彗、お前それ美容とか以前の問題だからな
「お、お兄ちゃん!ただいまっ!」
夜の20時ごろにアパートに帰ってきた彗は、ソファに座ってパソコンを触っていた宵の元まで転がるように走った。今日のことを早く話したかったのだ。
「おかえり彗、遅かったじゃないか」
「なんか顧問に捕まって部活に連れて行かれた上に、部活のあとに担任が私を待ち構えてて職員室まで連れて行かれて……いやそんなことはどうでもいいんだよっ!」
彗は放課後に担任の柊から呼び出されていたが、無視して帰ろうとした。
しかし部活の顧問の田中に見つかり、「昨日に引き続き休むわけじゃないよな?」と道場に連れて行かれて部活に参加し、終了次第すぐに帰ろうとした。
しかし部活後に道場の前で担任の柊が腕を組んで彗を待ち構えており、問答無用で職員室に連れて行かれた。
柊は、かけている眼鏡では全く隠し切れないほどに目つきが鋭い女性の教員で、長く伸ばした髪を後ろで一つに結えている、多くの生徒に恐れられている存在だった。
柊は今日の件と彗の素行についてガミガミと1時間半ほど説教をし、ようやく「明日からまともに生きろよ」と彗を解放した。
彗は柊の説教中も彩光寺麗子のことを考えていたため全く聞いていなかったが、解放されたことだけはわかったので「はいはーい」と返事をして慌てて家路についた。
「晩御飯できてるぞ、彗」
「いやそんなことより……うん、食べる」
彗は早く話したかったが、自分がものすごく空腹であることも思い出した。
二人は向かい合って、宵が作った焼き魚と味噌汁を口に運びながら今日の話をした。
「香水……か……」
そう呟いた宵は難しい顔をして何も言わないまま、焼き魚の咀嚼を続けていた。
「ね、怪しいよね。でも私にはやっぱりどうしても冬子には見えなかったんだよね。姿が違いすぎて」
ゴクン、と宵は焼き魚を飲み込んで口を開いた。
「彗、『姿が違う』は判断基準に入れるべきじゃないだろ」
「え、なんで?」
「奴等は満月鏡を持っているんだ。見た目は自由自在のはず」
彗は「え?」と声をあげ、母の魔法の事を思い出していた。
満月鏡の力で人形や自分自身の姿を変え、臨場感あふれる芝居を兄と自分に見せてくれていた母。
「でもさ、お母さんは自分を乙姫様とかに変えたりしてたけど、それは『お母さん』とは全然わかる感じだったじゃん」
そう。秋奈の変身は元が秋奈自身であると明らかにわかるレベルだった。
「あのな、忘れたのか?奴等3人が新月刀と三日月ノ玉を持って部屋に入ってくる前、母さんは満月鏡で俺達を透明にして、動物の人形を俺達の姿に変えたんだ。つまり原型が無くなるぐらいの変身は可能なんだよ」
「あ……そっか」
彗は深く考え込むような様子でしばらく目を瞑ったあとに「じゃあつまり……」と言い、鋭い目付きで宵を見ながら口を開いた。
「『姿が違う』は判断基準に入れるべきじゃない……ってことだね」
「さっきそう言ったぞ、俺」
宵は「だけど……」と少し苦しそうな表情で顔を上に向け、天井を仰いだ。
「彗が嗅いだ匂いだけが手がかりか……苦しいな」
「なんで?今から彩光寺麗子を捕まえて『満月鏡を出せ!』って締め上げに行こうよ、お兄ちゃん」
「あのな……」
宵はため息をついた。
妹と神器を取り返すのは、暴走する馬を乗りこなすようなストレスが溜まり続けそうだ、と思った。
「その方法にはいくつか問題がある」
宵は指を一本立てて「ひとつ」と言った。
「他人なら大変なことになる。無関係な人間を締め上げるわけにはいかない」
宵は「ふたつ」と二本目の指を立てた。
「仮に冬子だったとして、丸腰の俺達は満月鏡で魔法を使われたらまず捕まえられない。相手は透明にだってなれるんだ。あっさり逃げられるだろうな」
宵は「そして……」と続けた。
「冬子が春華、夏波に『満月鏡を狙われた』とでも報告したら……奴等に俺達の存在が気付かれて探される。そしてもし見つかったら……絶対に殺される」
宵の言葉を聞き、彗はゴクリと唾を飲んだ。
「そんな頭の悪い方法で挑んでいたら、神器を手に入れる前に命がいくつあっても足りないんだ」
彗は「いまお兄ちゃん私のこと『頭悪い』って言った?」と尋ねたが、宵は無視した。
「彗、ちゃんと自覚しろ。向こうにある優位性(アドバンテージ)は神器、魔女、経済力……俺達が知らないことあるだろうし、数え出したらキリがない。だが、俺達にあるアドバンテージはたったの二つなんだ」
宵は小さく息を吸い、言った。
「一つは『奴等が俺達を知らないこと』。これを放棄したら俺達は負ける。そしてもう一つは……」
宵は目線を上げ、彗の目を見つめながら言った。
「お前だ、彗」
「へ?」
彗は兄の意外な言葉に驚いた。
「お前の身体能力だ。それは絶対に後々生きてくると俺は思っている」
彗は「えへへ」と兄の言葉に素直に喜んだが、すぐに「それを言うなら、私達のアドバンテージは三つだよ。お兄ちゃん」と笑った。
宵が「え?」と驚くと、彗は笑顔のまま言った。
「お兄ちゃん、超頭いいもん。それはあいつ等から見たら厄介なはずだよ」
─────────────────
作戦会議はひとしきり終わり、二人は交代でシャワーを浴びながら、それぞれネットで「彩光寺麗子」の情報を集めることにした。
そして宵はそれと並行して、彩光寺麗子の正体が月詠冬子であった場合、如何にして満月鏡を奪取するかの「計画書」をパソコンで作成していた。
「ねえお兄ちゃん、この家トリートメントとかボディソープとか洗顔とか買わないの〜?あとヘアオイルも。シャンプーと石鹸だけってヤバくない?私の髪と肌、パサパサのタワシと砂漠みたいになっちゃうよ」
彗が宵に文句を言いながらバスルーム……とは言えない様な簡素で古い風呂場から、体を拭きながら上がってきた。
「あと化粧水、乳液、ボディクリームも!施設を出たらそういうのもちゃんと欲しいと思ってたの!女子としてね!」
美容に疎い宵は、妹が何の事を言っているのかはほとんど分からなかったが、ニコリと優しい笑みを浮かべ、答えた。
「ああ。年頃の妹が家に来るわけだから、実は俺もそれ用の金は貯めていたんだ」
「やった!流石(さっすが)ぁ!ナイスだよお兄ちゃん。ね、ね、早くそのお金ちょーだい!明日の学校の帰りにでも買ってくるから!」
彗は両手を差し出し「早く!早く!」とねだるが、宵は優しい笑顔のまま冷蔵庫を指差した。
「……なに?お兄ちゃん。冷蔵庫にお金を隠してたの?変なことするね〜」
彗がそう言って笑いながら冷蔵庫を開けると、そこには朝自分が買ってきた大量の卵と調味料が入っているだけで、金銭のようなものは見当たらない。
「んー?無いよ〜?」
「あるだろ?俺が妹の為に貯めていた大切な金が、突如姿を変えたものたちが」
その瞬間彗は「えっ」と声をあげ、理解した。
「……私が今朝、使っちゃった……ってコト?」
宵は悲しげな目の妹と同じように、悲しげな目を浮かべながら頷いた。
「私の美容がァ〜……」
彗はその場にへたり込み、床に突っ伏した。
そして漏れ出してくる冷蔵庫の冷気が肌に当たって寒かったので、バタンと乱暴に足で閉めた。
昼間に見た「彩光寺麗子」はあんなにも綺麗だったのに、自分は手を洗う石鹸と同じ石鹸で顔を洗っている。
舞台女優と自分の信じられない落差に、彗は絶望した。
「あのなぁ、医学的にはそもそもそんなもの不要なんだ。それに美容だなんだ言う前に……」
宵は立ち上がり、その辺に適当に脱ぎ捨ててあった妹のパジャマと、朝洗濯をして部屋の中に干しっぱなしになっていた妹の下着類を素早く掴み取り──
「服をッッッ!!着ろッッッ!!」
──裸のまま床に突っ伏して泣いていた妹に投げつけた。
─────────────────
「で、『計画書』っていうのはできたのお兄ちゃん」
「ああ、ざっくりとだがな。Excel(エクセル)で作ってみたぞ」
宵は持っていたノートパソコンの画面を、パジャマ姿の彗の方に向けた。
「うん、見せて見せて」
(えくせるってなんだろう)
そう思いつつも彗が見てみると、そこには宵と彗の行動予定が二列に分けられ、時間軸に沿って整理されている表が出されていた。
今日から8月の終わりにかけての計画らしい。
彗が自分の列を見てみると「期末テスト」や「インターハイ」などの日常的な予定のほか、「潜入調査開始」や「決行日」などの、神器を奪うための直接的な行動と思われる予定も記載されていた。
兄の列には「前期期末試験」や、「車の購入&運転の練習」などが書かれている。
「お兄ちゃん、車買うんだ!?」
驚く彗に宵が「ああ、必要だからな」と答えると、彗は今日の欄に書かれた予定を見て大声をあげた。
「ええー!?お兄ちゃん、なにこれ!?」
7月2日の欄、つまり今日の宵の行動予定にはこう書かれていた。
「彩光寺麗子に『予告状』を出す」と───。
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