1-8-5.四月十九日
お父さんは、お母さんの血のことをひどく気にしているようだった。もし
仮に、わたしのお母さんのような、存在自体が国家機密みたいな人だったとしたら、警察はその人を捕えてきちんと裁くことができるのか。何だかこの国の闇に関わってしまいそうで、これ以上の深入りは躊躇われる。
その反面、そんな大それた秘密を知りたい、暴きたいという好奇心も同じくらいある。恐らく
「でもそうすると、これ以上はわたしたちもお手上げじゃない?
「そう……だな。僕たちは“あにまる保育園”の方から真相に近付くことにしよう。こちらから思わぬ手掛かりが出るかもしれないからな」
さすがにこの件から全面的に手を引くということはないか。
“あにまる保育園”が何らかの悪であることは間違いないと思うが、正直わたしは、今回の事件と“あにまる保育園”が直接的に結び付くかと言われると、そこには疑問がある。
先の四件の殺人事件は“あにまる保育園”との関わりもあるだろう。全くないとは言い難い。ただこの里脇教授の事件は、どうも別の思惑が裏にあって起こった事件ではないかと思っている。ただ根拠はない。直感的にそう思うだけだ。何か異質で、引っかかる。その何かを見つけるに至っていないから、萩くんを説得できるだけの論理を組み立てられない。それがもどかしかった。
「そろそろ時間か……。先生、後で送っておくが、“あにまる保育園”の改修時の図面を入手したから明日までに目を通しておいてほしい」
「わかった。ありがとうね」
「それじゃあ、また明日。よろしく頼む」
珍しく、萩くんは自発的にわたしに頭を下げた。彼も何か、この事件に懸ける思いがあるのだろうか。どうしても引き下がらないのは、彼なりにこの件を解決したい理由があるのだろうか。
いつものように
「萩様は焦っておられるのですよ。成果を出せなければ、ご自身の価値がなくなってしまうと思っておられるのです」
「そんなことないのに。もう充分成果を挙げていると思いますけどね」
「ええ、その通りでございます。ですが、こうして好き勝手に警察の情報を閲覧し、本家の人間を通してですが警察関係者と内密にコンタクトを取ることが許されているのは、お母君のおかげなのです」
萩くんのお母さん、か。そういえば、彼の両親の話はあまり聞いたことないな。お父さんが築島グループの代表ってことは知っているけれど、お母さんはどんな人なんだろう。家柄的にも、お父さんに釣り合う人なんだろうな。
「お母君は警察関係者に広く顔が利くお方で、幼い頃の萩様にも英才教育を施してくださいました。今の萩様があるのは、間違いなくお母君のおかげなのです。ただ、お母君も多忙なお方ですから、萩様のために割ける時間は多くありません。そのためにも萩様は、自分がお母君にとって有用な人物であることを示すことで、お母君との時間を取り戻したいのです」
佐路さんの話にはところどころ不透明な箇所が見られるが、それでも言葉のニュアンスから伝えようとしてくれている。恐らく、彼にはこの発言自体、許されたものではないのだろう。
「だから力になってあげてほしいってことですか? 佐路さんに言われなくてもそのつもりですよ。見ていて危なっかしいですからね、あの子」
「恐れ入ります。また、このことはくれぐれも内密にお願いいたします」
「ええ、もちろんです」
「感謝いたします」
そう言われてしまうと、わたしだけこの件から手を引くわけにもいかなくなる。わたしが彼を置いていってしまったら、彼は余計に強引で無茶な行動に出かねない。せめてわたしが歯止めにならないといけない。
家に帰ると、ちょうどお父さんから連絡があった。わたしの置手紙を読んでくれたらしい。別に小分けにして送ってくれてもいいのに、わざわざ一回にまとめて長文で送ってきた。
〈ご飯ありがとう。美味しかったよ。それから昨夜はごめん。本当に酷いところを見せちゃって、志絵莉にも嫌な思いをさせたと思う。これに懲りて、少しお酒は控えるようにするよ。制服の件、変な誤解をしてしまったかもしれないけれど、あの制服は志乃さんのものだよ。
色々ツッコミたいところはあるが……加藤さんがそう言うのなら、わたしは彼女に関わらないようにしようと思う。本当は加藤さんに話を聞ければお母さんのことがもっとわかりそうだけれど、彼女にも彼女の生活があるだろうし、今更わたしが出ていってそれを壊すわけにはいかない。
お母さんの代わりに産んでくれたっていうのは、お母さんはわたしを産めるような身体じゃなかったのだろうか。もしや、お父さんが繰り返し言ってきたお母さんの血というのは、体質のことなのだろうか。
それに、あの制服がお母さんのものだったとしても、それを取ってあることも、懐かしくなってわざわざ引っ張り出してきたことも、ちょっとキモい。引っ張り出してきて、どうしたのだろう。……あまり想像したくないな。
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