Xの使命

安祥

第1話 巴里雨情

<scene 1 パリの安宿>



 パリではよく雨を降らせた。

 あの街は風がないと、車の排気ガスが逃げなかった。

 それが一雨降ると、嘘のように浄化されることに気づいた頃、覚えたばかりの技を使った。


 ジェルコビー通りの安宿の三階から、濡れていく裏通りを眺めた。

 遠近法のように見えている周囲の建物、細い路上にはスズキの黄色い大排気量バイクがずっと止めてあり、急いで道行く人々がまばらに見えた。


 (悪いな。おれがやった)


 雨乞いの成否判定ルールは一両日中だ。三日経って降ったとしても、自然現象と区別がつかない。失敗に終わったことが一度あったが、ほぼ確実の成功率だった。

 しかし、あまり役に立たない授かりものだと思っていた。田畑に農業用水道まで引かれる日本で、そんな力に何の使い道があるだろうか。旱魃かんばつの農民が、冷え冷えとした顔で頼みにくるわけでもない。

 とはいえ、企図した雨乞いが実際ものの役に立ったその時には、片頬に不敵な笑みを浮かべるくらいはしたさ。逃げ出してきたような欧州でもできたのだから、力は証明されたといってよかった。


 しばらく窓から雨を眺めた。神々の眷属にでもなった気分だった。

 左手が掛かる青銅の窓格子、向こうの空は薄墨で汚したような灰色。ふと振り返れば暗い部屋に、ベッドの白いシーツ、散乱した旅装と昨夜飲んだワインの空瓶。ほのかにベリー系の甘さと皮の香りの、すえたアルコール臭がただよう。

 自分は一体何者なのか、不思議になった。


                ☆


 駆け出しの呪術師。いやはやそんな自覚があったことは確かだ。

 なぜこんなことが可能になったのか、ありあわせの知識を寄せ集めて考えてみもした。

 ドパミンが大量放出された結果、脳の調律が狂う。ホンキートンクピアノより酷い状態だ。再調律せねばならないが、完全には元に戻らないだろう。というよりも、一旦バラバラになったものを再び組み上げる過程で、それに混ざって異能が調整された。過去に知られている超常能力なら、どれでもチョイスできたはずだが、しかしそれは人の運と適性によるのだろう。キリスト様でもあるまいし、私には雨乞いの力しか与えられなかった。


 それ本当のことかだって?


 知らないね。腐れディレッタントの憶測に過ぎない。



 詩人ランボーが夢見た魔術のことを話しているのだが、ところでそれは、おとぎ話というわけでもない。

 少なくとも雨乞いなら、アメリカのインディアン、ローリングサンダーの記録がある。

 最近では、インドネシアの祈祷師が祭りのアルバイトで晴天にするというテレビ番組を見た。その成功率は八割と、まあ、プレッシャーのかかるプロならそんなものだろう。

 大抵の、私は魔族と呼んでいるのだが、その種の人々は固く口を閉ざして語らない。

 そもそもそんな力があったとして、吹聴して回る必要などどこにもないのだし、ひとりで勝手に使うのみだろう。

 だからといって、べらべらしゃべりたがるやつがいて、あまつさえ小説化しようとする者がいても、構いはしないだろう。



<scene 2 モンパルナス界隈 死者と祝祭>



 そんな私の切符は、一ヵ月fixのエアチケットとユーレイル・パスだった。

 名所観光などしないのが、私の旅の流儀だ。

 格好よく放浪といってもよかったが、それほどのつもりはなかった。むしろ、ただの貧乏旅行者といえた。気まぐれで降りた駅から、飽きるまで街を歩き回った。


 昨日の街角、早朝散歩で道すがらに見た男。あれは一体、誰だったのか。

 顔に、白色で赤いチェックのハンカチをかけられたアフロ・ヘアのやせ細った男。

 アフリカからユーロ圏へは、移民も密入国者も少なくないから、そういう者かと解した。

 朝もまだ早く、見回しても辺りに人はいなかった。

 風も動いてはいなかった。

 男は安ものの冴えない服を着ていた。

 行き倒れに見えなくもなかったが、まさか酔って寝ているのだろうと思い、離れ、街をさ迷い、次に通りがかるとその四辻は、あふれんばかりの人だかりになっていた。


  ─── よもや死体だったか ───


 人々の沈痛な横顔。

 中には珍事を笑顔で受けとめている人もいた。奇妙で、にわかに信じ難い場面に遭遇したとき、人は笑うことがある。

 そうした表情のひとつひとつが、彼の悲喜こもごものセレモニーだったのかもしれない。


 半年ほど前にも、四国遍路で通り掛かりに縊死事件を見ていたので、さほどショックは受けなかった。あの時は死人の顔を見ていたし、通報したのは私だ。


 しかし、そんな死体を見て思うのは、なぜ自分が彼でなかったのかということだ。

 死んでいい理由なら、悪魔が扮したサンタクロースがプレゼントして回れるほどには、背中の袋に入っていた。

 それにしても、もし旅が夢のようなもので、何か占うとするなら、よほど強い象徴といえた。


 まるで祝祭のような群集の中に、三脚つきの小型のビデオカメラを持ったスーツ姿の女性がいて、刺し子半纏を裏返しに着た私が珍しかったのか、さも嬉し気に撮影された。そして不謹慎にも親指を立て、私に微笑んだ。


 (無礼な。断りもなしに人の姿をコレクションするとは。しかも死体のついでに・・・。テレビ局か何かだろうか。それにしても、近頃は、こんな小さなカメラを使うのか)


 すれ違いざまに機材を見ると、アンテンドゥのロゴが入っていた。フランス国営放送の記者だ。

 それで、ピース・サインをしてやると、不満も露わな顔をして彼女は、顎を突き上げ三脚の脚を自分の足で払った。渋面の中年男が好みのようだった。

 背中で、ぼんやりと、密入国者が野垂れ死んだニュースのボツネタ映像を眺める彼女を想像した。


 (さて、俺は決して密入国者じゃなかったはずだが・・・)


 片頬で苦笑い。



<scene 3 オペラ・ガルニエ 刹那の永遠性>



 人が何を信じるのか。何なら信じることができるのか。自由なことに見えて、それは時に打たれた箍たがのように過去に巻きついている。

 私は詩を信じた。それも文章それ自体が呪術となっているようなランボーの詩句を。何者をも召還しないような詩に、一体何の価値があるだろうか。


 モンパルナス付近の安宿を転々とし、フルーツショップのカラフルな彩りや有名な建物を横目に周辺を歩き回った。

 日差しの落ちない細い街路を行く。

 ジャズのライブハウスの灯のないネオンサイン。

 軒先に洒落たポストカードを並べた小さな画廊。

 立ち止まっては路地を味わう。


 そして突然視界が開け、広い場所に出た。

 くすんだ灰色の壮麗な建物が、金色の女神像を屋上に冠っていた。そのコントラストにかなりの違和感があったので印象されているオペラ・ガルニエ。創建年代からすれば、あるいはランボーも見ていたかもしれない。


 ─── 涙がこぼれた、私は金色を見た ─── それは飲むことができなかった。───


 オペラ座の上、曇った空の中に、まるで浮かぶように見える有翼の女神像を眺めながら、そんなランボーの一節を想い起こしたものだった。詩集「地獄の季節」の、オワーズ川を徘徊するくだりだ。


 私がパリで見た金色は、セーヌの水面に落ちた夕陽の光に止めを刺す。

 あの幾分赤みが掛かり、鈍くとろけるような金色は、絶後の観光だった。欧州の脆い陽光が作る光景は、日本とは違う光彩を放つ。


 ─── もう一度見つけたぞ

 ─── (何を?) 永遠を

 ─── それは海に溶けあう

 ─── 陽光


 有名な一節だが、「もう一度見つけた」ことに注目するなら、詩集の中で既に一度見つけていることが表出されていなければならない。(無論、私が指示するのはオワーズの件の金色で、水面の変色であることも同様だ。)

 そして、こんなもの言いが許されるなら、永遠とは刹那に引き起こされる精神現象であって、その引き金は陽光によって金色に染まる水であってもよい。ランボーは決して常しえに長い時間のことを語っていたのではないだろう。


 経験があればわかるはずだが、人がエタニティを感じるとき、自我意識は飛んでいる。

 それは即ち無意識が開口しているということであり、そこに落ちて、無時間性にアクセスするのだ。一瞬間の時間の死。

 無意識に時間がないことは、他ならぬその道の専門家ユングの学説だ。それが時が止まるかのように感じる仕組みだと思っている。



<scene 4 ウエスト・ホテル>



 ジェルコビー通りにあるウエスト・ホテルは、いつも経営者家族がフロント横にある部屋のテーブルで夕食の団欒をしていた。

 時にはグラタンの焼けたチーズの匂いと共に、吹き抜けの螺旋階段をあがらなければならなかった。そんな時には、削り出しの凝った木製手すりの手触りが救いだった。

 私が出向くといつもフロントに立つ50過ぎの経営者は、マーロン・ブランドのような渋い顔の人だった。他に、食卓には若い娘の姿もあって、まだ壊れていない家族の一幕を演じていた。


 それに引きかえ、私が部屋で喰うのはバゲットとチーズ、飲むのは赤ワインだ。

 食材はスーパーで買った。

 そんな帰り道に、フィル・コリンズに似た中年男が追いかけてきて、喜色満面でワインの開け方を教えてくれたこともあった。

 最初なにかと思ったが、「ワインオープナーある?」と興奮した面持ちの彼は言うのだった。こちらが怪訝な顔をして見せると、身振りとともに「ほら、あそこでワイン買っただろ」と言った。

 買い物に行くのにワインオープナーを持ち歩いている者も珍しいだろうと思いながら、私はスイスのアーミーナイフをカバンから取り出した。

 これこれ、と言わんばかりに世話好きのフィル・コリンズは、(まずここを切るんだ)とばかりに目で私を確認しながら、ボトルネックのアルミ箔を傷つけた。

 ワインで濡れていないコルク栓を抜くのは苦労するものだが、彼も唇を尖らせてがんばり、ようやく抜くことができた。

 そしてコルクをワインボトルに差し込んで、爽やかな笑顔でボトルとナイフを私に返した。私が微笑み返すと、彼は踵を返して去っていった。

 有難迷惑のようなことでも、そんな触れ合いは楽しい。


 ある晩の事、部屋のドアをノックする者があった。あらかた食事を済ませていたので、ラッパ飲みのワイン・ボトルを置いて応対した。

 (誰だろう。胡乱うろんだな。さては若いねえちゃんでも来たか)

 ビートルズに、確かそんな歌があったのを思い出していた。期待したが、けれども私はビートルズではなかった。

 そこには八十過ぎの老婆がネグリジェ姿で立っていた。細長い顔に刻まれた皺、頭にはネットを被っていた。薄い模様の入ったネグリジェの生地はやせていた。

 彼女は、私を見て困惑した表情を浮かべた。

 大方、部屋を間違えたのだろうと思ったが、半開きの口で私を眺めたまま、立ち去ろうとはしなかった。

 彼女は低い声でゆっくりと言った。


 「雨を降らせたのはあなた?」


 (違いますよ、マダム。雨は雲が降らせます)と言う代わりに、私は首を傾げてみせ、両手を広げた。相手の英語も流暢なものではなかったが、こちらもあまり喋れないので、にこにこしながらうなづいてごまかした。


 「失くしてしまったの」


 (何をですか)


 私は片眉を上げ、表情で対話した。


 どうやら隣の部屋から徘徊してきたようで、向こうの開きっ放しの扉から光が漏れていた。

 30歳位の女性の声が、「ごめんなさーい、頭が少しボケちゃっているの」などと言っているのが聞こえた。孫だろうか。

 彼女に呼び戻されて、老婆は帰ろうとした。


 "Hey, hey, wait. This is an amethyst. You keep it" (あ、ちょっと待って。これアメジストだけど、あげるよ)


 "What for" (なぜ?)


 "For your memory" (想い出に)


 自分が首に付けていた紫水晶のペンダントをあげた。

 老婆はしげしげとペンダントを眺めながら部屋へ帰っていった。


 (ティンカーベルの魔法のスティックの一振りさ)



 数日のあと、いつも行くモンパルナスの駅前広場で、くだんの若い女性に呼び止められた。私は丁度プレスされたホットドッグを食べていた。慌てて、くちびるの端についているかもしれないケチャップを指でぬぐった。彼女は、張りのある高い声で言った。


 「お婆さんがあなたにお礼が言いたいっていうのね」


 しかし、けれども、お礼は言われなかった。

 老婆はアメジストのペンダントをちょいとつまんで見せて、意味ありげな微笑を浮かべただけだった。












【注】


ランボーには色々な翻訳があるので、誤解を避けるために引用文に対し原文を載せておく。本文中の訳出は句読点も含めて出来る限り原文に忠実に行っている。


Ell est retrouvée!

── Qoui? ── l'Éternité.

C'est la mer mêlée

Au soleil.


mêléeは英語のmixに相当する単語。




「ディレッタント」

好事家。好き者。



【魔族】 稲垣足穂のコンセプトによる。

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