私、やっぱり順位とかはよく分からないから全員倒せばいいよね!!

全国高等学校剣道大会。

いわゆる剣道インターハイの会場に宵は来ていた。


今年の開催場所が宵と彗が住む街であったため、宵は大きな出費がなく妹の応援に来ることができていた。


彗の試合が始まるまで、宵は観客席でノートパソコンを弄っていた。彗と共に神器を奪取するための「計画書」を練り上げているのだ。


彗も宵も期末テストが終わり、季節は8月となった。

このインターハイが終われば、いよいよ本腰を入れて計画を始動させることができる。


期末テストの期間、彗は宵に「お兄ちゃん、勉強教えて」とやってきて宵は快く教え始めたが、宵は思考回路も知識も知能も自分と大きく違う人間にものを教えることの難しさを思い知った。


「家庭教師のバイトで小学生に教える方が楽だ」と宵が発言すると、彗は徐(おもむろ)に立ち上がり、宵の体を軽々と持ち上げて頭の上で宵を5回転させてから床に投げ捨て、「小学生にこんなことができる?」と尋ねた。


宵は「普通は誰もできねえんだよ。どこから突っ込んだらいいのか、俺もうわかんねえよ。俺だってテストあるんだからな」と床に投げ捨てられた痛みで少し涙を流し、妹を怒らせないように気を付けながら勉強を教えた。


その結果、彗は赤点をすれすれで回避し、宵はいつも通り学部内の首位をキープして兄妹のテストは終わった。


(お、そろそろ彗の試合か)


宵が彗の試合が見やすい席に移動すると、そこには「望が丘高校剣道部」と背中に書かれたジャージを着ている集団がいた。


「あ、もしかしてスイのお兄さんですか!?」


「え……ああ、そうです」


宵は、突然一人の女子に声をかけられた。

着ているジャージとその言動から、きっと彗の友人だと宵は判断した。


その女子は目線を激しく泳がせてやや挙動不審で、宵と目は合わせないものの、怒りが籠ったような目でこちらをチラチラと伺いながら睨みつけてくる。


(なんだ?この子。取り敢えず挨拶しておくか……)


「妹がいつもお世話になっておりま……」


「不潔ですっっ!!!!」


「へぶっ!!」


バチィン!!と激しい音を立て、宵は客席に倒れ込んだ。突然その女子にビンタをされたのだ。


「え、なっ、なっ、ええっ!?」


男性が突然女子高生にビンタで張り倒されたという事件は、試合会場の激しい物音もあり誰も気が付かなかった。


宵は「な、何をするんだ!」と言ったが、その女子は「兄妹で、そんな関係なんて!私、許しませんからねっ!!」と言い捨てて走り去り、望が丘高校の応援団の中に戻っていってしまった。


「なんなんだ、いったい……」


普通に考えれば立派な暴行であるが、宵は日常的に女子高生からの理不尽な暴力に晒されているため、ビンタ程度では気にも留めない精神になっていた。


──────────────────


彗の剣道を見るのが、宵は好きだった。


勇猛、流麗、絶巧(ぜっこう)。

彗の試合を見ている宵の頭に様々な単語が思い浮かんでいるうちに、彗は両手で持っていた竹刀を左手一本に持ち直し、相手が一瞬驚いた隙を見逃さずに、そのまま左手だけで握った竹刀の先端を相手選手の喉元に突き刺した。


「『突き』ありィ!」


3人の審判が赤い旗を一斉に上げた。

既に先に一本を取得していた彗は、審判の「勝負あり!」という声のあとにそのまま勝利となった。


「彗、お疲れ。どうだ?調子は」


宵は一回戦を見事に勝利で飾った妹を労(ねぎら)うように、スポーツドリンクのペットボトルを、選手が控えるフロアで防具を外している最中の彗に渡した。


「あ、お兄ちゃん。来てたんだね、ありがと」


彗は付けていた防具を外してからそれを受け取り、ゴクゴクと飲み始めた。

ペットボトルの中身を8割ほど飲み干したところで、もはや飲み残しというレベルになってしまった残量のドリンクを宵に押し付けるように返し、言った。


「調子は普通。強いて言うなら、今日は暑いから残りの試合は冬まで延期してくれないかなって考えてるぐらい」


「そうか。でもお前、冬は冬で寒い寒いって文句言うじゃないか」


「そうだっけ?」


宵は、彗の調子はいつも通りだと判断して少し微笑んだ。


「あと何回勝てば優勝なの?わたし」


「お前、そんなことも知らずに戦ってたのか。大会のパンフレットに書いてあるぞ」


「私、剣道のルールは『相手より先に急所を斬るか、喉を突いたら勝ち』しか知らない」


「お前だけ昔の侍の決闘のルールのまま戦ってたんだな……あと5回勝てば優勝だ」


彗は「ふーん……」と鼻を鳴らしてから、宵の持っている大会パンフレットのトーナメント表を覗き込み、指を折って何かを数えている。


しかし途中で「いぃ゛ーっ!!」と両手の爪で頭をガリガリと掻きむしり、激しく乱れた髪のまま宵の方に顔を向けた。


「お兄ちゃん、ベスト16は何回戦!?」


「その計算ができなかったんだな。無理するな。俺が教えてやるから」


宵がトーナメント表を確認すると、先ほど彗は一回戦を勝ってベスト64になっている。


「次勝てば32、その次勝てば16だ。しかし珍しいな。優勝以外を気にするようになったのか」


彗は昔から剣道の大会では「何回勝てば優勝。負ければ終わり」以外のことは考えていなかった。


それゆえに、宵は妹が途中経過を気にしていることに驚いた。


「先生も友達もいつもうるっさいんだよ。『去年の記録を超えろ』とか『たまには学校の役に立て』とか……だから私は今年、ベスト15以上が目標なの!」


「彗、ベスト16から一つ勝つとベスト8だから『ベスト15』なんて順位は存在しないぞ」


「ややこしいなっ!もういいよっ!!全部勝つから!!」


宵は「そうか」と優しく微笑んだ。


(変わったな、彗)


昔の彗は、特にあの事件が起きた後の彗は自分のことだけを考え、自分の目的以外は頭にないような子供だった。


しかし今は違う。周囲の人間の期待に応えようとする意識が芽生えている。


宵は、兄として妹の成長が嬉しかった。


(……俺も、彗の期待に応えないとな)


宵は、現在作っている計画書のことを頭に思い浮かべた。


「ところで彗、さっきお前の友達と思われる女の子……ほら、あそこに座っている髪が長い子に突然『不潔です』ってビンタされたんだが……」


「あー、なんか玲香ちゃん最近変なんだよね。前も私を見るなり叫びながら突然トイレに走ってったりしたし。あっ……」


宵と彗が二人で体を寄せて観客席の方を見ながら話していると、二人は玲香と目があった。


すると玲香は離れている二人にも見えるほどに顔を真っ赤にして突然走り出し、すぐに転んで顔面を硬い床に叩きつけ、鼻血を流して周囲の部員達に抱え起こされている。


「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができないっっっ!!!!」


玲香は最後にそう叫び、気を失った。


「なあ彗、相談乗ってやれよ。あの子おかしいぞ。多分何か悩んでるんだ」


「……そうだね。今度時間作るよ」


兄妹は訳がわからないといった顔を互いに見合わせ、静かに頷いた。

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