007 世界で一人、二人きり ①

自転車を漕ぎ始めて数分。日没は目前で、街には色とりどりの照明が灯り始めていた。

その明かりの帯を抜け、いつものマンションの前でペダルを止める。ここ──正確には、このマンションの一室が俺の家だ。


階段を上がり、鍵を差し込んで回す。


「ただいま」


誰もいない部屋に、癖のように声をかけた。家族と暮らしていた頃が、少なからず恋しいのだろう。つい「おかえり」の一言を期待してしまう自分がいる。


部屋に入り、鍵を閉める。

制服を壁のハンガーに掛け、手を洗う。

冷蔵庫の中身を確認し、適当に温めて皿に盛る。


口に運びながら、いつも通りのはずの時間に、どうしても微かな違和感があった。


──朝、感じた「何か起こる」という直感。


その残り香だろう、と意識の隅に追いやる。こういうのは気にしたら負けだ。

だから俺は“日常”を続けた。


皿を洗い、

洗濯物を洗濯機に入れ、

風呂に入る。

シャワーの音に混じって、洗濯機の回る低い音が響く。

上がったあと、体を拭いて着替え、水分を補給する。


それから、自分のパソコンを取り出し、いつもの場所に置いて開く。

黒川や星野に言ったとおり、作っているゲームで起きるバグの対処法を調べる。

意図的にバグを起こすコードを書いては直す、を繰り返す。


そしてようやく──

一日の終わり、趣味の時間が訪れた。

好きな動画を眺めたり。

小説の続きを読んだり。


眠気が落ちてくるまでの“自分だけの世界”。


穏やかで、静かな、誰にも邪魔されない時間。


……だが、楽しいものほど終わりは早い。


気づけば時計の針は日付が変わる寸前を指していた。


「そろそろ寝るか……」


パソコンを閉じ、部屋の明かりを落とし、敷布団へ身を沈める。

布団の温もりが体に馴染み、ゆっくりと瞼が落ちていく。



静寂。呼吸。心拍。



いつもと変わらないはずの夜。


もう寝たかと思われた、その瞬間。


――視界が、ふっと白に塗りつぶされた。


光でも闇でもない、“無”のような白。


まぶしさはない。ただ、世界が一枚、裏返ったような感覚だけが残った。

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