雨が降りて、出会う

天雪桃菜花(あまゆきもなか)

恋もような天気

 まちの小さなお弁当屋さん。

 今日も美味しそうな鶏の唐揚げの香りが店内中に漂ってきました。

 美味しくて安くてボリューミーな「海苔から弁当」が評判の『福猫亭』では仲良し夫婦と一人娘の愛奈あいなが元気に働いています。


 両親が営むお弁当屋さんで、いつものように愛奈は店番をしていた。

 お弁当配達に出かけた両親の代わりに接客をこなしていく。

 夏休み、愛奈はお客さんがいない合間に宿題をする。

 お昼時もすぎ、店内は静かだった。


「あ、雨だ」


 急な雷雨のなか訪れたのは……。


「いらっしゃいませ。――っ!」

「お弁当買っていくんで、少し軒先で雨宿りさせてもらっていいですか?」


 愛奈は思わず、手に持っていたノートを落としかけた。

(信じられない! 『推し』がいる!)

 メガネをかけて長身の男の子がはにかんだ笑顔をこちらに向けている。


「有村飛鳥先輩! あのっ! 軒先でとはいわず、……良かったらこちらで雨宿りしちゃってください」

「えっ、良いの?」

「良いんです! 良いんです。ゆっくりしていってください」


 有村飛鳥ありむらあすか先輩は愛奈の1コ上の先輩で、生徒会の副会長であり、駆け出しのアイドルでもあった。

 そして、最推しである。


 愛奈は彼にイートインスペースに座るよう促した。

 ここ『福猫亭』は小さなお弁当屋さん。基本はテイクアウトなので、狭いイートインスペースには四人ほどしか座れない。

 今は誰もいなかったから、飛鳥に愛奈お気に入りの窓際の席をすすめる。


「お茶をどうぞ」

「ありがとう」


 愛奈は完っ全に飛鳥の放つ輝きにやられてしまい、直視できない。

 最推しの笑顔は神々しくすらあって眩しすぎて、心臓がバクバクドキドキいっている。


「突然の雨に感謝だな」

「えっ、なにかおっしゃいました?」

「ううん、なんでもないよ」


 飛鳥がぼそっと小声で独り言を言ったのは、愛奈に内容までは届いていなかった。

 あこがれの人が同じ空間にいるだなんて! ドキドキしすぎて話なんて弾まないと思っていた愛奈だったが、会話は途切れずに盛り上がった。

(きっと、有村先輩が聞き上手話し上手なんだ。先輩のおかげでとっても楽しい)

 いつしか話題はお弁当を売るために工夫を凝らした、愛奈の手作りポスターやポップのことになった。

 ポスターのイラストは、エプロンをつけた可愛い妖精が二人。吹き出しにはこう書かれている。

『――出来たて揚げたての唐揚げはすっごくジューシー! とびっきり美味しいよ!』

『――先代から受け継いだレシピのタレに漬け込んでから、二度揚げするの』

 愛奈は小さい頃から絵を描いたりするのが好きで、高校生になってからは忙しくもスケッチブックに浮かんだまま思いついたままを書き溜めていた。


「変わらないね」

「えっ……?」

「絵を描くの、今でも好きなんだ? すっごく素敵だよ」


 飛鳥から優しい瞳で見つめられて、愛奈は不意に懐かしい想いにとらわれた。

(なんだろう、この感じ)


「私、もしかして有村先輩とどこかで会ってました?」

「フフッ、内緒。早く思い出してほしいな」


 飛鳥がいたずらな笑みを浮かべると、愛奈は胸が騒いで顔がカアッと熱くなった。


 やがて雷雨がおさまり、飛鳥は店一番の売れ筋の海苔から弁当を10個も買って帰るという。


「今、グループのメンバーで事務所の借りたシェアハウスに住んでるんだ。たまには自炊じゃなくって愛奈ん家の唐揚げがまた食べたいなあって思ってさ。あいつらにも食べさせてやりたいし」

「また? 有村先輩、うちのお弁当食べたことあるんですか?」

「うん。よく食べてたよ。……あとは自力で思い出してね」


 飛鳥の親しい雰囲気が、愛奈をもっともっと困惑させる。

 愛奈が店の前に出て飛鳥を送り出すと、彼は振り向きざまに、信じられないことを言った。


「あっ、そうそう、愛奈。今度、僕達ファーストアルバム出せることになったから! 愛奈さえ良ければCDジャケットのイラスト描いてみない? あの妖精がすごくイメージにぴったりなんだ」

「えっ、えっ……」

「愛奈にとって悪い話じゃないでしょう? 考えておいて〜。また来るよ」


 私みたいな素人で無名のイラストなんか、採用されるのだろうか。


 愛奈は期待半分でいようと思った。

 だけど、もし。

 もしも可能性があるなら、チャンスがくるなら。


 有村先輩みたいに夢に向かって駆け出してみたい。


 ふと、愛奈はなにかを感じて。

 上を向いて、空を仰ぎ見たら、そこにはくっきりと虹が出ていた。




       おしまい




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