2.死体刻みのシスター

 国教であるアルティナ教。その教会の関連施設の一つに、彼女の職場はある。


 鬱蒼うっそうとした木々に囲まれたレンガ造りの平屋建て。錆びた鉄門近くにある教会印を見なければ、誰もここが教会関係の施設だとは思わない。


 そして血塗ちまみれの修道服を着た女──マリスは、今日もその建物の中で死体をまさぐっていた。


「全身に深い裂傷が多数。でもどれも致命傷ではなく、出血多量が死因ですね。複数の刃物が使われた形跡もなく、おそらく単独犯。痛ぶってから殺したとすると私怨でしょうか。太刀筋が綺麗じゃないし、剣技に関しては素人」


 彼女の職業はただの修道女シスター。しかし彼女の職務は神に祈ることではなく、こうやって死体を調べることである。


 死体を損壊する行為は法律(というより戒律)で禁止されており、検死という行為も例外ではないが、許可を受けたシスターのみが特例として認められている。


 検死をする者は彼女以外にもいる。しかし外傷から死因等を調べるだけでなく、解剖して胃の内容物を調べたり、そこから毒物の検出まで行うのは彼女くらいのものである。


 実際、彼女とて解剖までやることは稀であるが、それでも彼女はこう呼ばれている。死体刻みの外道シスター……と。





 マリスとラディ。『死体刻み』のシスターと『死体漁り』のカラス。生者から嫌われ死者から愛される二人は死出虫シデムシのようなもので、同族の二人が巡り合い、同類の二人が惹かれ合うのは運命と言えた。マリスが年下の彼……買い物嫌いのせいでよく死にかけているラディに対して世話を焼いているのも、そんな理由であるが──


 彼女にとってラディが特別な存在であるのは、それだけが理由ではない。





 仕事を終えた彼女は教会の『別館』を離れ、ある場所に向かう。そこは貧民街スラムではないものの、それに準ずるような者たちが暮らす地区であった。


 彼女は目的の家に到着すると、呼び鈴も鳴らさずに玄関のドアを開ける。生きることにさえ無頓着な彼──ラディは、滅多なことでは鍵さえかけない。


「来ましたよ。あの……って本当ですか?」


 マリスは部屋に入るなり、ラディに尋ねる。彼も彼女を見るなり首肯して応じた。


「うん……見つけた」


「さすがはラディですね。その気になれば相手がどこにいたって見つけてしまうのですから」


。でも僕は生きたまま見つけたかったよ……今回ばかりは」


 そう言った彼の表情があまりにも切なくて、マリスはぞくりと感じてしまう。


「で……パメラはどこにいるんですか」


「タルクラルの森」


「……そんな近場に?」


 タルクラルの森は、この街のすぐ近くにある──犬のお散歩コースにもなっている場所である。とても死体を隠すのに適した場所とは思えない。


「古代遺物を使っているのか、不可視の領域があるんだ。そのせいでさがすのに二ヶ月もかかった」


「なるほど……そこが狩場というわけですね」


「うん。たぶん二十人以上は埋まっている……とんでもない奴だよ。犯人は」


 ラディの目に怒りがともる。マリスは彼の手を握って、「そいつは今夜にでも殺します」と呟いた。

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