第5話 最強ステータス、全部ゼロ


天界の管理層フロアでは、

珍しく書類が山積みになっていた。


「……案件、多いですね」


女神ユーファが、

淡々と整理していく。


「春は転生ラッシュですから!」


レーシャは、

なぜか誇らしげだった。


「次の魂、

確認します」


光の端末に、

一人の魂が表示される。


「現代日本。

二十三歳、女性。

病死」


淡い光を放つ魂は、

どこか静かだった。


「努力家です。

身体は弱かったですが、

最後まで前向きでした」


「それなら!」


レーシャの目が、

きらきらと輝く。


「異世界では、

思い切り活躍してもらいましょう!」


「ええ。

高ステータス付与、

いわゆる――」


「チートですね!」


ユーファの言葉を、

勢いよく遮る。


「攻撃力、

防御力、

魔力、

全部最大で!」


「……レーシャ」


「はい?」


「入力は、

慎重にお願いします」


「大丈夫ですって!

慣れてますから!」


レーシャは、

操作盤を高速で叩いた。


数値が、

一気に入力されていく。


……が。


最後に、

保存確認画面が表示された。


「……?」


レーシャは、

首をかしげる。


「これ、

押しましたっけ?」


その瞬間、

ユーファの視線が

画面に釘付けになる。


「レーシャ。

保存、

押していません」


「え?」


だが、

すでに転送は始まっていた。


「……もう、

止まりません」


光が弾け、

魂は異世界へと落ちていく。


――――――


目を覚ました彼女は、

まず身体を確認した。


「……動く」


手足は、

問題なく動く。


次に、

頭の中に浮かぶ

情報を探る。


――ステータス確認。


反射的に、

そう念じた。


すると、

視界に文字が浮かぶ。


【攻撃力:0】

【防御力:0】

【魔力:0】

【敏捷:0】

【幸運:0】


「……え?」


彼女は、

何度も見直した。


「……ゼロ?」


すべて、

きれいにゼロだった。


「……最弱?」


不思議と、

恐怖はなかった。


「まあ……

動けるなら、

いいか」


彼女の名前は、

エルナ。


小さな村で、

目を覚ました。


武器を持っても、

振れない。


魔法書を開いても、

何も起きない。


走れば、

すぐ息が切れる。


「……これは、

大変だな」


だが、

彼女は諦めなかった。


「できないなら、

考えればいい」


彼女は、

観察した。


地形。

風向き。

人の動き。


力のある者に、

無理をさせない配置。


争いが起きない、

役割分担。


「……ここ、

順番変えませんか」


その一言で、

作業効率が上がった。


やがて、

村に魔物が現れた。


冒険者たちが、

剣を構える。


エルナは、

一歩前に出た。


「正面からは、

無理です」


「何だと?」


「森に誘導して。

足場を崩せば、

動きが止まります」


誰もが、

半信半疑だった。


だが、

他に案はない。


結果、

魔物は倒された。


被害は、

ほとんどなかった。


「……すごいな」


誰かが、

そう呟いた。


エルナは、

首を振る。


「私が戦った

わけじゃないです」


「でも……

考えたのは

あなたです」


その言葉に、

胸が温かくなった。


彼女は、

前世を思い出す。


病室の天井。

動けない身体。


「……今は、

動ける」


数値はゼロ。

だが、

思考は無限だった。


エルナは、

やがて

街の相談役となる。


戦わない英雄。


力を持たない、

指揮官。


人々は、

彼女を頼った。


――天界。


「……報告です」


ユーファが、

資料を置く。


「対象者、

ステータス全項目ゼロ。

しかし――」


「しかし?」


レーシャが、

身を乗り出す。


「地域防衛成功率、

過去最高です」


「えっ」


「被害、

最小。

住民満足度、

極めて高」


レーシャは、

ぽかんとした。


「……え、

ゼロで?」


「はい」


サフィーネが、

静かに立ち上がる。


「レーシャ」


「は、はい!」


「始末書、

七十枚です」


「まだ増えるんですか!?」


「重大設定ミスです」


レーシャは、

机に突っ伏した。


だが、

ユーファは

小さく続ける。


「ただし……

天界評価は、

英雄級です」


サフィーネは、

言葉を失った。


天界には、

今日も魂が戻ってくる。


そしてまた、

女神レーシャは

操作盤を見つめる。


「……ゼロでも、

最強……?」


その呟きは、

誰にも聞かれなかった。


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