アマテラスさんは雨の日デートを楽しみたい

黒澤 主計

前編:わたしはとにかく、イケメン男子と相合傘がしてみたいの!

 まだ、足音が迫ってくる。


「どうして、わたしがこんな目に」


 渇いた音がしなっている。ゆっくりとだけど着実に、距離を詰めて来ている。

 逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。


「早く、原因を突き止めないと」


 でないと、また大変なことになってしまう。


「もう、『吊るされる』のはイヤ!」





 わたしの名前はアマテラス。

 正式名称は『天照アマテラス大神オオミカミ』。日本神話の最高神だ。


 だけどわたしは、万能じゃない。


「たまには、違う空が見たい」


 どこまでも澄み切った青空。

 白い雲すら、ろくに見えない。

 わたしが外に出て来ると、すぐにみんな消えてしまう。


「もう、そんなに嫌わないでよ」


 今日も空には、燦々と輝く『お日様』だけが鎮座していた。

『わたし』が外に出る時は、いつだってあいつは強く存在を主張する。


 でも、それがわたしの宿命。

 なぜならわたしは、『太陽の神様』だから。





 忘れもしない、あの忌まわしき事件。


 今から数千年前、わたしは酷くいじけてしまった。

 でも、しょうがないこと。わたしの部屋に、スサノオの奴が来ちゃったんだから。


「たーのしー!」


 あの弟はそう言って、わたしの部屋を荒らした。泥だらけの手で壁に手形を付けまくるわ、大事にしていたお人形を壊すわ。


 最終的には部屋を『おトイレ』にし始めたところで、わたしは限界が来た。


「もうイヤ! あんな臭い部屋戻りたくない!」


 そう言って逃げ出したわたしを、一体誰が責められる?

 でも、大変なことが起きてしまった。


 通称『天の岩戸』事件。


 太陽神であるわたしが岩戸に籠ったことで、連動して太陽まで隠れてしまった。わたしにそんな『特性』があるなんて、その日まで全然知らなかった。


「じゃあ、私がやりましょうか」


 なんか、外でヒソヒソ話が聞こえてきたから嫌な予感がした。正直、わたしも自分が引き籠ったせいで太陽が消えちゃうとは思ってなかったし、あとは出るタイミングが大事だと思ってたの。


 でも、素直に出ていけば良かった。

 その後、あんなに『酷い目』に遭わされるなんて。





「雨、降らないかなあ」


 今日も、神社の境内で一人過ごす。御神木に背を預け、一人でパラパラと漫画をめくる。


「あー、イケメンに愛されたーい」


 このところはずっと、少女マンガだけが心の拠り所。

 もう何度も、同じ場面ばかり繰り返し読んでしまっている。


 ヒロインの女の子が、公園で一人雨に打たれる。そこに同じクラスの美少年が現れて、そっと傘を差し出してくれる。


「いいなあ、相合傘。わたしもやりたーい」


 わたしは神様、年齢はもう二千や三千ではきかない。

 でも、心はまだまだ乙女なの。というか、恋をした経験も一度もない。子供は作ったことはあるけど、それは神の力でその辺の道具から生み出しただけだから。


 日本神話の神様は、こういう部分で変な体質。わたしのお父さんのイザナギも、ちょっと体を洗っただけでいくつもの神様を生み出したという逸話がある。


「でも、わたしは見た目だって、こんなに可愛い」


 もう、大和装束なんか絶対に着ない。この漫画と出会い、わたしは変わった。


 黒のセーラー服に身を包み、『女子高生』なスタイルを通す。

 身長は一五〇センチ。見た目年齢は十五歳くらい。ふんわりしたおさげ髪と、ぷにぷにのほっぺ。


「なんでもいいから、相合傘でデートがしたい」


 でも、そのためにはハードルがある。


「どうすれば、雨が降ってくれるのかな」





 髪の毛をブラッシング。女の子だから身だしなみは大切。

「フゥ」とブラシについた髪の毛を息で吹く。


 習慣が終わったら、改めて本題に入る。

 まずは、原理をしっかり理解しなくちゃ。


「わたしが外に出ると、太陽の奴もついてくる」


 いったんお社の中に戻り、木目の天井を見上げる。


 今の外の天気は晴れ。

 もしもここが岩戸なら、また太陽は隠れたはず。でも、木造で建てられたこの神社にいる分には、太陽が連動して消えることはない。


「つまり、『材質』が問題なのね?」


 おそらくは、そこに宿った『八百万やおよろず』の神が。


 この世のあらゆるものには神様が宿っている。岩にも木にも、そして化学繊維にも。

 わたしの体からは『神様オーラ』が流れ出ていて、それと連動する形で天候が変化する。


「岩石類で出来た場所だと、わたしのパワーが遮断される。それで太陽が消える」

 一人で頷き、事実を確認する。


「でも、木造だと大丈夫」


 ちなみに、これはあくまで昼の問題。

 夜はどんなにわたしが外に出ようと、太陽はあくまで輝かない。地球の反対側にある以上、そこに含まれる岩石がわたしの力を遮断して、太陽には届かない。


「ちょっと、喉渇いた」


 手を伸ばすと、湯呑みが宙を飛んでくる。温かい緑茶が入っている。

 この辺りが神様の便利なところ。湯呑みや鉢が空を飛び、勝手に飲み物を運んでくれる。


「雨が降るのも、屋根の材質と関係してる」


 この辺りは、結構デリケートな条件。


「使われている木の材質なんかが劣化してくると、雨が降りやすい感じになる」


 いわゆる、老朽化で木が腐ってきたりなんかすると、太陽が隠れて雨が降るようになる。


「だからやっぱり、材質が問題ね。『雨』を呼び込むタイプのものがある」

 基本事項を確認する。


「あとはどうやって、『わたしが外にいる時』に、雨が降るように出来るのか」





 正直、わたしの心はもう限界だ。

 神様として、本当に崇めてもらっているのか。


「あ、初詣の人」


 現在、わたしの姿は人間には見えない。神様の力で普通の人間には見えなくしている。


 着物姿の女の人が二人、お社の前でお賽銭を投げる。一人は千円、もう一人は五百円。


「ふむふむ。少し奮発する気持ちは評価できるわね」


 でも、ここから先が問題。


二礼にれい二拍手にはくしゅ一拝いっぱい


 まずはこれを知っている人が少ない。


「どうかしら?」と参拝客をそっと見守る。


 ペコリ、ペコリ、と丁寧に二回礼をする。


「うん、合格」


 次は、パン、パンと二回手を打ち鳴らす。


「ここもいいわね」


 そして、ここでお祈りをする。


「で、それから?」


 最後の仕上げ。さあ、二人はどうするか。


 じっと見守る中で、『一礼』がなされる。

 しっかり、『両手を合わせたまま』で。


「はい、ブッブー!」


 堪え切れず、わたしは両腕で『バツ』を作る。


「手を合わせたまま一礼しないで! それ、『仏教』のやり方だから!」


 ここは神社。『一礼』をする時は、両手を下ろした状態でやって欲しいの!

 いつもいつも、こんなのばっかり。





「天の岩戸って話、知ってる?」


 一年前のお正月も、うんざりする話を聞いた。


「アマテラスっていう神様がいたんだけど、弟のスサノオって神様がすごい暴れん坊だったの。それで、大岩を投げつけられて下敷きになったんだって」

 物知りという顔で、振袖姿の少女が語る。


「アマテラスは太陽の神様だったから、大岩の下にいる時は太陽も一緒に隠れちゃったの。だから、タヂカラオって怪力の神様が出て来て、その大岩をどけて助けてあげたんだって」


 女子高生らしい三人組が、「へー」と話を聞いて感嘆していた。


 違うから、と大声で怒鳴りたくなった。


 なんで『タヂカラオ』とか固有名詞まで知ってるのに、大筋がそんなにデタラメなの!


 それ、わたしの話じゃなくて『西遊記さいゆうき』だから。

 大岩の下敷きで動けなくなったの、それ孫悟空そんごくうだから!


 本当にもう、いい加減にして!





神仏しんぶつ習合しゅうごう』。全てはそいつが悪い。

 日本神話に出てくる神とは、『仏』が人々を救うための仮の姿である。そんな考えが広まったせいで、仏教と日本神道がごちゃ混ぜになった。


「あまりにも、酷い話」


 実際のところ、『天の岩戸』の話の顛末も酷いものだったけれど。


 わたしが岩戸に入ったまま出てこないから、アメノウズメとタヂカラオの二人が動いた。アメノウズメが踊りを踊って、それを見て神様たちが囃したてる。わたしがそれを気にして岩戸を開けたところで、タヂカラオが強引にわたしを引きずり出した。


 あれは本当に、恐怖だった。

 小柄で華奢なわたしの体を、筋肉ムキムキな大男がぐいっと掴み上げる。


「でも、あそこまでしなくても」


 とにかく酷いのは、そこから先。


『アマテラス様、立場というものを自覚していただきたい』


 タヂカラオの奴は、そう言ってわたしの前で腕組みをした。


『これまでずっと、皆が不安になっておりました。なので、しばらくは反省が必要です』


 あの時はただ、ぷるぷる震えるだけだった。


『それでは、吊るしますか』


 渇いた縄をしならせて、素早くわたしの体に巻く。そのまま高々と近くの木の枝に吊るし上げた。


 あの屈辱は、もう絶対に忘れられない。

 わたしは最高神なのに。変な見世物みたいに吊るされて。


 ちなみにそれが、後の『テルテル坊主』の起源になる。

 わたしの名前が『天照』だから、『てんてる』と別の音を当てて、更に『坊主』と蔑称を。


 いくらなんでも、酷過ぎる。





「思い出したら、辛くなってきた」


 お社を出て、スタスタと町の中を歩いていく。


「イケメンに会いたい。イケメンと相合傘して、すごく甘やかされたい」


 あの後も、タヂカラオから何度も『吊るされる』目に遭った。


 洞窟に籠って『原始人ごっこ』をしてたら太陽が消えた。あとは雑居ビルのネットカフェに入り浸って、外を吹雪にしたこともあった。


 そんな時はいつも、神社の軒先で『テルテル坊主』をやらされた。


「わたしは可愛い女の子なのに」


 みんな、もっと優しくして欲しい。


「あと、孫悟空と間違われたくない」


 神仏習合するにしても、この勘違いは酷過ぎる。

 あれは猿だし。たしかに、髪の毛を息で吹くと分身できる『身外身しんがいしんの術』とか、変身や巨大化をする『地煞ちさつ七十二しちじゅうに変化へんげ』とか。色々と凄いけれど、なんでわたしと同一視するの。


「とりあえず、実験」


 どんな素材を頭の上に置いた場合、天気に影響が出るか。


「どうにか、外に出てても『雨を降らせる方法』が見つかれば」



 公園に移動し、銅板を頭の上に掲げる。


「銅。これは大体わかるかな」


 神社の屋根とかに使われるもの。時間が経つと色味が出ると言われているが、その他にも神様パワーをマイルドにする効果がある、


 要は緩衝材。銅の酸化が進むと、日照りを防げる効果がある。


 ちなみに、『ひょう』が発生するのは、主にハクビシンのせい。


 あいつらは木造の屋根裏に勝手に住みつく。そして、大量の『フン』を中に貯め込む。

 当然臭い。結果、わたしのイライラが神様パワーに乗っかって、大地も貫かんとするほどの激しい氷の粒が降ってくる。


「本当に、迷惑な生き物ね」


 でも、『化学』が大事なのは間違いない。


「じゃあ、色々と試してみましょうか」





 なんか色々、怒られそうなことが起きてしまった。


「アルミホイルを被ってみましょう」


 ちょっとメタリックな感があるし、神様パワーに程良く影響が出そう。


「なんだ? カエルが大量に降って来たぞ!」

 近隣で叫び声が起こる。


 失敗、いきなり超常現象が。





「ビニールだとどう? テントとかあるしね」


 ちょうどよく、ホームレスのおじさんの住みかが見つかった。留守なのを見て「お邪魔しまーす」と侵入する。


「大変です! 光化学スモッグが発生しました!」

 ラジオ放送で、警戒を呼び掛ける声が鳴り響く。


 まさか、神様経由で大気汚染が起こるなんて。





「今度はゴムマット」


 ホームセンターに置いてあったので、一枚貰ってきた。


「あれ? 何か聞こえない? 『おーい、でてこーい』って空から」


 どうも、空が『どこか』と繋がったらしい。





「うーん、中々うまく行かない」


 髪の毛をブラッシングしつつ、ついぼやいてしまう。

 天候のせいで癖っ毛になる。抜けた髪をフッと息で吹き飛ばした。


 他にも、色々と試してみた。


 発泡スチロールを頭に被ったら、『魚の雨』が降ってきた。ガラスのプレートで頭上を覆ったら、今度は『オーロラ』が出て来てしまった。


 酷かったのはダンボール。中に入ったら『鉛の弾丸』が降ってきた。主にわたしの上だけに。


「うーん、大分やらかしちゃったかなあ」


 さっきから町の中で、サイレンなんかが鳴り響いている。異常気象が起こり過ぎたせいで、どうもパニックに駆られてるみたい。


「そろそろ決着つけないと、『あいつ』がやってきそうな気がする」


 また叱られて、『吊るされる』のだけは避けておきたい。





「やった! ついにちゃんとした雨が降った!」


 試行すること二十八回。ようやく、『本物の雨』が降ってきた。


「まさかプラスチックが正解だったなんて」


 一〇〇円ショップにあったプラスチックのトレイ。それを頭の上に掲げたら、普通の雨が降ってきた。


「さすがは人類の作り出せし『不純物』の代表格! この自然をゴリゴリ削る物質が、まさかわたしに雨をもたらすなんて」


 これで、ついに願いが叶う。


「あとは、イケメン男子と出会えさえすれば」


 一気に夢が広がっていく。


「名前は、なんて呼んでもらおう。アマテラスじゃ硬いし、短くして『アマテ』かな? いえ、それならもっと砕いて『マチュ』がいいかな」


 うん、と満足して頷く。『マチュ』。これが一番しっくり来る。


(マチュ。君は可愛いよ、とアンブレラが言っている)


 通りがかった美少年が、そんな風に傘を差し出してくれる。


(これからUFOキャッチャーをやりに行こう、とアンブレラが言っている)


 これぞ理想のデート。相合傘をした先で行くとしたら、ゲームセンター以外にない。


「よし、あとはこのプラスチックをうまく加工して」

 そう呟き、頭の上からプレートを下ろす。


 しきりに雨粒が降り注ぎ、わたしの髪や頰を濡らす。空は真っ黒な雲に覆われていた。


「うん。安心安心。持続時間もそこそこあるなんて」


 にっこりと、曇り空を見上げる。この数千年、見上げることのなかったもの。


 それからしばらく、わたしは空を見ていた。

 空はいつまでも黒い。更に、雨足もどんどん強くなってきた。


「あれ?」と首をかしげずにいられなかった。





 どういうことだろう。


『わたし』は今も外にいる。頭の上には何も乗せていない。『太陽の神』であるわたしが外に出れば、必ず太陽が顔を見せるのに。


「とりあえず、不思議なことが起きてる?」


 変な実験ばかりしてたから、神様オーラに異常が出たか。


「でも、このままじゃまずいよね?」


 ずっと雨が降り続けたら、人間の町に被害が出るかもしれない。

 でも、もっと怖いのは別のこと。


「これは一体、何が原因なのですかね」


 足早にお社へと戻っていくと、話し声が聞こえてきた。


「アマテラス様、どこへ行かれたんでしょうね。おかしな場所に籠って、また天候に影響を与えているんでしょうか」

 アメノウズメの声が聞こえる。


「全く、けしからんお方だ」


 対する相手が、「ふむ」と立ち上がる気配がした。


 あ、これ絶対にまずい奴。


「どうも、また『吊るす』必要があるようだ」


 ピシャリ、と渇いた縄がしなる音がした。


 まずい! まずい! まずい! まずい!

 タヂカラオたち、完全に怒ってる!


 これは間違いなく、また『吊るされる』やつ。

 だから早く、この雨の原因を突き止めないと。

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