欠けた記憶と始まりの記憶(4)

「ずっとこのままなんだわ、教団を潰すまで」

『潰しゃいいじゃねえか、アタシらと一緒に』

「ええ、潰す。必ず潰してみせる。私から全て奪ったあのクズ共を」

 暗殺事件の後、ヤマトは国ごと神聖母教団に乗っ取られた。

 創設半年の新興宗教ごときに何故そんなことができたかと言えば当然『金の書』のおかげ。隠し部屋から消えた二つ目のそれは奴らの手の中にあった。

 そして奴らは、その恩恵を自分たちの理念に賛同する者全てに与えると公言した。

 理念とはすなわち、貧富の格差無く戦争も起こり得ない理想的な社会と恒久的な平和の実現。

 奴らはそのためにこそ『金の書』を使うべきであり、神々からもたらされた恩恵を葬りかけたシケイ女王こそ大罪人であると主張した。

 これにヤマト国内の有力者たちだけでなく他国までもがこぞって賛同した。シケイこそ平和のために『金の書』の破壊を約束し、彼らも同意して実行に移したというのに、あっさり手の平を返して。

 結局、本音ではどいつもこいつもあの遺物の力に魅了され手中に収めたがっていたのである。だが一つしか無いと思っていたから互いに牽制し合い、再び他の国に利用されるくらいならと処分を容認した。

 手に入れられるものなら手にしたい。ハザン王の持っていた金の書はすでに破壊されており、教団を支持する以外に方法は無し。しかも彼らは平等に分与すると約束した。だからこそ抜け駆けしたことにもならず余計な軋轢も生じない。

 そのように言い訳をして諸国はシケイを裏切り、教団の犬となった。

 今や教団の権勢はかつてのヤマト王国をも凌いでいる。金の書という餌に食いついた国々は奴らの言いなり。

 いっそうたちが悪いのは単純に餌で釣っただけではないこと。教団は武力においても他の勢力より圧倒的に上。金の書を保有する彼らは忠実に従う者、つまり熱心な信徒に必ず偶像兵器を与えて武装させる。そうやって瞬く間に世界最強の軍事力まで備えるようになった。

 挙句、他国への偶像兵器の供与数も彼ら次第。当然自分たちを脅かすほどの戦力など与えない。

 つまり格差の無い理想的な社会などと謳っておきながら、実質的には教団を頂点に据えた新たな支配構造を確立しつつある。

 否、とうに確立している。なにせ抵抗を続けているのは一人の魔女と一つの海賊団だけ。奴らはもうルガフ大陸全域の支配者。

 ただし、この両者の生存と抵抗は今の奴らにとっても無視できる事実ではない。

 ――実際三年前、自分たちは決死の作戦で教団本部、かつてのヤマト皇城に攻撃を仕掛け、奴らが保有していた『金の書』の破壊に成功している。彼らも絶対ではないのだ。

「勝機はあるのよ」

 自分に言い聞かせるリグレット。まだ負けていない。勝者とは最後に立っていた者のことを指す。ならば死なない限り常にチャンスは残っている。問題はそれをいかにして掴むか。

 味方をほとんど失ったけれど、金の書が失われたことにより、教団もまた弱体化を続けている。この三年で何人も奴らの『偶像使い』を倒し拠点を叩いて戦力を削いでやった。

 しかも奴らの敵に回り得る国とは可能な限り交戦を避けている。この作戦の意図は彼らにも伝わっているだろう。そしてそれでも時が来たら動かずにはいられない。

 そう、潰し合わせるのが目的。教団の弱体化が続けばいつかはいずれかの国が下剋上を狙って動き出す。リグレットはそう確信している。

 その結果教団にさらにダメージが入れば、漁夫の利を狙ってより多くの勢力が後に続くはず。

「教団の理念とやらに本気で賛同している国は少ない。所詮は利害関係の一致によって手を組んでいるだけよ。このまま奴らを弱らせ続ければ、必ず飢えた獣が牙を剥く」

『だが連中が狙い通り潰し合ってくれるとは限らない。矛先がこっちに向くことだってあり得る』

「そうね。というより、今のところはそちらの可能性が高い」

 そこが悩みの種。今回のことで教団はヤマトの騎士オオヒト・コテツが三枚目の金の書を託され、どこかに隠したという事実を突き止めたとわかった。

 それだけではない。彼らの質問から察するにどうやら『鏡』の秘密にまで気付かれたらしい。

『各国の狙いも結局は金の書、願いを叶えてくれる遺物なのさ。コテツの行方がわからない以上、そこに辿り着く手がかりはアンタしかいない。この先は敵が増えると思った方がいいね』

「元から敵だらけだわ」

 シケイが女王をしていた半年の間にも探りを入れてくる者は多かった。本当に金の書はあれだけだったのか。実はまだあるのでは? けっして口外しないから自分たちもおこぼれに与らせて欲しい、と。

 国を追われ逃亡者になった後も、やはり教団に屈従することをよしとしない連中が秘密裏に接触してきた。

 もちろん、こちらが返す答えはいつも同じ。何も知らない。

 本当のことである。コテツがどこに隠れ、どんな場所にあれを隠したかは彼女にもわからない。知っていたらとっくに彼の元まで走っている。

 ――いや、駄目だとリグレットは頭を振った。自分に改めて固く言い聞かせる。

 コテツには会えない。知らない方がいいのだ、誰も二度とあの遺物に触れるべきではない。唯一隠し場所を知る彼に再会したら自分もきっと訊ねてしまう。どこにあるのかと、衝動を抑え切れずに。

 いっそ破壊してくれていればいいが、まずありえない。シケイの命令は隠すことで壊すことではなかった。彼ほどの忠臣が指示に背くことは考えにくい。

 砕いて海に撒けと命令すべきだった。七年間ずっとそう後悔し続けている。自分もあの石板の魔力を知っており、だからこそあの頃にはまだ未練を残していた。それゆえの失策。

『コテツか……あのボウヤも今は二十六……いや、二十七かい?』

「二十六。私より二歳上」

『そうか』

 それだけ言って押し黙るフリーダ。彼女もやはりコテツの行方は知るべきでないと思っているのだろう。あるいはそれを訊ねることで同盟を瓦解させたくないからか、すべきでない質問は投げかけなかった。彼女は賢い。

 リグレットもまた沈黙し、瞼を閉じて忠義の騎士の姿を思い浮かべた。たとえフリーダまで裏切ったとしても、彼だけは絶対に味方のままだと確信を持って言える。

 彼は、そういう人だったから。

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