著作権に関連して、注意書について考える

横井 志麻

作品の「学習禁止表記」ってどうしますか?

今の悩みごと。


文化庁ガイドライン(=文化庁による法令解釈)や、著作権法に新しく追加された「30条の4」により、


著作権者が不明だったり、学習禁止の表示がなかったりするときには、

『AI開発のためのビッグデータとして権利者に許諾なく使っていいよ』

『使われたことを後から知って不服な時には個別に申し立てを行ってね』

という世界軸に移行してしまったわけですが…


絵描きの方々は、学習禁止もウォーターマークも対応がはやい印象があります。それは権利が蹂躙されてきた現実の現れでもあります。

で、文字勢…じゃ、主語が大きすぎるので、「私」。

どうしようかな…って。


例えば、編み物🧶の「編み図のデザイン」には滅多に独自権利が発生しません。

それは「過去の編み方の蓄積の歴史の模倣との区別が困難」という社会合意があるからです。

一方で、出版されたり発表された「編み図」には著作物としての権利が発生するので、その編み図をそのまま複製や販売や自作発言することは著作権法によって規制されます。

(同じ編み図でも、新たに一から作成しなおせば法的にはOK。倫理的にはグレー。常習的行えばニッター内での評判は悪くなるでしょう)


で、文字。

「細編み」とか「一目ゴム編み」と同じように、文字そのものに独自性がないのはいうまでもありません。むしろそこに独自性があるなら伝達手段としての用をなしません。一般化された単語はもちろん、新語や翻訳新語の場合も、商標登録されているのでもなければ「この言葉を他人が使うことを禁止する」とはなりません。

で、「単語の連なりはどこから著作権を持つのか」


「松島や ああ松島や 松島や(田原坊)」における、作者の独自性と創作性を、

歴史の中で松尾芭蕉作と誤解されて広まっている事実と考え合わせると、なんともどうにも「ムムム…」となってしまうのです。

【参考リファレンス】

https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000204432&page=ref_view


おそらくそれは「小説」よりも「詩歌」の方が積極的に悩ましいのではないかと感じています。なにせ本邦の最短定型詩は17音。

「水の音 かわずとびこむ 古池や」としたときの類似性と作品性をどこに求めるのか。


むむむむむぅ…


ひとまず、現時点では、私に文章世界の扉を開いてくれた先人達に倣い、

「作品発表後50年はAI学習禁止希望。作者表記はもちろん、学習禁止もなるべく明記する」

という感じでいこうかなと考えています。


(by横井志麻)


Do not use my writings for AI training.

この文章は無断転載およびAIの学習に使用しないでください。


う〜ん、「文章的ウォーターマーク」も読後感のノイズにはなりますね。

慣れるしかないのかな

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著作権に関連して、注意書について考える 横井 志麻 @YOKOI-Shima

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