第8話

その日から、

少しずつ、

おかしなことが増えた。


朝、

目を覚ますと、

部屋の空気が冷たい。


夏でもないのに、

吐く息が、

ほんのり白い気がした。


……寒い?


首を傾げても、

すぐに戻る。


気のせいだと、

思うことにした。


――――――――――


神社へ行く。


石段を上がる。


途中で、

足を止められることがあった。


……坊や


知らない声。


振り向くと、

近所の年寄りが、

怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


こんな時間に、

一人で神社かい


うん

いつも、ここで遊んでる


……そうか


納得したようで、

していない顔。


だが、

それ以上は何も言われなかった。


ただ。


背中に、

視線が残った。


――――――――――


境内。


君は、

もう待っていた。


……遅い


今日は、

声が硬い。


ごめん

途中で呼び止められて


……人か


その一言に、

わずかな棘。


うん

でも、知ってる人


……そうか


それだけ。


でも、

君の立ち位置が、

昨日より奥だった。


御神体に、

近い。


ねえ


僕が呼ぶと、

君はすぐに視線を向けた。


……何だ


昨日からさ

君、ちょっと遠い


君は、

黙った。


……近づくな


え?


……今は

あまり、近づくな


理由は、

言われなかった。


でも、

声は本気だった。


……分かった


そう答えながら、

一歩だけ、

距離を取る。


それで、

少しだけ、

君が安堵したのが分かった。


――――――――――


花札は、

今日は出さなかった。


代わりに、

並んで座った。


間に、

少しだけ、

空間を残して。


……主


君が、

ぽつりと呼ぶ。


なに?


……最近

夢は、見るか


うん

でも、すぐ忘れる


……そうか


それ以上、

聞いてこなかった。


でも、

視線は、

何度も、

僕の首元や手元を見ていた。


まるで、

何かを確かめるみたいに。


――――――――――


帰り道。


石段を下りる途中、

急に、

足が止まった。


……あれ?


身体が、

少し、

ふらつく。


視界が、

一瞬、暗くなる。


……大丈夫か


気づくと、

君が、

すぐそばにいた。


え……

近づくなって……


……今はいい


短く、

そう言って、

君は僕の肩を支えた。


冷たい。


でも、

前より、

少しだけ、

痛い。


胸の奥が、

ちくりとした。


……触れるな


自分に言い聞かせるような、

低い声。


……ごめん


僕が謝ると、

君は、

ゆっくり手を離した。


……倒れるな

二度目は、

許されぬ


二度目。


その言葉が、

頭に残った。


――――――――――


家に帰ると、

母が心配そうに言った。


また、顔色が悪いわよ

無理してない?


ううん

平気


でも、

自分でも、

少し、

自信がなかった。


夜。


布団に入ると、

すぐに眠った。


深く、

深く。


――――――――――


夢。


石段が、

霧に沈んでいる。


御神体の下。


君が、

立っている。


……来るな


声が、

いつもより、

ずっと低い。


どうして?


……これ以上

近づけば

戻れなくなる


戻れないって?


君は、

答えなかった。


代わりに、

自分の手を見る。


指先が、

少し、

透けている。


……主


その声が、

遠い。


――――――――――


朝。


目を覚ますと、

手が、

少し冷たかった。


……変なの


それでも、

神社へ行く準備をした。


行かなければ、

いけない気がした。


理由は、

分からない。


ただ。


――もう、

後戻りできない場所に、

立っている気がした。

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