015 とある休日の帰宅中 ②

放課後、薄曇りの空の下。

陽介は自転車をこぎながら、通学路の緩い坂道をのんびり上っていた。

今日の部活の楽しさと、静かに胸の奥へ戻ってくる不安。

その二つが、頭の中でせめぎ合う。


(──結局、“配る能力”をいつ使うか、すら決められてない)


そんな思考を抱えたままペダルを回していると、家まではもう数分というところ。


……その時だった。


ふっと、世界の“音”が一段静かになった。

風の流れが止まり、木々のざわめきが遠のき、景色の色さえわずかに鈍る。


「……え?」


陽介がブレーキを握り、顔を上げた瞬間──


前方の空に、ひとりの男が“立って”いた。

高い位置。だが揺れず、ただそこに存在している。

異質そのものだった。

その男と目が合った瞬間、陽介の背筋に冷たいものが走る。


(……危険だ)


本能が警告を鳴らした。

男は陽介をじっと“観察する”ような瞳で見つめていた。

なにかを読むように、測るように。

陽介には理由も意味も分からない。

そして男がふっと呟く。


「あぁ……これは、想定以上だ」


かすかに動いた口の形だけが、陽介の不安を増幅させる。

息を呑んで立ち尽くす陽介のもとへ、男の声がすっと降ってきた。


「少年。聞こえるか」


静かだが、よく通る声。


「少しだけ……話をしよう」


陽介の心臓が跳ねる。

だが逃げるより先に、なぜか問いたださなければならない気持ちが勝った。


「……あんた、誰だよ」


それを聞いた男は、ゆっくり降下し、地面に足をつけた。

敵意はない。だが味方とも思えない冷たさもある。


「君は、世界を揺らしつつある。だから確認しに来た。この”眼”で」


深い青の瞳が、陽介を貫いた。

遠いどこかから見下ろしているような静けさ。

陽介は、ごくりと喉を鳴らした。


「……だから、名前を……教えてくれよ」


一瞬、男の瞳が揺れた。


「僕の名は──■■■……っ」


風が破れたような、聞き取れないノイズが割り込んだ。

男の表情が一瞬だけ苦しげに歪む。


「……失礼する。今は……名乗れない」


短くそう告げると、男はふいに空へ跳んだ。

風が巻き上がり、次の瞬間には雲の奥へ消えていた。

ぽつんと取り残された陽介は、しばらくその空を見上げ続けた。

胸の鼓動は収まらない。


──名前を言おうとした“瞬間だけ”走った、謎のノイズ。


あれがいったい何なのかも、

あの男が何者なのかも、何ひとつ分からないまま。


ただ、この出会いが自分の未来を変えてしまう──


そんな感覚だけが、確かに残った。

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