第23話 叫ぶ傀儡
午前の授業が終わり、教室は昼休み前特有のざわめきに包まれていた。
久遠数真は、ノートを閉じることもなく、ぼんやりと机の上を見つめていた。
――ディミル。
昨夜、佐々木から聞かされた名前。
はっきりした輪郭はない。だが「他にもいる」という事実だけが、妙に引っかかっていた。
上位存在。
コイテンシだけじゃない。
何かが、この学校にいる。
そこまで考えたところで、肩を軽く叩かれた。
「ねえ、久遠くん」
顔を上げると、クラスの女子が少し困ったような表情で立っている。
「数学、ちょっと教えてほしいんだけど……」
「……あ、うん。いいけど」
思考を切り替え、ノートを引き寄せる。
問題を見る限り、内容は基礎的だ。
机を囲む形になった瞬間。
「あっ! 三股だ!」
後ろから、聞き覚えのありすぎる声。
「ちげえから!!」
反射的に振り向いて叫んでいた。
「付き合ってすらいないから!」
「えー、鏡宮と女王もいてハーレム構図じゃん?」
「静かにしろ!」
須野は肩をすくめ、満足そうに笑う。
「はいはい、邪魔しませんよー。続けてどうぞ、数学教師さん」
久遠は深く息を吐き、黒板代わりにノートを使って説明を始めた。
「ここは、この式を一回整理してから……」
「あ、そうか……」
「符号を間違えやすいから、先にここを見ると楽」
女子は何度か頷き、ペンを走らせる。
「……なるほど」
「流石、あだ名“数学”だね〜」
その言葉に、久遠の胸がわずかに引っかかった。
悪意はない。
褒め言葉だと分かっている。
それでも――
どこか、自分が「便利な役割」に収まった気がして、少しだけ嫌な気分になる。
「……いや、普通だよ」
表情に出さないよう、淡々と答える。
「ごめんね、時間取らせちゃって」
「お詫びとか……できたらいいんだけど」
「気にしなくていいから」
そのやり取りを、須野は腕を組んで眺めていた。
「さてさて、数学講座も終わったところで」
須野が、わざとらしく声を張る。
「実は久遠、今ちょっと学校内の“怪しい生徒”を探してるんだよね」
「あ、うんそうなんだけど。」
「な、そうだろ?」
久遠は一瞬言葉に詰まった。
「……須野」
「大丈夫大丈夫。情報提供を期待してるだけ」
女子は顔を見合わせ、少し考え込む。
「……あ、心当たりあるかも」
「え?」
「人気のない場所によくいる子がいてさ。
なんか……雰囲気が変って言うか」
須野の目が、僅かに細くなる。
「ほう?」
「案内してもらえる?」
「うん、いいよ」
そのまま、教室を出る流れになった。
⸻
廊下を歩きながら、久遠は小声で須野に言った。
「……よく、俺がそこまで考えてるって分かったな」
須野は、あくびを噛み殺しながら答える。
「こんぐらい朝飯前さ」
「尋問するまでもない」
「……怖いな」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
少し先を歩く女子の背中を見ながら、須野は続ける。
「で、数真」
「何だよ」
「多分これ、想像より面倒くさいやつだぞ」
久遠は、何も言わずに前を見据えた。
学校という閉じた空間。
その中に、まだ見えていない“存在”がいる。
だが、状況は静かに、確実に動き始めていた。
女子に先導される形で、久遠と須野は校舎の奥へと向かっていた。
人気のない廊下は、昼間の学校とは思えないほど静かで、足音がやけに大きく響く。
「……ここです」
女子が指差したのは、屋上へと続く非常階段だった。
久遠は一瞬、眉をひそめる。
校内で不審者が出る場所としては、あまりに分かりやすい。
だが、だからこそ今まで誰も近づかなかった――そんな因果の裏返しにも思えた。
「なるほどねぇ」
須野は階段を見上げながら、妙に楽しそうに笑う。
「人が来ない場所ってのは、不審者専用の喫煙所みたいなものだな。」
「何言ってんだ?」
そう言いながらも、久遠は足を止めなかった。
「あいつと関わりたくないから私帰るね。」
「あっ、うんまたね。」
――その瞬間だった。
上階から、耳に引っかかる笑い声が落ちてくる。
「キョッキョッキョッ!!」
空気が、一気に変わる。
「……今の、笑い声だよな?」
久遠が低く言う。
「うん」
須野は即答した。
「人間が自然に出せる音じゃない」
階段を上がるにつれ、声ははっきりしていく。
笑い声なのに、感情がない。
喜びでも、怒りでもない、ただの振動。
踊るような独り言が続く。
「ヨクアクマ様の指示をいつでも待ってオリマス!!ああ、 欲する!欲欲!!」
久遠は思わず立ち止まった。
「……なんであいつとここまで出会う事無かったんだ?」
自分の口から出た言葉に、少し驚く。
今まで校内で見なかったこと自体が、不自然だ。
須野は、乾いた笑いを漏らした。
「あれ化け物がただ人間の皮被ってるだけだろ。」
否定しようとして、できなかった。
階段の踊り場に立つその人物は、確かに人の形をしている。
だが、姿勢も、視線も、存在の圧も、人間のそれから外れている。
そのとき。
ぴたり、と動きが止まった。
「ん?誰か私をミテイル!?」
首が、ぎこちなくこちらを向く。
視線が合った瞬間、久遠の背筋を冷たいものが走った。
「うわあ見つかった!!」
久遠が、反射的に声を上げる。
「しゃあねえ。バトルだ!」
「えっ!マジで言ってる!?」
「キョッキョッキョ!!処刑処刑!!」
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