1-4-2.四月十五日

 それぞれ思い思いに注文し、今は焼き上がるのを待っている。もちろん今日はアルコールはなしだ。


「ここ、よく友達と一緒に食べに来てて。結構美味しいんですよ」


「へぇ、それは楽しみ。一紀かずきくんは、地元はこの辺なの?」


「はい、生まれも育ちも国府こくぶ市です。志絵莉さんは、受験でこっちに?」


「うん。と言っても実家は小石原こいしはらだから、そんなに遠くないけどね」


 小石原市も同じ東京都。ここ、国府市よりは都会に近いけれど、国府市とは電車で乗り換えなしで行き来できるほどの距離だ。


 特別一人暮らしがしたかったわけじゃない。ずっとお父さんと暮らしてきたあの家を出るのは、むしろ寂しくもあった。でもお父さんは、わたしの一番やりたいことをやりなさいと言ってくれた。だからわたしは、この超実力主義の翠泉すいせんに戻ってきたのだ。


「あれ、ってことはもしかして、一紀くんは実家暮らし?」


「ええ、まあ。だからこの間は、迎えに来てもらおうと思えばできたんだけど……」


 まだ入学したばかりなのに合コンで酔い潰れたなんて、親に言いにくいか。


 焼き上がったお好み焼きをそれぞれ取り分けて、わたしはそれをさらに小さく切り分け、ふぅふぅと冷ましながら口に運ぶ。いや、それでもダメだ。さすがに焼き立ては熱い。もう少し冷めるのを待ってから食べれば良かったかもしれない。


「……志絵莉しえりさん、猫舌なんですか?」


 一紀くんの手がわざわざ止まり、意外そうな顔をしてこちらを見つめてくる。

 別に恥ずかしがることでもないはずなのに、何故だか言葉ではっきり肯定するのが恥ずかしくて、でも否定するのも躊躇われて、わたしは無言のまま首を縦に振った。


「志絵莉さん、どちらかと言うと猫系女子ですし、可愛くていいじゃないですか。俺は猫好きですよ」


 ……猫系女子って何、どういうこと? 気まぐれでわがままで面倒くさそうってこと? いや、それはわたしの猫に対する考えが歪み過ぎてるか。


「猫ねぇ……。わたしは動物ってあんまり得意じゃないんだよね。人間と違って何考えてるかわからないし。一紀くんは、動物とか好きなタイプなの? 猫だけ?」


「まるで人間なら何考えてるかわかるみたいに言いますね……。俺は猫以外も、動物は結構好きですね。中でも猫が、っていう感じです」


 一紀くんの顔がわずかに引きつったように歪んだ。少し傲慢が過ぎる言い方だったかもしれない。厳密には、人柄を知ればそこから思考パターンがわかる、という方が正しいんだけれど。それでもちょっと気持ち悪く思われるかもしれない。

 でもたぶん萩くんも同じことをしているだろうし、翠泉に入るような子なら大体そうなんじゃないだろうか。


 すると、そういえば、と何かを思い出したように一紀くんが続ける。


「この辺りに“あにまる保育園”っていう保育園があるの、知ってます?」


 突然わたしにとってはタイムリーな名前が出て驚いたが、彼の地元がこの辺りなら、知っていても不思議はない。“あにまる保育園”があるのもこの船迫ふなさこのあたりだったはずだから。


「知ってるも何も、わたし今度 課外実習でそこ行くんだよ」


「あ、そうだったんですか。俺、そこに通ってたんですよ。だから動物が好きで……」


「えっ、“あにまる保育園”に通ってたの?!」


 突如もたらされる衝撃的な情報に、わたしは思わず彼の話を遮ってしまった。

 貴重なサンプルがこんなに近くにいたなんて。これは自分の目で見るよりも有益な情報が得られるかもしれない。

 それに、“あにまる保育園”の情操教育のもたらしたものには興味もある。しゅうくんとの話では悪い点ばかりに着目したけれど、もちろんいい結果だってもたらしたはずだ。彼がどんな人間に育ったのか、わたしや他の人と比べて何が違うのか知りたい。俄然、彼に対する興味が留まることを知らずに湧き上がってきた。


「わたし、ゼミの研究で“あにまる保育園”のこと調べてるから、ぜひ詳しく聞かせてほしいな」


「いいですけど……志絵莉しえりさんの学科って教育系か何かなんですか?」


 まぁ確かに、実習で保育園に行くって、そう思われるか。わたしの学科を一度で言い当てられる人はそうそういないだろう。たぶん、うちの大学独自の学科だろうし。だからこそ、説明するのがちょっと面倒くさい学科でもある。


「うーん、厳密には違うかな。総合臨床科とかいう、パッと見だと何やってるかよくわからない学科なんだよね」


「確かに、珍しい学科ですね。聞いたことないです」


 やっぱりちゃんと説明しないとわからなさそうだったので、だいぶ噛み砕いて説明してあげる。


「そうだよね。何て言ったらいいかな……理論とか机上の理屈じゃなくて、実際に現場で行われている事にちゃんと着目しましょうよって学科。色んな現場で実際に行われているコミュニケーションや、それによる対人効果とかを研究してるの。だからこういった課外実習とか、こちらから申し出てもちゃんと単位になるんだ。といっても、実際には実習期間じゃわからないことの方が多いし、情報をもらえるに越したことはないからさ」


「そういうことですか。なら、何か資料とかあった方がいいですかね。当時のものが何か残ってると思うので、今度うちに来ますか?」


 なんか、さらっと家に誘われてしまった。でも一紀かずきくん、実家暮らしなんだったよね。ならそれほど警戒しなくても大丈夫か。それに、たぶん下心とか何もなく、ただただわたしへの親切心で言ってくれたんだろうし。

 というか、親にもわたしを彼女だと紹介するのだろうか。“表向きには”を、彼はどこまで表だと考えているだろう。わたしは別にどう紹介されても構わないけれど、彼はどうするだろうか。楽しみにしておこう。


「え、ありがとう! できれば早い方がいいんだけど……お願いできそう?」


「えーっと、俺は早ければ明日でも……」


「じゃあ早速で悪いけど、明日お願いしてもいい?」


「わかりました。準備しておきます」


 思わぬ収穫だ。もし彼の家にご家族が居れば、そちらからも当時の話を聞けるかもしれない。特にお母様は当時、親同士の繋がりもあっただろうし、妙な噂があれば聞いている可能性は高い。当事者からの証言は、いくつものデータに勝る価値がある。

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