聴者数は二十人を超えていた。


 街に戻り、装備を外すと、

 端末に配信終了の表示。


「……少しずつ、

 増えてる」


 アイラは窓辺に立ち、

 外を眺める。


 だが、その姿を、

 別の場所から見つめる目があった。


 探索ギルド、最上階。


 男は複数のモニターを前に座り、

 配信画面を見つめていた。


 その一つには、

 アイラの戦闘映像。


「……判断は正確だ」


 呟く声は低く、静かだ。


「だが、まだ甘い」


 画面に流れるコメントや、

 視聴者数を確認しながら、

 男は小さく息を吐く。


 ダンジョン内の危険は、

 単なる序章に過ぎない。


 これから起こる出来事を、

 娘はまだ知らない。


 男は、

 非公開情報を操作し、

 危険な依頼を制御した。


「ここには行かせない」


 誰にも知られぬ配慮。

 父としての、

 静かな介入。


 一方、アイラはまだ、

 父の存在を意識していない。


 ただ、自分の剣と判断で、

 戦いを進めているだけだ。


 街に戻る途中、

 アイラは端末を見つめながら思う。


「現代って、広いな……」


 魔界とは違う広さ、

 人の多さ、可能性の大きさ。


「もっと、

 いろんな場所に行きたい」


 剣を握り直し、

 胸を張る。


 小さな剣士の冒険は、

 まだ始まったばかり。


 そして、遠くで見守る父の視線は、

 これから訪れる試練を予感していた。


「……目立ち始めている。

 油断はできないな」


 モニターに映る娘の笑顔を見て、

 その口元に、わずかに緩みが生じる。


 こうして、

 アイラと父――魔王の目線は、

 同じ世界で交錯し始めた。


 配信と冒険、

 守る者と挑む者。


 すべては、

 この日を境に、少しずつ動き出す。

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