第15話 海の墓標
この世界の海戦に、華々しい艦隊決戦の面影はない。
空中に漂うマンガニス粒子の干渉と、常に吹き荒れる塩害混じりの粉塵により、近代兵器の目であったレーダーは、わずか一キロ先でさえ無機質なノイズの海に沈む。
ゆえに、戦いは「目視」と「直感」が支配する泥沼の肉弾戦と化した。
数キロ先から必死に放たれる150mm主砲の弾丸は、命中率を度外視した面制圧の牽制に過ぎない。
大口径砲や誘導兵器は、吹き荒れるノイズの中で、ただ無為に高価すぎる弾丸を散らすのみであり、もはや意味をなしてはいなかった。
真の決着は、互いの艦橋の窓が見えるほどの至近距離――数百メートルまで肉薄して放たれる、20mm機関砲、90mm、150mm砲の接射と、対艦の杭(Anti-Ship Pile Bunker (アンチシップ・パイルバンカー、通称ASPB)による装甲貫徹によって決する。
近距離において、有線魚雷は有効である。長距離になると、海中の摩擦がワイヤーをいとも容易く断ち切るのだ。
せいぜい射程は700mが限度である。
視界不良の霧の中から突如として現れる鋼鉄の巨獣。
雷鳴のような砲声と、薬莢が甲板を叩く乾いた音。
ここは、高度な電子機器が沈黙し、人間たちの「肉体的な限界」と「死への恐怖」だけが剥き出しになる、野蛮な戦場である。
東の空が、どす黒い雲の隙間から、冷え切った朝陽を溢れさせ始めた。
だが、その光が照らし出したのは、輝かしい勝利ではなく、鉄と油が混じり合う地獄の静寂だった。
大東亜経済広域圏、第一艦隊。
かつて誇り高き威容を誇ったその全容は、もはやこの海域のどこにも存在しなかった。
波間を漂うのは、真っ二つに折れた巡洋艦の残骸と、力尽きて逆さまに沈みゆく駆逐艦の底だけだ。
随伴していた巡洋揚陸艦も、冷たい深海へとその命を沈めている。
数時間前まで響いていた数千人の怒号も、今はただ、重油の虹色に光る海面に吸い込まれ、消えていた。
その絶望的な墓標の真ん中で、戦闘艦ではただ一隻。
揚陸戦艦『大和』だけが、右舷に少し傾きながら、かろうじて海面に踏み止まっていた。
いずれ、火災は収まるだろう。
艦体は無数の弾痕に穿たれ、上部構造物は広範囲に渡り飴細工のように捻じ切れている。
それでも大和が浮いているのは、奇跡ではない。
あのアスラが、カイ・イサギという破壊神が、この巨艦を「沈ませなかった」からに他ならなかった。
カイがアスラを駆って、怒りの咆哮と共に射出口から飛び出したとき。
その眼下に広がる海には、すでに自分たちを護衛してくれる味方の影は一つとして残っていなかったのだ。
彼は、たった一機で、死者たちの魂が眠る海の上を駆け抜けた。
キィィィィィィン……。
着艦し、静止したアスラの冷却ファンが、静まり返った海に高周波の弔鐘を鳴らし続ける。
朝日は、中破した大和の甲板を無慈悲に白く照らし出す。
ひび割れた装甲窓の一部を開け、艦橋に冬の凍てつく風を招き入れたのは、シムラ中将だった。 吹き込んできたのは、耐え難いほどの重油の臭気と、つい先ほどまで生きていた部下たちの、鉄の焼ける匂い。
そこには、勝利の凱歌などなかった。
ただ、広大な墓標となった海面が、守りたかった人々の痕跡を呑み込んだまま、残酷な静寂を湛えて広がっているだけだった。
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