第3話 何かの間違いだ、と犯罪者はいった
「十年前の思い出話?」
奥村葵はぺたんと座り込んだ。いわゆる女の子座りをしている。子豚の頭はサイズがあっていないのか、不自然にもたげている。
「オオカミ男は十年前の事件について開示するのですか?」
「条件を満たせば」
「ふざけやがって」
裏を返せば現状条件を満たしていない、ということになる。であれば犯罪者に従わざるを得ないが条件を満たせば話は進む、ということになる。
「奥村さん、隅田さん、十年前どこにいたかを教えてくれませんか?」
「であるならば、小沢正孝。お前から答えよ」
オオカミ男は指図する。これについては拒否の可不可を軸に考えれば前者だ。しかし、私が主張した立場上カードを切る順番が私からなのは、奥村と隅田に対して一定の誠実性を示せる。
別に、問題はない。
「S市のマンションで職場に通っていました」
「現在は違うのですか?」
奥村の問いかけはそのまま自分がどう答えるかの指針になると踏んだのだろう。だから三人が開示する情報は十年前と現在の住所。
誰かが飛び込めば恐怖感をマスキングされる。それを最初に行う側の恐怖感は低減されない。しかし、おそらく大丈夫だ。
「R市の持ち家です」
「若そうなのにすごいな、俺なんて賃貸に住むしかないのによ」
少し荒立てて隅田は語る。変なヘイトが向いたか、と感じたが波紋を広げ続けるわけでなかった。彼も続いて情報開示に一石を投じる。
「S市の隣のV町アパートだ、東向きで安かったが国道に近いし明るくて寝るのが難儀だった」
十年前の時点で隅田は社会人としての経験を持ち、かつ収入があり一人暮らしをしていた。これは私も同様である。相違点は収入の高低差と住んでいる場所だ。加えて同町の別のアパートで変わらず一人暮らしをしているという。
「S市市内の中学校に通っていました、今はS市でアルバイトをしながら就職活動をしています」
中学一年だとすれば二十三歳。上限も二つ加えるほどで低い。収入のランキングがほぼ決まった。もちろんオオカミ男が最も高い可能性もある。収入の高さはそのまま行動力と行動量の上限につながる。三人の人間を誘拐するという行動力にはどれくらいの収入量で適うのか、わからない。間違いなくいえるのはオオカミ男の行動は目的達成への意志が強いことだ。
「ということはS市近辺に私たちはいたっていう共通点を持っているんですね」
奥村は明らかになった殺人犯の条件をあげていく。声のトーンに明るさが出てきたのは、少し方向性が見えてきたからなのだろう。若いから希望感に強く光を見る。それはよいことだ、私にとっても好ましい。
年嵩の入った隅田にも感情が伝播する。喜び勇んで話題を投げる。
「ってことはS市近辺の殺人事件なんだな?」
自信満々だったのだろう。だから落差がある。オオカミ男と。
「違う」
はしご外しを喰らったのはオオカミ男以外の全員だろう。であるのならば、当然だが質問が飛んでくる。条件は満たしていたからかオオカミ男は応える。
「事故死だ、公式的には」
「は? それだったら殺人じゃな」
「殺人だ、立件されていない、殺人事件だ」
こうなるとオオカミ男の発言に瑕疵が出てくる。そうであるならそもそも殺人事件と思い込んでいる妄想の可能性も出てきた。
三人の着ぐるみの誘拐被害者が結託してオオカミ男を打倒するという正義のシナリオを演じるプランもあり得る。もちろんこれはいま私が思ったことだ。私としても早く帰ってペットに餌を与えたい。私的な欲求があるのなら、だったら、ほかの被害者たちにも同様であるだろう。そこを刺激し、かつオオカミ男に悟られず結託するというやり方もできるだろう。
引き込むべきは隅田だろう。奥村ではないのは若く、女性であり、荒事に慣れていないからだ。おそらく抑える側の立ち位置につくだろう。そういった場合、どこかでうまくいかない形になる。社会人として何もしないが、勢いを殺す人材というのはどこにでもいる。それは普通だ。
私が個人的な欲求を満たすうえで隅田を引き込むのは確定事項だ。おそらくそれは難しくない。熊の着ぐるみを着た隅田は荒事に関して抵抗がない。年嵩があり、言動からも読み取れる。ブルーカラー労働者で偏見だが、彼が住んでいたV町であるのなら工場の運送屋といったところだろう。
運送屋にとって言動の確実性がとても重要になる。自分の仕事に無駄骨が発生する、あるいは二度手間で余計な仕事が増からだ。
なぜかといえば運送屋自身は送り主から送り先へ運ぶ行動に意思決定がない。意思を持っているのは送り主の人物で、隅田自身では送り主のミスを巻き返せない。
であるから、仕事に対してどのような感想を持っているかはわからないが、発言の瑕疵には怒りを隅田は覚えるはずだ。
しかし。
「それは、辛いな」
どういう理由かわからないが、隅田は誘拐犯に対して共感を示した。こうなってしまってはプランとしてご破算になる。しかし、考えようによっては使い倒す方法の糸口にもなる。
残念だが、基本的に世界は自分の思い通りにならない。だから現状誘拐されて思わぬ不幸に見舞われている。
得たものに喜び、遠ざかったものに執着してはいけない。
得たものが隅田への違和感。すぐ切れるカードではない。扱い方が難しい。仮にすぐ切った場合、得るものの予想はおそらく隅田との不信感の相互交換。チャンネルは開けておきたい。もちろん別な想定もしている。あまり考えたくないが、世界は自分の思い通りにはならない。
であるならリアクションとしては協調路線がいいだろう。
「本当のことがわからないのは嫌ですね」
気に食わないがストックホルム症候群に近い状況のように感じる。
誘拐という特殊状況で往々にして起こる精神的な異常であるが、加害者である誘拐犯に協力的になっていく心理的防衛反応だ。弱い立場を強要されることで生命の危機を強く意識する。自分の生死のコントロールを握っている相手に協力することで、生存に貢献する合理的な行動が誘拐犯への協力、というロジックだ。
私はオオカミ男のいう事故死として処理された死体に興味を覚えた。十年前の事件というのが気にかかる。二人のうち誰かがその事件の犯人なのだろう。
私自身はその事件の犯人ではないので、正直に話せばいい。
しかし、そうであるならば隅田についてわからないことが増えた。彼が共感を示したのは、自身がその事件の犯人でないことを自覚しているから受動的ではあるが肯定を示した。そして、私もその事件の犯人ではない。ではおのずと奥村葵がオオカミ男のいう殺人犯ということになる。
殺人犯と考えにくいのは彼女の言葉を信じるなら奥村は当時中学生だった。リアリティの話で中学生くらいの年齢で事故死に見せかけた殺人事件を今まで警察に察知されることなく実現できたか? という疑問だ。
フィクションではそういった人物を超人的なメンタルの持ち主として描かれることはある。あくまでも創作ストーリーは読者や視聴者を楽しませるための娯楽だ。特殊な境遇で普通のメンタルというのも描きようはある。
当たり前だが創作内でのストレス期間は短い。ゲームと異なりスキップ機能のない現実において絶え間なく人生は続く。
人間というのは長期間のストレスを感じ続ければどこかで精神であれ肉体であれ不調が生じる。心的外傷後ストレス障害を乗り越えることが主題の物語では断ち切る人間の強さを示す。奥村葵からそのような超人気質を感じない。
思えば喋っているのは私とオオカミ男、隅田の男性三人だけだ。もちろん一人だけ女性で、現在は平穏とは反対の荒事の場。疎外感やストレスも強い状況だ。不安や自己防衛のためには発言をしたくない、だから沈黙しているともとれる。
しかし、殺人犯であるなら?
そして、先入観によって信じていることがある。
十年前の彼女が中学生だった、ということだ。嘘をついている、と考えるのならば黙っている事にも整合性が取れる。そして、不確実であると考える根拠は、視覚的な事実だ。
私たちは着ぐるみを着せられている。
よって、外側の外見と声音によってしか判断できない。知られていないということを逆手にとって容疑から逃れようとするということを考えているという思考を想定することもできる。
これについてはオオカミ男に尋ねるというカードを切ることができる。彼女自身がいったように殺人犯に仕立てられる。彼女が事件の犯人というのなら踏み切ってもいい。
このプランにデメリットがあるというのなら、奥村葵と交渉ができなくなる点だ。断絶といっていい。
女性の素晴らしいところは嫌いな相手であってもコミュニケーションをとることができるところだ。
しかし、このカードを切った相手に憎悪を積極的にまき散らす。そうすると、本当に悪い立場のオオカミ男や他の被害者を巻き込む。誘導し彼女自身がいったように殺人犯に仕立てるというリアクションをとりうる。
リスクが高すぎる。告発する私自身と奥村葵がライバル関係となる。そして、この状況下で私は積極的に会話の主導権を取りにいっている。オーディエンスであるオオカミ男と隅田にとってはどちらが怪しいか、私が彼らなら私を疑う。
切れるカードがあることを抑えておく。
だから、私は奥村にトスを回す。
「奥村さん先ほどから黙っていますが、何か気付いたことがあるんじゃないですか?」
「えっ!」
水を向けられ奥村の着ぐるみの頭が揺れる。照らされている証明がまるでスポットライトのようだった。
「あ、あの、その、え、え」
「はっきり喋らんかい」
苛立ちながら努めて冷静に隅田が促す。どこか眠そうで少し共感する。
「はっ、はい」
本当に何か気付いた様子で、奥村は独り言をいいながら言葉を組み立てながら、そして意を決して話し始める。
「隅田さん、小沢さん、あなた達は」
運転免許を持っているんじゃないですか? 発言に虚を突かれる。どういった意図があるか読み取れず、私は頷いた。
「持っているがよ、それがどうした?」
「それがオオカミ男さんのいう殺人犯の条件の一つだと思うんです」
「なぜ」
そう思うんですか? と私は奥村に問う。根拠を尋ねる質問の仕方だ。聞いてしまう、というアクションは答えさせるというリアクションを誘発する。奥村を侮るわけではないが、強い言葉を使っている。見合う論拠がなければ、オオカミ男と隅田、そして私に対して信用を失う。
奥村は戸惑いながら発言する。
「どのような事件かをオオカミ男さんは語っていません。けれども、容疑者として当時中学生の私も含んでいます。だから、犯人の条件は少なくともS市近辺に住んでいた。開示されているのはここまでですね? これは私の個人的な事情で知っていたことに繋がります」
オオカミ男さんのいう事件を予め教えられていたんです、ここにきて鬼札が切られる。ということはオオカミ男は奥村葵を犯人と考えていない。私と隅田のどちらかを事件の犯人と疑っていた、ということになる。
名探偵気取りで奥村に不確かなカードを切って、最悪を引かなかった幸運を喜ぼう。
プレイヤーとジャッジが組んでいてグルになってほかのプレイヤーを追い落とすというのはショービジネス的にブラックであるが、商売でないし現実はシビアな競争である。
裏打ちをするように、オオカミ男も声にする。
「奥村葵の発言はその通りだ、私は彼女に情報を与えていた」
「そして、当時あなた達は運転免許を持っていましたか? 私は中学生だったので、当然ですが持っていません」
奥村は自動的に容疑者から除かれるという話なのだろう。そもそもオオカミ男と組んでいるので子豚の着ぐるみを着た女は想定していない。
最初から私と隅田が容疑者だった。
私は答える。
「持っていました」
「持っていた、そうでなきゃ運び屋は仕事にならねぇ」
「では、加えて問います」
自家用車は持っていましたか?
「持っていた」
「持っていない」
は?
今、なんと答えた?
「ありがとうございます」
子豚のサイズの余った頭が重力に従い加速して下げる。
「私が知りたかったのはそこなんです。オオカミ男さんのいう事件は、廃屋や廃校に入っての少女の転落死です。S市で発覚しました。夜中に遊び歩いていた、当時中学生の女子生徒が忍び込んで誤って高所から飛び降りて死んだ。未成年飲酒もしており事故として片づけられた」
私の友人でもありました、子豚はいう。
「これが事故に見せかけた殺人なら犯人には必要なものがあります。偽装現場に被害者を隠して運ぶ手段。自動車の有無。自家用車である理由はレンタカーだとドライブレコーダーが備わっている、記録が残る。当時一般的ではなかったけれども犯人であるあなたは証拠が残らないように注意を払っていた、そうですよね?」
小沢正孝さん、子豚は突き付ける。
「いいがかりだ、私、私はそんなことなど」
やっていない、これは事実だ。
その事件はやっていない。
あ? ということはもしかして――。
思案する頭にぐらつきが走る。視界の端で隅田も倒れる。飲酒の習慣はないが、酔っぱらうという感覚に近いと感じながら急に意識がもうろうとし始める。もちろん酒など私は私の意思で飲んでいない。
「ようやく効き始めたか」
「盛った、のか」
必死に耐えながら舌を噛む、意識が絶え絶えになる中言葉だけは鮮明に聞こえる。
「架空、の事件だったんだな」
「お前が行った数ある事件のうちの近似の時間の事件だ。無関係と油断させた」
「隅田が、嘘を」
「隅田さんはできな――ぜならば夜勤で――」
東向きで、明るい。そうか、夜寝るならそれはおかしな話になる。
クソ、何かの間違いだ、だってそうだろう?
誘拐犯が誘拐されるなんて、どんな皮肉だ。
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