ep.10 襲来②


 引っ越しの荷解きから整理整頓まで粗方完了し、室内には芳醇なアロマの香りが漂っていた。最新のコーヒーマシンも設置し、新居での快適な環境作りに抜かりは無い。しかし主が帰宅した新居の中は現在、緊迫した空気で満たされていた。事件はテーブルの上に置かれたあるものがきっかけで起こった。


 「ミア様…それは一体どうされたのですか…?」


 グレアが重い口を開き、ようやく沈黙が破られた。主が取り出しテーブルの上に置いた物はパンの空袋、言い換えるとゴミだ。それも高級な物でも無くスーパーやコンビニに置いてあるような一般的な。何故こんなものを持っていたのか。拾った?そんなまさか。脳内では目まぐるしく推理が行われていた。


 「受け取った」


 ミアが簡潔に答えたが、言葉が足りな過ぎる。誰が?なんの為に?


 「と言いますと…?」


 「あの少年に食べるものは無いのかと問い詰められこれを渡されたのだ。手から直接食べるというのは新鮮であった」


 「お食事…手から…?」


 発せられた言葉が呑み込めず、グレアは世界が飛んでしまったかのような感覚に陥った。少しずつ現実に意識を戻し始めると、学校での食事について失念していた事を自覚し血の気が引いてきた。


 「もうしわけ…」


 謝罪の言葉をミアは手の動き一つで制止するとコーヒーを一口啜った。


 「この時代の美食への執念すら感じる一品であった」


 「…はい?」


 「余程価値のある品なのだろう?少年には申し訳ない事をした。機会があれば一部では無く全て味わってみたいものだな」


 言えない。それは安物でどこでも買えます。だなんて。


 それにしても今まで自分が主にふさわしい食材を厳選し、心を込めて調理したものを毎日提供していた筈。満足頂けている自負もあった。だがそれ以上に市販のクリームパンに心を動かされているのだ。考えられるとするなら-


 「今後は食後にデザートもお出しします!」


 長年付き添っていたが知らなかった。恐らくミアはかなりの甘党だったのだろう。確かに昔は甘味なんて高級品で口に入れる機会は少なかった。そこまで思い至らなかった自分をグレアは不甲斐無く思った。 




 〜


 「これだけあれば2週間は持つか」


 楓は食材の買い出しから帰宅中だった。主に冷凍食品ばかり。自炊しなければならないのは理解しているが、殆ど一人で生活しているので腐らせるようなものは買い溜め出来ない。弁当作りにしてもやはり冷凍食品は最強だ。


 「ちょっとそこの君」


 「はい?」


 突然、見知らぬ女性に声をかけられた。白髪なので一瞬年配の方かと思ったが、よく見るとかなり若い。見たことのない格好をしているし、顔立ちからしてもこの国の人とは思えない。なんの用だろうか。


 「この辺で神器科のある高校って何処にあるか知ってるかしら?」


 「あー。それなら〜」


 学校に用があるということは、関係者か何かだろうか?若いがこの国の高校生と比べると大人びた容姿なので学生とも教師とも判別が付けにくい。


 「ありがとう。ところであなたも学生さん?神器科の生徒だったりする?」


 自分が神器科の生徒だったのなら話も早かっただろう。なんだか心が少し痛む。


 「いえ、確かに同じ学校ですけど普通科です」


 「そう…その割には近い匂いがするけど」


 (近い匂い…?)


 「あぁ、気にしないで。私はカリサって言うの」


 楓が困った表情を浮かべている事に気づいた彼女は右手を軽く振りながら笑いながら名乗った。


 「ご親切にどうも。俺は楓って言います。それじゃ」


 道を聞いただけの相手に名乗るなんて律儀だなと感心しつつ、手を振ってその場を後にした。


 (最近はやけに見知らぬ女性と縁があるな)


 しかしドキドキするような恋愛とは程遠く、どれも嬉しいものではない。考えてみると入学してから全く女っ気が無い。一人くらいは自分の事を好きな子はいるかもという妄想に近い淡い期待も、今日のミアの行動で打ち砕かれた可能性がある。


 (何にしたって効果抜群じゃねぇか)


 被害妄想かも知れないが事実としてそうなのだ。明日からの学校生活を考えると気が重くなる。


 「はぁ。今日の夕飯は唐揚げだな」


 明日からの憂鬱な学生生活を憂いながらも、大好物を食べる事でなんとか気力を取り戻そうと試みた。とは言え冷凍食品の唐揚げなのは悲しい。





 「ヒッ。あのガキですね」


 「間違いないな。それにしてもあの女は…」


 「心当たりでもあるんですかい?」


 「確証は無いがちゃんと調べておこう」


 そんなごく日常的な一幕を陰から除く二人の男がいた。組織からの命令はこの一帯で検出された謎の反応の調査。あれから特に変化が無いので調査は長引いてしまいそうだが、いざという時はオーガを下した純正神器の持ち主、もしくは神器だけでも差し出せばお釣りが来る。


 「ヒッ。それにしてもアニキはいい加減調査員より暗殺部隊に入るべきだと思いますけどね〜」


 「馬鹿を言うなウリト。俺はどんな役割でもちゃんと受け入れるさ」


 部下の意見は最もだ。自分本来の実力を考慮すれば捜査員をただの雑用と馬鹿にしてくる奴らだって黙らせる事は可能。しかし社会人として上からの命令をきっちりこなす。それがプロというもの。


 「とりあえずは様子見だ。ちゃんと相手を見極めてから動く。俺はあの女を尾行する。ガキは任せた。早まるなよ」


 「ヒッ」




 ウリトとゴウラは二手に分かれそれぞれの後を追った。

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