亜里野ストーリー

与志野音色

第1部 亜里野ストーリー

第1章 神界高校・文化祭編

第1話 追放


快晴。

澄んだ青空のはるか彼方にその赤子はいた。

これから起こる事など知らないようにその赤子は眠りについていた。


1月3日。


彼の数奇な人生は始まった。





________






10数年後。



四月の朝。

神界高校の正門をくぐった瞬間、亜里野翔馬は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


――ここから、全部変わる。


児童養護施設で出会い、十年を共に過ごした親友・与志野と、

同じ高校へ通える。それだけで胸がいっぱいだった。


神界高校は名前こそ大げさだが、中身は普通の公立高校だ。

くすんだ白の校舎、昇降口に漂う緊張した空気、校門で親と写真を撮る新入生達。


それが翔馬には、ただ“幸せな日常”に見えた。


与志野が校門を駆け抜けながら翔馬に叫ぶ。


「おい!翔馬!早く行かないと初日から遅刻だぜ!」


「やれやれ...まだ8時ちょうどだぜ?早く着きすぎだよ俺たち。」


翔馬はため息をつきながらも喜びを隠しきれないように少し笑みを溢した。



昇降口へ向かう途中、

後ろから軽いノリの声が飛んできた。


「お、君らも一年? 一緒だな!」


短髪で明るい表情の男子が手を挙げてくる。

名前は エルサ。ただのクラスメイトで、とにかく明るい性格だ。フィンランドのハーフらしい。


その後ろには、眠そうな目をし黒マスクをつけた田野が続く。


「僕は田野。よろしく」


四人はあっという間に打ち解けた。


昼休み、エルサが笑いながら言う。


「なんかさ、お前ら気が合いそうじゃん!

 これからよろしくな!」


まだ何も知らない――

この学校の“裏側”なんて、本当にひとかけらも。



入学から一週間。

クラスの輪郭がだんだん見え始める頃だった。


中心には、大きな声と態度で目立つ 山愚痴。

取り巻きを従え、毎日廊下を占領するタイプ。

そして、なぜか――

彼らの標的は 与志野に向いた。


「なぁ与志野、昨日のプリント持ってきたんだろ?オレらの分」


「あ、その……まだ、半分しか……」


「はぁ? 使えねぇな。真面目ぶってんじゃねぇよ」


胸ぐらを掴まれる。


「音ゲーばっかやってるから俺らのプリント出来ねえんだろ?」


山愚痴の仲間が与志野のカバンからiPadを取り出す。


与志野が泣きそうな声で叫ぶ。


「そっそれは俺の音ゲー用の...!」

「これは没収!俺らのをやらなかった罰な!ははは!」


与志野の声を遮り山愚痴はiPadを取り返そうとした与志野を強引に押し倒した。


翔馬はたまらず声を出した。


「やめろよ、山愚痴」


「は? なんだお前。施設育ち同士で庇い合いか?」


その言葉は痛かった。

だが翔馬は耐えた。

施設の先生――蒼気に教わった言葉を思い出す。


「暴力は損しかしないぞ、翔馬。だから約束してくれ。喧嘩や争いになった時は必ず話し合いだ、分かったな。」


だから翔馬は歯を食いしばるしかなかった。


「おい、言い過ぎだぞ山愚痴。」


エルサと田野が間に割って入る。


「チッ、まあいいや。負け犬同士仲良くやってろ。」


山愚痴は仲間を引き連れ教室を去って行った。


翔馬が地面に投げ捨てられたiPadを拾い与志野に渡す。


「大丈夫か?」


与志野は苦笑いを浮かべる。


「大丈夫だよ翔馬……。ちょっと我慢すれば…あいつらもそのうち飽きるさ。」


それが、逆に痛かった。



そして、事件は起きた


入学八日目の放課後。

教室にはもう誰もいなかった。


……はずだった。


山愚痴たちは戻ってきていた。


「おい与志野。今日の課題も持ってこなかったよな?」


「あ、あの……忘れて……」


「忘れたぁ!? 何回目だよ!」


ドンッ!

机を殴る音に、与志野の肩が大きく跳ねる。


翔馬は立ち上がる。


「もうやめろよ!」


「黙れよ。今日はまとめて“落とし前”つけんだよ」


――その瞬間。


教室の空気が、突然おかしくなった。


重い。

沈む。

息が苦しくなる。


夕日が差す教室の端で、与志野が震えていた。


「……う……うぅ……」


聞いたことのない声。

恐怖でも泣き声でもない――何かが壊れる音。


山愚痴が威圧感を出しながら与志野に近づく。


「あ?何?はっきり言えよ、聞こえねえんだけど。」


翔馬はもう我慢の限界だった。


蒼気先生は尊敬している人だ、そしてあれは蒼気先生と約束した誓い。


でも...あいつは話合いなんかで解決できる奴じゃない!


「山愚痴!いい加減にしろ!」


翔馬が山愚痴に手を伸ばしたその時。


ドンッ!!!


爆風のような衝撃が教室を襲った。


翔馬の前から山愚痴達が一瞬にして消えた。


「え...」


山愚痴達は机と共に黒板に叩きつけられあまりの衝撃に悶絶する。


「ぐっ……は……!」


「いって……何だよ……これ……!」


与志野を中心に、蒼い“何か”がうねっていた。

まるで見えない風が暴れているようだった。


「……いじめるな……もう……やめろ……!」


その言葉に合わせて蒼い揺らぎが膨れ上がる。


山愚痴達は怯えながら与志野から後ずさる。


「は...はぁ?何なんだよ......痛えよ...」


与志野は山愚痴達を睨みつけゆっくり一歩ずつ彼らとの距離をつめる。


このままでは――

本当に殺してしまう。


翔馬は叫んだ。


「与志野!!! やめろ!!」


だが届かない。

親友の耳はもう、ここにいなかった。


「与志野!!!ダメだ!!」


翔馬の脳裏に小さき頃の親友と恩師の顔が浮かぶ。


「翔馬、お前は強い。与志野を守るんだぞ。」


そうだ、俺は....蒼気先生と約束した!


与志野は....俺が守る!!!!


次の瞬間――


翔馬の体が勝手に動いた。


足が地面を蹴った瞬間、視界が一気に前へ流れる。

二歩で十歩分を跳んだような感覚。


(……え?)


理由もわからない。

ただ、与志野のもとへ“瞬きする間に”たどり着いた。


「与志野!!」


勢いのまま抱きしめる。


「もうやめろ!! こんなことして……戻れなくなるぞ!!」


その声だけは届いた。


「……翔馬……?」


与志野の目に、人の光が戻る。


蒼い嵐が止まり、静寂が落ちた。


山愚痴たちは意識を失って倒れていたが、命に別条はなさそうだ。


翔馬は息を荒げながら抱きしめ続けた。


「大丈夫だ……もう誰もいじめさせねぇよ……」


「おい!なんだ今の音は!」


遠くから誰かの叫び声が聞こえ翔馬は焦った。


「やばい!担任の多い死だ!とりあえず逃げるぞ!」


教師達が駆けつける前に、翔馬は与志野を連れて教室を飛び出した。


あの状況を見られたら停学どころじゃ済まないだろう。


「しょ...翔馬...俺...」

「いいから走れ!」


階段を駆け下り、昇降口を抜け、校門へたどり着く。


夕暮れの前。

人影が1つ立っていた。


田野だった。


「……やっぱり君たち、目覚めたんだね」


息を切らす翔馬に近づいてきて、静かな声で言う。


「さっきの……見たよ」


「田野……なんでお前……」


田野の表情は、普段の眠そうな目とは違っていた。

鋭く、真剣で、何かを知っている目だった。


「話がある。

 ここは……“ただの高校じゃない”」


それが――

神界高校の“裏側”への入り口だった。

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