1-8-2.四月十九日

「そういえば、昨日も環境科学休みだったじゃない? なんか、里脇さとわき先生の奥さんを殺した犯人、まだ捕まってないらしいよ」


「今期一杯は休講ってお知らせ来てたね、そういえば」


 百花ももかにはしゅうくんとのことは話していない。話せば食い付いてしまいそうだから、巻き込みたくなくて、話していなかった。だからわたしは、知らないフリを貫くことにした。


「っていうか、里脇先生自身が行方不明らしいって噂もあって、犯人は里脇先生だったのかもって話も聞くけど、志絵莉は何か聞いた?」


 とは言え、さすがに翠泉生。驚くほど勘が良い。少ない情報からある程度 正解に近い仮説を立てることに関して卓越している者が多い。誤魔化す方もうっかりしていると、簡単に見破られてしまう。


「まあね。なんか、前にあった連続殺人事件に手口が似てるとか何とかって聞いたけど」


「あー、私も聞いたそれ。通報と犯行が一致しなかったやつね」


 あの事件って手口は公表されていないんじゃなかったか。まあ、翠泉生の親は様々な業界の上層部や有力者だったりすることも多いから、当たり前のようにこうした情報が出回っているのかもしれないな。


「そうそれ。でも今まで被害者の親族が行方不明になるなんてパターンはなかったよね? そうなると、関連の事件とは言えないかな」


「私としてはさ、これまでの事件も実は同一犯で、今回の事件も同じ犯人。今まで捕まった幼馴染たちは、その本当の犯人を庇ってるって説を推したいな」


「それ誰の説?」


 それはつまり、その幼馴染たちを犯人として捕まえた警察が無能だったと言っているようなものだ。公的組織を批判するなんて、百花が考えた説とは思えない。


湯ヶ崎ゆがさきゼミの、マリちゃん」


 あいつか……。考えそうだ。しかし一考の余地はあるように思う。萩くんの調べによれば、幼馴染たちは共謀していないらしいことがわかっている。その前提で、仮説を立ててきた。しかし時にはその前提こそ疑ってみる必要もあると思う。


「なるほどねぇ……わたしもその説乗ったわ。でも山橋やまはしさんには内緒にしといてね」


「志絵莉、まだマリちゃんのこと苦手なの?」


「そりゃあ、あんなことがあったんだからねぇ。わたし、謝られてないし」


 いい歳して大人げないような気もするが、少なくともあの件は、向こうから謝るべきだ。それをしてこないということは、向こうも関係の修復を望んでいないということだろう。


「えっ、そうだったの? マリちゃんも大概だなぁ、もう子供じゃあるまいし。よっぽど嫌われてるんだね、志絵莉」


 なんて、笑いながら言いやがる。本当に、遠慮なく何でも言うな、百花は。誰にでもこうなのではなくて、わたしにはこんな物言いをしても良いと心を開いてくれているのだ。わたし自身もそれで良いと言ってあるから、百花もしばらく前からそのスタンスを変えることはなかった。


「別にいいよ。誰からも好かれたいわけじゃないから」


「そうだよね。今の志絵莉は彼氏ラブなんだもんね」


「ねえぇ~、事あるごとにそれでいじるのやめない?」


 そんな馬鹿話をしながら、いくら翠泉生でも里脇教授の事件と“あにまる保育園”を結び付けている子はいないらしいことがわかってほっとした。顔が広くて情報通の百花なら、もしそんな話が出ているなら知っているはずだ。それに、わたしが“あにまる保育園”に実習に行くことも知っているんだから、もし知っていたならその話題に触れてこないのも不自然に思う。


 ただ、百花に限らず学校の中は里脇教授の事件の噂で持ち切りになっていた。そこかしこであることないこと邪推したような話が聞こえてくる。こうして本当のことが覆い隠されていくのは都合が良いが、群衆が信じたいそれっぽい説が真実以上に信じられてしまうようになると、いざ真実が判明した際に受け入れ難いがために、警察は真実を隠蔽した、みたいな陰謀論が囁かれるようになるのだろうな。



 講義が終わると、わたしは一度家に帰ってきた。今日もバイトが入っているので、その支度をしつつ、今日の一枚を一紀くんに送ってあげた。

 一紀くんが自撮りを送ってほしいと言うので、あれからわたしは律儀に一日一枚は送ってあげるようにしている。続けていると日課になって別に手間とも思わないし、自分で見返せば、その日の服装やメイクを確認できて便利かもしれないと思い始めていた。


〈今日もありがとうございます〉


 というメッセージと一緒に、カワイイ! とゆるキャラみたいな謎の動物が蕩けているようなスタンプが送られてくる。これもいつものことで、もはや一つの習慣、儀式と化していた。

 しかし今日は、その続きがあった。


〈この間の合コンで一緒だった、雨村あめむら唯翔ゆいとを覚えてますか?〉


 苗字は知らなかったけれど、一紀くんとは反対側の、わたしの隣に座っていた獰猛な笑顔のイケメンのことだ。なかなか強烈だったので、今でもちゃんと覚えている。


〈覚えてるよ。彼がどうかした?〉


〈どうも志絵莉さんのことを聞いて回ってるらしいんです。うちの大学の人とか、翠泉の人にも接触してるらしいですけど、さすがにそっちの学校までは行ってないですよね?〉


 知らぬ間にそんな悪質ストーカーみたいになっていたのか、彼。やたらわたしに絡んできていたし、わたしに気があるんだろうなとは思っていたが、そう転ぶとは思わなかった。それに彼も、まさかわたしが自分ではなくて一紀くんを選ぶとは思っていなかったんだろう。それだけ自分に自信もあっただろうし、反転していないといいんだけれど。


〈え、何それ怖……。とりあえず今のところは、直接わたしに会いに来たりはしてないよ〉


〈良かった……。ちょっと普通じゃないような感じがしたので。万が一ということもあるので気を付けてください〉


 って言われても、何をどう気を付ければいいんだろうか。


〈俺の方でも、うちの彼女にちょっかい出さないよう言っておきますが〉


 何それ、その現場 目撃したい。思わず口元が緩んで、変な笑いが出てしまった。部屋に一人で居る時で良かったと心から思う。


〈ありがとう。どんなやり取りしたか、今度教えてね〉


〈わかりました〉


 わたしがやり取りの中身を知りたいのだと、彼は思っただろう。だが、わたしはそんなことなどどうでも良くて、彼がユイトくんに何と言ったのかを聞きたいだけなのだ。それを正直に言うと、きっと恥ずかしがって言ってくれなくなってしまうから、こうして意図的に誤解させたままにしておこう。


〈彼はどんな感じなの? 殺してやる! みたいな感じ? それとも、俺と付き合った方が幸せだってわからせてやる! みたいな感じ?〉


 それによって対処も変わる。警戒の仕方も変わる。できれば後者であってほしい。前者だと対策できないこともないが、あまりにも手間だ。しかもこの忙しい時に。


〈唯翔は俺と志絵莉さんが本当は付き合ってないんじゃないかって疑っているみたいで。乗り替える気がないか、会って話したいみたいです〉


 それで、うちの学校に乗り込んできてないかって心配していたわけか。面倒ではあるけれど、対処としては楽な部類かな。


〈じゃあ、そんなつもりはないってさっさと言ってあげたら解決?〉


 少し時間が空いて、返信が送られてくる。何を悩んでいたのかと思ったが、送られてきたメッセージを見て一つため息を吐いた。


〈志絵莉さんは、本当に俺でいいんですか?〉

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