転生魔王と人造少女。ときどき世界の敵。

おむらいす

第1話 前世は魔王でした。

 魔王なんぞになりたくはなかった。


「覚悟しろ、魔王! お前を倒して世界を救う!」


 私は魔族の王の下に生まれた。第三王子。上には優秀な兄が二人いた。順当に行けば長兄が次の魔王になるはずただった。


 だが、長兄は大賢者に敗れた。相打ちとなり、大賢者と共にこの世を去った。


 ならば次兄となるはずだったが、次兄も聖女に討たれた。


 二人の兄が次々に亡くなり、父である魔王も勇者にやられた。


 残ったのは三男である私と魔王の弟である叔父。私の方が継承順位が高ったので私が魔王となった。


 私は、どうでもよかった。魔王の座に興味などなかった。


 けれど立たぬわけにはいかなかった。私を支持する者もいたからだ。


 嫌々だった。だが、この国をどうにかしたいと言う想いは本当だった。人間達との争いで荒廃した国を立て直さなければ、それが王族としての務めなのだと、そう思ったのだ。


 しかし、そううまくはいかない。私の王位継承を認めない派閥と叔父が手を組み、彼らと戦になったのだ。身内で争っている場合ではないと言うのに。


 さらにあろうことか叔父は人間と手を組んだ。そして、私は勇者に殺された。


 魔王になどなりたくはなかった。私はただ、静かに暮らしたかっただけだ。王座を継ぎ、国を背負うなど、私には重すぎたのだ。


 私は凡人だった。父や兄たちと比べると数段劣っていた。身の程を弁え、目立たず生きてきた。それが運悪く引きずり出され、魔王になってしまった。


 能力もないのに王に祭り上げられ、その結果、殺された。なんと滑稽なのだろう。己のことながら笑えてしまう。


 ああ、もし次の生があるとしたら、静かに暮らしたい。そして、二度と王族になどなりたくはない。


 魔王にもなりたくはない。人の上に立ちたくもない。私は人を導く器ではない。


 器があれば、同族に裏切られることなどなかっただろうから。


「これで、終わりだ!」


 国をどうにかしようと必死にもがいたが、結局無駄だった。


 私は勇者の一撃によりこの世を去った。


 ……勇者。勇者は、本当に美しかった。


 剣士でありながら一流の魔法使いでもある勇者。その輝きに見とれてしまった。その輝きを間近で見て、感じることができた。それを感じられたことが魔王になって一番良かったことかもしれない。


 だが、それぐらいだ。魔王になってよかったと思ったことは、勇者の輝きに触れられたことぐらいだ。


 もう、魔王は嫌だ。王も嫌だ。国を率いるなどまっぴらだ。もし次の生があるならば、王族になど生まれたくなどない。


 そう、もし次の生があるならば、ただ、静かに――。


 静かに――。


「次は――。次は――。お出口は左――」


 目を覚ます。電車の中で目を覚ます。


「――、夢か」


 電車のドアが開く。数人が電車を降りていく。ベルの音が鳴り、ドアが閉まる。


 電車が動き出す。次は自宅のある最寄り駅だ。


「ああ、そうか。そうだったな。そうだった」


 久々に思い出した。久々に夢を見た。


 魔王だった頃の夢。遠い昔、前世の夢だ。


「……そうか。明日、誕生日か」


 ふと思い出す。自分が生まれ変わってどれぐらいたったのだろうか、と考えた時、明日が誕生日だったことを思い出す。


 明日で三十五年。今年で三十五歳になる。


 自分は魔王だった。そして、三十五年前に魔王ではなくなった。

 

 今の私は人間だ。ただの人間。魔族でもない、王族でもない。ただの人間だ。


 名前は立花正臣たちばなまさおみ。普通の、ごく一般的な会社員だ。仕事に疲れて、明日が自分の誕生日だということも忘れてしまうような、どこにでもいる人間だ。


「ケーキでも買っていくか」


 電車が止まる。自宅の最寄り駅で停車する。ドアが開き、私は座席から腰を上げ、駅へと降り立った。


 冬の冷たい風がホームに流れ込んでくる。空を見上げると、人工の明かりに照らされてぼんやりと明るい夜空が見える。


 明日は誕生日で休日だ。特にやることはないし、何の予定もない。ゆっくり寝て、ゆっくり休もう。


 私はそんなことを考えながら改札を抜け、同じように家路につく人々に混じって駅の外へ出た。


 駅のロータリーに数台のタクシーが客を待っていた。視線を移すと駅前の居酒屋に入っていく数人の男が目についた。


 コンビニの明かり、どこからともなく聞こえてくる流行の曲。自分の脇を通り過ぎる楽しそうな男女。


 平和だ。ここは平和だ。戦争はないし、勇者に殺されることもない。この国では武器の所持は厳しく取り締まられているし、この世界には魔法もない。


 本当に、本当に平和だ。私はそこで静かに暮らしている。


「もしもし? なに? どうしたの? ……じいちゃんが」


 家路の途中、コンビニの前。私は震えるスマホを取り出して、通話に出た。


 母からだった。祖父が死んだことを知らせるものだった。


「まあ、九十近かったしな。うん、わかった。すぐに行くよ。うん、うん――」


 私は急遽、祖父のいる父の実家へ向かうこととなった。自分の誕生日など祝っている場合ではなくなってしまった。


 まあ、すっかり忘れていたわけだけれど。


 それから慌ただしく通夜だの葬儀だのが終わり、会社を三日ほど休んでから日常に戻っていった。

 

 だが、それで終わりではなかった。


「立花正臣さんのご自宅でよろしいでしょうか?」

「……そう、ですけど」

「私、こういうものです」


 祖父の葬儀が終わって数日後、日曜の朝に突然、一人の男が現れた。


「弁護士?」

「はい。剛蔵さんには生前大変お世話になりまして」


 きっちりと整えられた白髪と濃紺のスーツに紫色のネクタイ。いかにも怪しげな男が俺のもとに現れた。


 男の年齢は、わからなかった。髪の毛は真っ白だったが老人という見た目ではなく、しかし、若いというわけでもなさそうだった。


 男の名前は不動徳治ふどうとくじ。渡された名刺には弁護士と書かれており、スーツには金色の弁護士バッチが付けられていた。


「実は剛蔵さんから遺言状を預かっておりまして」


 どこか怪しい弁護士、不動徳治は祖父である立花剛蔵から遺言状を預かっているといった。しかも、私宛の物を。


「これはあなただけに見せるようにと剛蔵さんから言われておりまして」

「はあ、わかりました。それなら、あー、近くに喫茶店があるので、そこで」


 怪しい。実に怪しい。私は家に上げるのは危険かもしれないと思い、話を聞く場所を近くの喫茶店に指定し、そこで話を聞くことにした。


 私は着替えを済ませ、外で待たせていた不動と共に喫茶店に行き、喫茶店の一番奥にある人目につかない席で祖父の遺言状を開いた。


 それを見て、ああ、やはりか、と思った。


「剛蔵さんには特別な力がありまして。気付いていたようですよ、あなたのことを」


 なんとなくそんな気がしていた。


 祖父が私を見る目。それはほかの子供達を見る目と違っていた。私もそれになんとなく気が付いていた。


 だがしかし、まさか、祖父が『異世界人』だったとは。


「ちなみに剛蔵さんはまだ生きておられます」

「……なら、火葬した、アレは」

「ホムンクルス、と言っていました。自分の細胞を培養して造った偽物、だそうです」

「なら、祖父はどこに」

「元の世界に帰ったそうです。もともと、こちらの平均寿命を超えたあたりで帰るつもりだったと」


 祖父は九十歳近かった。八十八歳。こちらの世界、日本人男性の平均寿命あたりではある。


「祖父が異世界人だと言うことは」

「亡くなった奥様だけだそうです。私も彼が亡くなってから、私宛の遺言書を見て知りました」

「そう、ですか」

「はい。……さて、本題に入りましょうか」


 不動徳治は表情を改めると、カバンから一冊の本を取り出してテーブルの上に置いた。


「『崩天の黒』と彼は言っていました」


 テーブルの上には置かれた黒く分厚い本。私はその本から懐かしい波動を感じ取った。


 魔法。魔力の波動だ。こちらの世界では感じたことのない魔法の息吹。


「剛蔵さんはあなたに彼の研究のすべてを譲るそうです。その研究を引き継ぐなり、破棄するなりは自由だと」


 そう言うと不動は目録を私に渡してきた。私はそれに目を通してから、改めて黒い本に目を向けた。


「……さて、これで私の役目は終わりです」


 不動徳治はニコリと笑う。肩の荷が下りたのか、その笑顔には胡散臭さがなく、どこか明るい。


「どうしますか? 私としては研究を引き継いでくれたら助かるのですが」

「……なぜ」


 不動は私の問いかけに対して意味深な笑みを浮かべる。


「秘密です。聞いてしまえば、穏やかで静かな日常には戻れなくなる」


 穏やかで静かで平凡な日常。それは私が求めていたものだ。


 だが、しかし……。


「……はあ、まったく」


 祖父には世話になった。可愛がって貰った。そんな祖父が残した物を簡単に捨てることなど、できそうもない。


「……わかりました。では、ありがたく」


 私は魔導書を手に取った。


 静かな日常が終わりを告げた。

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