反撃の光と勇気の一矢(2)
『なんだと、馬鹿な……!』
アクーラ5からの報告に戦慄する隊長。いくら偶像使いといえど生身の人間に自分たちの新型機を落とせるとは思ってなかった。
一旦クレイジー・ミューズ号への攻撃の手を止め、次の一手を考える彼。この船を逃すつもりはないが最重要の標的はあの元女王の方。もしこのまま彼女を逃がせばクレイジー・ミューズを撃墜したとしても誹りは免れないだろう。自分たちアクーラ隊の評価にも響く。
『やむをえん。アクーラ2、5と協力して鏡の魔女を追跡しろ!』
『了解しました』
『3は引き続き俺と奴らを攻撃! 5、今度は油断するな! アクーラ級なら偶像兵器にだって引けは取らんのだ!』
『わ、わかっています!』
『では作戦継続! 落とされた4の仇を討て!』
『はい!』
彼の決断によりさらに一機がクレイジー・ミューズから離れる。その姿を見たフリーダは確信した。
『リグレットの奴、やってくれたよ!』
流石にこれ以上敵は戦力を分けないだろう。リグレット一人に四機分の負担を押し付ける気だってさらさら無い。
二機だ。一機だけでもきつい相手だが、自分たちは必ずこの二機から生き延びてみせる。
すでに帆も船体も穴だらけで船員も半分近く死ぬか負傷し飛んでいるのが奇跡のような状態。それでも彼女たちは闘志を失わない。
空の上だというのに肌を焦がす熱気を感じる。船はいつの間にか大陸北西部に広がる広大な砂漠の上を飛んでいた。都合が良い。この砂の海でなら落とした敵に他人が巻き込まれる心配をすることもない。
『やるよ、お前たち!』
「アイマム!」
船員たちもやはり勝利を諦めていない。
そう、あの少女も――
◇
「どこ!? どこにしまったっけ!?」
船室に戻ったアミータはずらりと並んだベッドの一つの下から私物をしまってある長方形の箱を引っ張り出し、中を漁った。船長命令である物を取りに来たのだ。
しばらく使う機会が無くてこの中に放り込んでおいた。でも、それを船長は覚えていて今が使い時だと教えてくれた。
本当に役に立つのかわからない。自分自身も期待に応えられるどうか。でも、やらなければみんな死ぬ。囮になってくれたリグレットの献身も無駄になってしまう。
「あった!」
目当てのものを見つけたアミータはすぐにそれを手に取り、セットの装備を肩にかける。そこへフリーダの声が響いた。
『急ぎなアミータ! もう長くは飛んじゃいられない!』
「はい!」
急かされて走り出す少女。もしこの船が落ちたら船そのものになった船長はどうなるだろう? 祖父の昔話で憧れた英雄がここで死を迎えると言うのか。あのお姫様も。
「嫌だ……!」
不安に押し潰されそう。それでも彼女は足を止めない。
リンゴの味が口の中に微かに残っている。
それが彼女を勇気付けてくれた。
◇
「船長! 本当にやるんですかい!?」
メインマストに昇ったコマギレが口惜しそうに確認を取る。フリーダは躊躇うことなく答えた。
「やっちまいな! ただしアタシの合図を待て!」
「了解です!」
そんな彼女たちの頭上で二機の飛行艇が交差し、弧を描きながらまた離れてそれぞれ別方向から攻撃を仕掛けてくる。
敵の機動力と火力はたしかに圧倒的。しかしあの機動力を確保すべく装甲は薄く軽く造られているはず。でなければあんなに軽やかには飛べない。錬金術師でもあるフリーダはそう見抜いた。
つまり頑強さだけはこちらが上。たとえすでに死に体に近付いているとしても、まだ飛べているのがその証拠。あちらはおそらく砲弾一発が直撃しただけで簡単に落ちる。どう見ても当たらないことを前提にした設計なのだ。
「一発だ! 一発でも当てりゃあ……!」
鉤爪付きの義手を対空砲に引っ掛け、血塗れの体を支えながら最後のチャンスを待つヘビィ・スモーカー。彼以外の生き残りも残りの砲全てに取り付きタイミングを計っている。
フリーダは二段構えの作戦を立てた。この作戦がどちらも失敗したら完全に勝ち目を失う。
だから彼女は信じた。信じる心は力になると、子供の頃に教えられた言葉を何度も心の中で唱えて。
『死ね、ウスノロ!』
機関砲を発射する敵機。船体がさらに穴だらけになりメインマストも半ばから折れて傾いだ。上で待機しているコマギレが落下しかけて悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
『まだだよ!』
まだそのタイミングではない。フリーダの生前の姿を模した女神像も胸に大きな穴を開けられたが支障は無い。頭脳も心臓部も別のところにある。
敵は再び大きく弧を描いた。そして両方がまたクレイジー・ミューズ号の頭上で交差する。その距離は先の交差の時よりかなり近い。
彼女は、このタイミングをこそ待っていた。
『今だ!』
叫ぶと同時に煙玉を投下し、コマギレは太いロープを切断する。全員が軽い浮遊感を覚えた。
◇
煙玉が炸裂して船全体を包み気流の膜を白く濁らせる。瞬時に船の姿が隠されてしまった。
敵はその意図を理解できない。
『なんだ?』
『目眩ましのつもりか馬鹿め』
煙で姿を隠そうと結局は気流の膜の中にいる。そう考えて距離を詰めつつ機関砲を撃ち込む二機の飛行艇。
ところが手応えが無い。何かおかしいと気付いた隊長は慌てて機首を起こした。
『待て! 何かおかしい!』
『え?』
困惑するアクーラ3。彼はそのまま気流の膜を掠めるようにしてクレイジー・ミューズ号の下へ回り込む。すると次の瞬間、頭上にいるはずの敵船の姿を左前方やや下の位置に発見した。
『なっ!?』
『撃て!』
すかさず号令を下すフリーダ。生き残っていた砲台が一斉に火を噴き砲弾を飛ばす。
――これまで全く攻撃を当てられなかったのは敵が小さな旋回半径を駆使して素早く方向転換を繰り返し狙いを定めさせなかったから。だが相手は奇策に意表を突かれ、おまけに気流の膜を掠めたことにより白い煙を翼の先に引っ掛けたなびかせている。
その煙が進行方向を教えてくれた。ヘビィ・スモーカーたちは砲口を回転させて追尾し、さらにはこれまでの攻防で覚えた敵の速度を計算に入れ未来位置への偏差射撃を実行する。
「当たれ!」
『しまっ――』
一斉に発射された砲弾のうち一発が命中した。傾斜した装甲に弾かれ機体にとっての致命傷とはならなかったものの操縦席を覆う透明な風防が砕け散り悲鳴を上げるアクーラ3。
「ッ!?」
その悲鳴は強烈な風にかき消され、高速ゆえの圧力に潰された操縦士は意識を失いながら機体もろとも墜落していく。
『馬鹿者が!』
落ちた部下を罵倒する隊長。まさか旧型船相手に最新鋭機を失うとは。この失態を挽回するには、あの船を確実に落とすしかない。
『海賊共、奇策はもう使えんぞ!』
彼は今のトラップの仕組みを見抜いた。
つまりはこうだ。煙幕で気流の膜を白く染め上げた後、フリーダたちは風を操る力を持つ帆をメインマストから切り離した。
切り離されても精霊の力がまだ残っている帆は空中に留まり、前後の二本のマストに張った補助用の帆だけを残した船は自重を支え切れずに降下していく。
気流の膜を煙幕で曇らせたのはこのトリックを見抜かせぬため。そうやって奴らは位置を誤認させアクーラ3を罠に嵌めた。だが残りの帆を切り離せば船はすぐ墜落する。種も割れた以上もう二度と使える手では無い。奴らはこれで完全に詰み。
『一撃で仕留める!』
クレイジー・ミューズ号の頭脳は船長フリーダ。あの女は一人でも船を操れるが、逆に言えば奴がいなくなった時点ですでに死に体のあの船は確実に落ちる。
教団の錬金術師たちはフリーダの意識を移した頭脳の在り処を予想し作戦前に伝えてくれた。今までその位置を狙わなかったのは初の実戦で部下たちに自信を付けさせるため。
だがその部下を二人も失った今、もう容赦はしない。隊長機は高度を高く取ると、そこから反転して急降下をかけつつ照準を覗き込む。
一撃離脱の必殺の戦法だ。こうして真上から正面を向けて突っ込めば敵は対空砲を撃ちにくく、仮に被弾したとしてもダメージを最小に抑えられる。
『消えろ、旧時代の女王!』
そう叫んでトリガーを引こうとした時、彼は信じられないものを見て硬直した。
甲板に一人の少女が立っている。手に持って構えているのは弓矢。
まさかあんなものでこのアクーラ級小型戦闘艇を撃墜するつもりだと言うのか? 侮辱に近いその行動にカッと頭が熱くなる。
『舐めるな!』
今度こそ機関砲を発射。けれども的が小さすぎて少女には当たらない。そして彼女は静かに――波一つ無い湖面のような穏やかな眼差しで彼を見つめ、矢を放った。
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