1-1-3.四月十一日

「その可能性も頭によぎってはいるんだろうな。だからこうして、僕の元に情報を流してでも秘密裏に解決したいと望んでいる」


「うへぇ、やっぱりまた裏ルートの情報筋なんだ……。あんまり巻き込まないでよ」


 詳しく聞きたくないから聞いていないけれど、彼は時折こうして怪しいルートから情報や依頼を引っ張ってくる。そんなことをしているから、彼の一族が経営する築島つきしまグループは警察と癒着しているとかって週刊誌に書かれるんだよ。

 わたしは直接的にグループの庇護を受けているわけではないのだから、いざという時はトカゲの尻尾切りをされるに決まっている。あまり悪いこと・・・・には関わりたくない。


「そんなこと言って……先生だってわかるだろう? この溢れる好奇心を抑えることができないということを。先生だって、この謎の真相に迫りたくてうずうずしているんだろう?」


「不謹慎な言い方するね……。でも、否定はしないよ」


「ふふん、そうだろうとも。それで、先生はこの事件についてどう思う?」


 またいつものやつが始まった。彼は何故だか、わたしの頭脳が彼に匹敵する、いやそれ以上だと考えているらしい。中学生相手にそんなことはないと言ってしまうのは悲しいが、彼は普通の中学生と同じ尺度では測れない、生きている世界が違う人間だ。幼い頃から英才教育を受けてきただろうことを思わせる明晰な頭脳を、わたしは嫌というほど実感させられてきた。

 それなのに、だ。彼はこうしてわたしに意見を求め、時には答えさえ委ねることもある。怜悧れいりでありながら未熟な彼の頭脳の支えに、わたしがなれる、なっていると彼は思っているのだ。そしてそれこそが、彼がわたしを“お気に入り”としている理由の大部分なのだろう。

 いい迷惑、というには少々傲慢かもしれない。わたしだって彼とこうして関わることが嫌なわけではない。むしろ楽しいとも思う。普通のバイトをして、普通の大学生活を送っていたら一生味わえないような経験をさせてもらっている。だから彼のワガママ・・・・にも、真剣に付き合ってあげなければと思っていた。


「わたしとしては、この一連の事件そのものが、偶然起きたことなんじゃないかと思う。いや、偶然というには作為的すぎるんだけど、そうじゃなくて、少なくともそれぞれの事件の犯人は実際に犯行を行って、自分の意志で犯行に及んだんだと思う。誰かの指示で、誰かが選んだ人を殺させられたわけではないと思う。そういう意味で、そこに黒幕は存在しないんじゃないかな」


「と言うと、そういう意味でなければ黒幕はいると?」


 手元の資料に視線を移して興味深そうにわたしの話を聞いていた彼は、ニヤリとしながらこちらを見上げてくる。


「そうだね。犯行に至るまでの間に、何かしらの心理的誘導を受けた可能性はあると思ってる。同じような思考に至りやすい者を選別して、催眠、洗脳のような誘導を掛けて人を殺すよう仕向けた者がいる可能性はあるんじゃないかな。それが偶然、五件のうち四件は幼馴染になっただけで、五件全てがこの黒幕によって心理誘導を掛けられた者による犯行……だったりするかなと思うけれど」


「素晴らしい。さすがは先生だ。僕もそう思う。それで、これだ」


 そうしてようやく、三つ目の資料に話が移ることとなる。“あにまる保育園”のパンフレットだ。


「まず根本的に、今回実行犯となった者たちは一部の思想、価値観が一般人とは異なっていた。現時点ではまだ具体的にどこがどうとは断言できないが、少なくとも常識的な価値観から逸脱している部分があることは間違いない。これは取り調べ中を含む彼ら自身の発言の端々から確認できる。その思想、価値観の根源になっているのが、恐らくこの“あにまる保育園”だ」


 一応パラパラとパンフレットをめくって眺めてみるけれど、特別不審な点はないように思う。他の保育園と異なるとすれば、動物を飼育しながら情操教育に取り組むという先鋭的な方針だろうか。


「さっき、四人は保育園からの幼馴染って話だったよね? つまりその四人が通っていた保育園が、この“あにまる保育園”ってこと?」


「そうだ。思想や価値観に影響を与えるのは外部の特殊な環境である可能性が高い。その上 幼少期ともなれば、より根源的な部分に影響を受けているだろう。彼らが特殊な価値観を備えることとなった原因は恐らく、この特殊な情操教育の中にある」


 幼い頃からの動物とのふれあいが後に殺人犯を生み出すって……そんなわけはないと思うけれど。というのは一般的な見方だ。しゅうくんが言いたいのは、“あにまる保育園”が行っているという情操教育は、本当に情操教育なのか、ということだろう。


「“あにまる保育園”で情操教育を受けた者が、後に犯罪者になった割合ってどれくらいなんだろう。それを調べたら、大々的に調査する名目にはなるんじゃないの?」


「いや、それくらいでは警察は動かないだろう。それだけでは、卒園生が犯罪者になった原因が“あにまる保育園”にあるという根拠は薄い。卒園した後どんな人生を歩むかは、それぞれ次第だからな。例えば、私立校の中でも特に学費の高い学校に通うために、経済的に無理をして破綻する家庭が増え、本人やその家族の自殺や離婚、犯罪の率が上がるとしたら、それはその学校のせいだと言えるか?」


「それは……確かにそうとは言えないか」


 それに、仮に警察が調査に入って何も証拠を見つけられなかった場合、風評被害による営業妨害だと逆に訴えられかねない。可能性があるかも、という段階ではそれだけのリスクは負えないか。


「そういうことだ。だから現状、疑いの目は“あにまる保育園”には向きづらい」


「それじゃあ結局、“あにまる保育園”の謎は謎のままってこと?」


 それなら何故、わたしをわざわざ呼び出してこんな話をしたのだろう。そんなの決まっている。わたしに調べろと言うのだ。それはわかっていたが、あえてとぼけたフリをして聞いてみたのだった。


「僕が何を言いたいか、先生はもうわかっているんだろう? それをわざわざ、とぼけてまで僕に言わせるなんて。先生も言わせたがりだな」


「お願いすることがあるんなら、ちゃんと言われなきゃやらないからね? 当然でしょう?」


 こんないかにも危なそうなことに首を突っ込むなんて、正気の沙汰じゃない。こんなことはプロに任せるべきだ。

 でも本当は、わたしだって真実を知りたい。自分の手で真実に辿り着きたい。正直、わたしの方からこの件について調べると申し出てもいいくらい。けれど、それじゃあダメだ。そんなの彼の思い通りにされたみたいで何だか負けた気がするし、わたしは大人として、彼に最低限の礼儀を押し付けなければいけない。それが、彼のためだ。


「先生、この“あにまる保育園”で実際に何が行われているか、調べてきてくれないか?」


 律儀に身体ごとこちらに向き直って言われたのでは、さすがに無下にするわけにもいかない。自分から彼にそう言わせたわけだし。

 と言っても、調査か……。どう理由を付けて乗り込むか、考えないとな。


「わかった、いいよ。だけど、見返りはちゃんともらうからね?」


「構わないぞ。何がいい?」


 何がいいか聞く前から即答するとは。わたしが非常識な見返りを要求しないと信じてのことだろうか。それとも、どんな見返りを要求されたとしても叶えることができるという傲慢か。

 見返りはもらうと言っておきながら、今のところ肝心の中身は考えていない。どれだけ大変な目に遭うかもまだわからないことだし、できればリスクに合ったリターンを要求したい。


「そうだなぁ……成果に応じて、後日相談ってことで」


「わかった。誓約書でも書いた方がいいか?」


「いやいや、そこまでは求めてないよ。口約束でいいでしょ、わたしたちの間柄なら。それに、証人もちゃんといることだし」


 佐路さじさんもセレナさんも彼の家の者だし、いざとなれば彼の味方にはなるのだろうが、間違ったことを推し進めてまで彼を守ろうとするだろうか。たぶんするだろう。彼らの忠誠心は本物だ。だからわたしの言う証人・・には何の意味もない。でも形式上、彼を納得させるには必要な言い分だった。


「わかった。この資料は改めてデータで送っておく。扱いには充分気を付けてくれよ」


「わかってる。進展があれば、また教えるよ」


「事件の方は僕の方で調べておく。こちらも何かあれば連絡を入れるようにしよう」


「ありがと」


 これが、わたしの家庭教師としての仕事。

 基本日給三万円、交通費別途支給。出来高に応じて別途追加報酬あり。今は曜日を固定にしているけれど、一応 一週間前にはシフトを話し合って決めているし、どうしても忙しければ電話だけでもいいと言ってくれている。融通は利きやすいし、百花ももかの言っていた通り、圧倒的に割のいい仕事ではある。……彼のこのお願い・・・を除けば。


「……それで、例の件・・・は考えてくれたか? そろそろ答えを聞かせてほしいんだが……」


 前々から萩くんに頼まれていた件か。これに関しては萩くんも慎重を期していて、わたしも安易に決められるものではないと思っていた。だからまだ答えを保留にしていて、だけれどいずれは決めなくちゃいけないとは思っていた。


「答えを急かすなら、答えはノーよ。イエスと答えてほしいなら、わたしが自分で答えを出すまで急かさないで」


 わたしの強い物言いに、彼はわずかにたじろいだように見えた。きっとこれまで、彼の思い通りにならないことなんてなかったのだろう。だからわたしがどんな答えを出すか、不安でもあり、少しの興もあるのだろう。

 彼のそういうところが可愛くもあり、嫌でもある。素直になればいいのに、と思ってしまう。


「……悪かった。前向きな検討を期待している。暗くなってしまったし、帰りは送りを出そう。政守まさもり、頼めるか?」


 かしこまりました、とわたしが断る前に佐路さんがガレージに向かっていってしまったので、渋々送ってもらうことにした。結局いつも帰りは送ってもらっているので少し心苦しくはあるが、せっかくの厚意を無下にするのも申し訳ないと思った。


「またな、先生。今日は早めに来てもらったから、特別報酬を出しておく」


 わざわざ玄関まで見送りに来てくれた彼は、ぶっきらぼうにそう言うので、わたしはさも不機嫌そうに言い返す。


「そういうのいいって。素直にありがとうって言えないの?」


 わたしが怒っているのかもしれないと思ったのか、彼は戸惑い気味に、恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら、ぼそりと呟いた。


「……ありがとう」


「はい、よくできました。じゃあまたね、萩くん」


 ちゃんと素直に言えた彼の頭を撫でてやると、睨みつけるような、でも名残惜しいような視線を向けられるだけで、抵抗はされなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る