40歳・子供部屋おばさんの孤独死。ゴミ屋敷で餓死した私が、目覚めたら20年前の朝だったので、二度目の人生は死に物狂いで働いて母を救います
品川太朗
第1話 詰んだ人生と、幻の塩むすび
私の名前は佐藤恵(さとうめぐみ)。40歳。 母の幸子(さちこ)と二人暮らしの独身だ。 世間で言うところの『子供部屋おばさん』ってやつね。
20歳で専門学校を中退し、それ以来の引き籠り歴20年。堂々たるベテランだ。
起きたいときに起きるので、いつも時間はマチマチだが、だいたいお昼過ぎには目を覚ます。 今日も日が高くなってからノソノソと布団から這い出した。
お腹が空いた。とりあえず、ご飯を食べることにする。
リビングに行くと、幸子の姿が見えない。パートにでも行っているのだろう。 テーブルの上には、ラップに包まれた食事が並んでいる。 そこに見慣れたメモ用紙が置いてあることに気づき、チラッと目をやった。
『これからは、少しは将来のことを考えてください。お母さんもいつまでも元気じゃありません』
内容はいつも通りの、泣き落とし。 年金とパートだけじゃ厳しいだの、自分が死んだらどうするんだとか。
「……うるさいな」
メモをくしゃりと丸めてゴミ箱へ放る。
親なんだから子供を養うのは義務でしょ。 幸子が死んだら? その時は国に責任を取ってもらえばいい。 だってそうだろう。国が悪いんだ。私達みたいな人間を支援してくれるような態勢を作っていない、社会が悪いんだから。
冷えたご飯を食べ終わったあと、お風呂にも入らずにすぐに部屋に戻ることにする。 そういえばお風呂に入ったの3日前だっけ? まあいいか。誰にも気を使わないでいい生活って無敵よね。
部屋に戻りPCの前に座ると、すぐにネットの巡回をし、それに飽きたらゲーム。 ゲームの途中で幸子が部屋の扉をノックしていたようだが、ヘッドホンをして無視した。
眠くなったら寝る。ニートの一日は単純なせいか時間の流れが速い。 一年なんてあっという間だ。そして気づいたらこの年になっていた。
先の事なんか真面目に考えた事も無く、根拠もなくこんな生活が一生続くと思っていたのだが。
ある出来事で、私の生活は激変することになる。
母、幸子の死だ。
いつもどおりに昼過ぎに目を覚まし、ご飯を食べに行くと、幸子が玄関で倒れていた。 パートに行こうとしていたのか、買い物か。 私が気付いた時には、もう体は冷たくなっていた。
幸子の死を前にして、悲しみとか、そういう感情は湧いてこなかった。 いや、正確には違う。私の頭の中を占めたのは、自分のことだけ。
私はこれからどうすればいいの? 父さんが残した遺産とかで、食べて行けるのか? 誰が私の食事を作るの? 洗濯は? 誰が私の面倒を見てくれるの?
しばらく呆然としていたが、そうだ、死体をどうすればいいんだ? 私にはどうしていいのか分からなかったので、幸子の妹である叔母さんに連絡を入れてみた。
叔母さんはすぐに来てくれて、お通夜から葬式まですべての手配をやってくれた。 私はただ、言われるがままに座っていただけだ。
遺産の相続手続きまで終わると、固定資産税とか今後の支払いの事を説明され、そのあと幸子の事で、イロイロと小言を言ってきた。 うるさいんで、ハイハイと適当に答えていたのだが。
私が大きく溜息をついた瞬間、叔母さんの表情が変わった。
「じゃあ、あんたとの縁はこれっきりだから。もう親戚の誰にも、連絡してこないでね」
「……え?」
思考が停止する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ私の面倒は誰が見てくれるのよ? これからどうやって生きて行けばいいのよ?」
叔母さんと、後ろに控えていた親戚たちは私を冷ややかな目で睨んだ。
「40にもなったあんたの面倒なんか、知るか。一人で生きられないなら、勝手に野垂れ死になさい」
「な……ッ」
叔母さんの辛辣な言い草に絶句する。 何か言い返そうと思っても、親戚たちの「身内の恥さらしを見る目」に射すくめられ、何も言えなくなる。
「じゃあ帰りましょうか。せいぜいこれからは、姉さんのありがたみと、どれだけの苦労を掛けたか、少しは考えるといいわ」
そう言うと、叔母さんは親戚一同を連れて帰っていった。 広い家に、私一人が取り残される。
……くそ、身内を見捨てるのかよ。クズ野郎どもが。 取り敢えず遺産でなんとかして、その後は生活保護だな。余裕でしょ。
しかし、それから数日して分かったことだが、現実は甘くなかった。 実は遺産は、このボロ家以外もう残っていなかったのだ。 父さんが残してくれたお金は、長年の私と幸子の生活費に消えたみたいだ。
これは……早くも国に頼ることになったみたい。 面倒くさいが、さっそく生活保護の申請に行かないといけなくなった。
「申し訳ありませんが、佐藤さんの条件ですと、申請が通るのはちょっと難しいですね」
役所の窓口で、担当者は申し訳無さそうに言った。
「え……駄目なんですか? だって私、収入が無いですよ! 保護してもらわないと、どうやって暮らして行けばいいんですか?」
役人は困ったような曖昧な笑顔を浮かべると、マニュアル通りの言葉を並べる。
「その、ですね、佐藤さんは特に持病とかもお持ちじゃありませんし、働くことは可能です。あと、まずはご親戚に頼られたらいかがでしょうか?」
「その親戚にはとっくに縁を切られているんだよ!」
叫んでも無駄だった。 国にも見捨てられた。 本当にこの世界はクソだ。チクショウ。
***
あれから半年。
まずはネットが止まり、電気が止まり、ガスが止まり、最後に水道が止まった。 冬だというのに暖房もないせいで、家の中は冷蔵庫のように寒い。 ゴミ出しのルールも曜日もわからないから、部屋中がゴミ袋で埋め尽くされている。
「ああ……お腹がすいた……喉も、渇いた……」
乾いた唇から、掠れた声が漏れる。
「塩むすびが、たべたい……」
具なんていらない。ただの、塩がついた白いご飯。 母さんが握ってくれた、あの温かいおむすび。
なんでこんなことになったんだろう。 寒さと飢えで、もうまともに考えることも出来ない。意識が遠のいていく。
やり直したい……。 でも……どこから? どこからやり直せば、私は上手くできたんだろう?
20歳のあの日か? それとももっと前? わからない。何もわからないまま、視界が暗転していく。
寒い。ひもじい。 ごめんね、お母さん。 私の意識は、そこでプツリと途絶えた。
「うわー、凄いゴミ屋敷ですね」
僕の名前は鈴木健太(すずきけんた)。 こんなゴミ屋敷の片付けや、特殊清掃を仕事にしている。 今日は孤独死した、この屋敷の清掃だ。 いちいち詳しくは聞いていないが、40代の女性の一人暮らしだったらしい。
統計によると、今の日本には『高齢ニート』と呼ばれる人たちは70万から100万人はいると言われているらしい。 これからその高齢ニートを食べさせてきた親世代が居なくなっていくんだ。これからもこんな仕事が増えていくことだろう。
さんざん親の財産を食いつぶして野垂れ死ぬ奴らに、まったく同情できないが。
こんなゴミの中で一人で死んでいく、こんな死に方だけはしたくない。 畳に残る、黒ずんだ人型の油シミを見つめると、しみじみそう思ってしまう。 腐敗臭と死臭が鼻をつく。
「おい健太、ぼさっとするな。いつまでたっても終わらないぞ」
「はい、すいません!」
先輩に怒鳴られ、僕は慌てて頷くと手を動かし始めることにした。 ゴミの山を崩すと、底からコンビニの袋や、カビたペットボトルが雪崩のように溢れてきた。
このシミの主は、最期に何を思ったのだろうか。 ま、僕には関係のないことだ。
僕たちは黙々と、ある一人の人間の生きた痕跡を、ゴミとして処理し続けた。
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