石見の海 角の浦廻を
刈谷まんど(まんど倶楽部)
第1話 愛
昔から、自分はマシな人間だと思っていた。中学二年生の後半に差し掛かり、生徒会選挙に立候補した時、自分でポスターを書き――様々な逆境を逆転し勝訴するあるゲームの弁護士をモチーフにした――、昇降口の掲示板へ貼り出した。
我が校では一年生から生徒会へ参加することが出来たため、他の数人の候補者の中には現生徒会のメンバーもいたが、毎朝六時半頃に冬空の下で校門に立ち、登校する友人に笑われながら大声を張り上げた挨拶運動が良かったのか、はたまた立候補時の挨拶回りで訪れた上級生の教室で出会った――当時はすでに絶滅寸前だった金髪リーゼントがキマッた――先輩から、大声での入室の挨拶を気に入られたからか、めでたく自分は生徒会長として任命を受けた。体育館での最終演説で、カンペを使わないアドリブの口上が良かったのかも知れない。
とにかく、自分の人生はなにかと上手くいった。小学校の頃からクラス全員が友達で、中学から高校、大学とトントン拍子で進学した。中学の生徒会長時代、クラスメイトの不良が家庭科の授業中に暴れた事があった。その時は彼の胸倉を掴み、廊下まで連れ出して壁に押し当て、「止めろ」と言った。彼が自分より小柄な体格だったから運が良かった。空手部に所属していたので絶対に手を出してはいけなかったし、そこまでの事をする勇気というか、無鉄砲さがなかったことも今となっては良かったと思う。
高校では勉強も程々に、部活や学校行事に夢中になった。体育祭では一年生の時から色リーダーという運営側に立候補し、壮絶なジャンケン大会を突破して任命された。そこから三年間学年のリーダーを務め、三年の体育祭では赤・青・黄の内の一色の色長として、その年の体育祭を大いに盛り上げた。
大学は文系の地方私立大学へ推薦入試で入学した。先程の通り、部活や行事に夢中だった自分は学業はそこそこだったものの、先生方には大変好かれていたので、推薦枠を頂くことは比較的容易だったらしい。大学生活は文字通り薔薇色の日々だった。いくつものサークルや部活を掛け持ちし、沢山の仲間たちと理由を見つけては酒を飲み、恋バナで夜通し涙し、好きな映画やアニメをオールで観て、授業に遅刻しては顔を見合わせて笑ったりもした。サークルの合宿では一日中スポーツで汗をかき、夕方は合宿先の温泉で気持ちよく汗を流した。
人並みに恋愛もした。何人かの恋人が出来たが、自分としては一人一人に真剣であり、一途であったと思う。多少、頻度の面で周囲から顰蹙を買ったことはあったが、自分が気まずい人間関係を嫌うタチで、なんとか卒業する頃にはそれぞれと和解するに至っていた。
自分にとって、愛という言葉が人生のテーマであったと思う。
幼い頃から祖父母と両親、兄弟と暮らし、溢れんばかりの家族愛を受けて育った。両親共に兄弟が多かったもので、季節毎の親族集まりでは毎度大勢の親族や従兄弟たちと会い、何かと進学祝いだの進級祝いだの、正月のお年玉に至っては、それなりの収入を得ていた。
叔父は「なんて出来た子だ」と誉めそやし、叔母たちは器量良しだと頭や顔をよく撫でていた。祖父母は自分のわがままを、いつ何時も満面の笑みで受け入れてくれていた。
両親は、そんな親族中に溺愛された自分に、自宅に帰ると映画やドラマのような厳しい体罰をするようなことはなく、ただし明確に、世の中の良し悪しや常識、子どもは家の手伝いをするものだ、お年玉は貯金しておきなさい、としっかり教育してくれる素晴らしい父と母であった。おかげで、後々話す社会人人生においても、真っ当な仕事が出来ているのではないかと、今でも思う。
家が自営業だったもので、家業を手伝う時には、しっかりと上司と部下としての姿勢を取った。仕事に不備があれば、親子であれど敬語で指導を受け、学校で友達と喧嘩をして不貞腐れながら手伝っていた時には、お客の前で容赦なく顔を引っ叩かれた。それもまた、時間が経った今では親心として愛を感じる思い出となっている。
友人の数は自他共に認める多さでいつも八方美人だと話のネタにされた。それでもどのコミュニティの仲間たちとも分け隔てなく仲良くできた事は幸運であったし、自分も優劣なくすべての友人達と交友を深めた。八方美人で入れる事はむしろ、自分の中で誇らしい特性ですらあった。時には別々のコミュニティを一同に集めて規模の大きな忘年会を開催したりもしていた。仲間たちの笑顔が何より自分を幸せにしてくれた。
とにかく、自分は出会ったすべての人間に対して愛を感じていた。友情もある種の愛だとおもう。自分でも不思議でならないのが、嫌いな人間が本当に嘘偽りなく一人たりともいなかったのである。自分は愛されていると実感していたし、出会ったすべての人を愛するべきだと考えていた。
そういった面でも、振り返ってみると、自分の人生は本当に恵まれていて、自分の人生についてもそれなりにマシなものだったのではないだろうか。
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