第1話 愛すべき出逢い?
「でか…」
人間も焼き尽くされそうな、真夏の大都会東京。
高級住宅街のど真ん中、
そこにくたびれた学生カバンを下げた
女子高生が立っていた。
彼女は
十八歳、高校三年生。
彼女が立ち尽くすのは、とある邸宅の門の前。
とりあえず、でかい。
大きさだけではなく、
壮大な歴史を感じさせる趣のある建物だ。
仕事だしなあ、きちんと勤めななきゃ、
母さん、家にあげてくれないしなあ…
なんて、
ライナの思考はここにあらずだった。
家事代行スタッフ、
和泉ライナ、十八歳。
今回は、桐ケ崎家の、
古株スタッフ・末さんが急遽入院し、
代打に選ばれた。
今回少し趣が異なったのは
母のマキがライナを派遣することを
なかなか決断しなかったことだ。
『……そういや、
なんであんなに今回は、
渋ってたんだろう…?』
そんなこんなで、半ば放心状態で
門の前に突っ立っていると、
しびれを切らしたかのように、
小扉を開けて、お迎えの人が出てきた。
「お待ちしておりました。こちらからどうぞ。」
「ありがとうございます。」
歳は三十代半ば、母くらいだろうか。
きっちりとまとめられた髪、
やはり、といった感じの和装のお仕着せ。
墨を溶かしたような青が
この家の重厚な佇まいと静かなこの人に
とても良く合っている。
そんな事を考えながら、
キョロキョロ見渡しつつ、案内人の後ろについていく。
玄関まで続くであろう石畳は
年代を感じさせる艶を放っている。
そして、玄関にたどり着くことなく、
その手前で脇道に入る。
「こちらへどうぞ」
使用人用の勝手口から中に入る。
中も広く立派だ。
それにしても、母には、
何かあった時にはライナをぶち込め、
みたいな掟があるのではないだろうか。
いや、確実にある。
ライナもそれにあがらえない。
まだ、自分で稼いでいない身としては、
住む家がなくなると困るのだ。
「まずは、ご主人様にご紹介いたします。」
そうして、たどり着いた先は、
建物の西の端の、
これまた整った日本庭園のお庭に面した
離れのような一室だった。
――こんな場所に住む人は、どんな方だろう。
部屋の前の廊下に正座して待つように促され、
同じように正座した案内人の女性は、中へ声をかけた。
「ルイ様、お忙しい所失礼いたします。
本日から
すぐに、中から声がかかる。
「入れ」
少し低めのよく通る耳障りの良い声だった。
案内人の松木さんは、慣れた手つきでスッと襖を開け、
中に向かってお辞儀をした。
慌ててライナも
「よ、よろしくお願いしまひゅ!」
と噛みながらお辞儀をした。
ちゃんと準備をしておくべきだった、
と後悔しても、もう遅い。
いつもはこんなことないのに!
と心の中で叫びながら
目をぎゅっと瞑ったまま、
廊下にベッタリとおでこをこすりつけていた。
その時、
フッと、誰かが笑ったような気がした。
――え?
「顔を上げろ」
心臓を射抜かれるかのような低目の通る声で
ルイと呼ばれた男は言った。
ライナは
一秒が一時間にも感じられる速度で
恐る恐る顔を上げた。
そこにルイはこちらを向いて座っていた。
「――若いな。」
背筋をスッと伸ばし、
痩せすぎす、程よく筋肉がついているであろう身体に
ふわりと浴衣を羽織っている。
部屋着であるはずなのに
シワ一つない無地の墨色の浴衣に
顔を見れば、
濡羽色の髪に、陶器のように艶のある肌。
スッと切れ長の目の中から、
浴衣の色のような深い墨色の瞳が、こちらを伺っている。
鼻筋はスッととおっており、
薄めの唇は全体のバランスを整えている。
部屋の中からは、古い本の紙の匂いと、
嗅いだことのないお香のような、
不思議で落ち着く香りがした。
よく使い込まれた文机の上には、
何やら懐中時計の中に時計ではなく、
赤い石が見えるよくわからないものも置かれている。
更によくわからないのが、
文机の横に、英国紳士御用達!!
と言わんばかりのステッキが
傘立てのようなものに立てられている。
何に使うんだろう?
足が悪そうではないし――。
そんなふうな感じで、
部屋の中は不思議だらけだわ、
出てきた主は
今まで見たことのないイケメンだわ、
とにかく、
――今ここに心あらずだったのだ。
「…い!
おい!
きいているのか!?」
はっと気がついた時には、
おそろしく整った顔が
激しい怒りを抱えた顔で
ライナの目の前にあった。
どうやら、
呼びかけが全く聞こえないくらい、
ルイ様とやらの顔にのぼせていたらしい。
確実にライナが悪い。
――弁解の余地なし。
「本当にこんな奴が
ボーっとして突っ立ってるだけのやつはいらん!
それに何だ?
なんかお前のポケットの中のものはなんだ!?
ごちゃごちゃと
ライナは、ドキッとして
ポケットを押さえる。
『うるさいってなんだ?
しかも、なんで、
ポケットに何か入ってるって
わかったんだろう??』
疑問を浮かべながら、
ちらりとルイ様とやらを見やると
目の前の御人は、ひたすらに不機嫌そうだ。
ただ、ちらちらとポケットの方を見て、
不機嫌さの中に、
ソワソワとした落ち着かなさも見える。
『なんだろう?』
しかし、怒りのほうが明らかに勝っている。
――コイツ、気が短すぎやしないだろうか。
あの大ベテランの
むしろ、末さん以外では
太刀打ちできなかったのではあるまいか。
ライナの中で、
『コイツはヤバイ奴』認定が早々に下された。
――しかし、
このまま引き下がれないのが、
ライナの辛いところである。
また、ライナがここで踏ん張らなくては、
『いずみスタッフ』としても、
長期優良顧客を失いかねない。
それは困る、非常に困る。
つまり、
このルイ様とやらの機嫌を取らねばならぬ。
ライナの平穏な日常を守るために、
――選択肢は他にない。
松木さんも
「初めていらっしゃったばかりですから…」と
援護射撃をかけてくれているが
ルイ様とやらはひたすら文句をたれている。
しかし、
ヤバイ奴=ルイ様をこちらに振り向かせて、
これからもよろしく、
と口にしてもらわねばならない。
やれるかどうかではない。
――やるのだ。
背中を汗が流れ落ちる。
暑さのせいではなく、今の緊迫した状況から来る冷汗だ。
ライナは腹をくくった。
「あの!」
ルイと松木がこちらを見た。
ライナはそれを確認し、
ガバっとお辞儀をした。
「先ほどは、大変失礼いたしました!」
「このような大きなお屋敷は
中々訪れる機会がないため、
舞い上がってしまいました。
長らく勤めてまいりました
しっかりと業務内容は引き継いでおります。
若輩者ではございますが、
しっかりと務めさせていただきます。
一週間。
まずは様子を見ていただいて、
それでお気に召さなければ、
担当を変更いただいても構いません。
どうか、こちらで働かせていただけないでしょうか?」
とりあえず言いたいことは言い切った。
頭を下げたまま、相手の反応を待つ。
スッスッと音も立てずにライナの方に歩み寄ってきた。
キュッと握りしめた手に、
緊張のせいか汗がにじんでいる。
と、次の瞬間
ぐいっと顎をつかんで、顔を無理やり上げられた。
ひゅっとライナの息が止まる。
「お前、なんか勘違いしてないか?
いいか?
ここで働けるのは
『俺が許した者』だけだ」
もっともらしいことを言い放ち
眉間にシワを寄せこちらをにらんでくる。
ライナも負けじと睨み返す。
松木さんが向こうでオロオロしているが、
なんの役にも立っていない。
ライナとルイはしばらく睨み合っていた。
ふと、ルイの目に怒り以外の何かがよぎった気がした。
心配というか罪悪感というか。
気のせいだろうか?
やがて、ルイが根負けし、
「勝手にしろ…」
と言い捨てて顔から手を離し
ライナに背中を向け、机に向かって何かを書き始めた。
とりあえず仕事をしてもいいらしい。
ライナはとりあえず寝床は確保できたという安堵で
ふーと息を吐いた。
それをちらっと横目で見たルイは
ドサッと何かを投げてよこした。
山盛りの着物と、書き潰された紙の山だった。
「
やってくれ。
引き継ぎは完璧なんだよな?
一つでも間違えたら追い出してやるから
覚悟しておけ。」
ルイはそう言い捨てて、再び机に向かった。
ライナはふつふつと湧き上がる怒りを必死に鎮めるため、
とりあえず目の前の仕事に取り掛かることにした。
明らかに宣戦布告された
ヤバイ奴と一週間――。
どちらが先に音を上げるか勝負である。
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