第6話 ヒロインは、正義の顔で分断する

 最初は、とても穏やかな形だった。


「最近、学園が少し息苦しくありませんか?」


 昼下がりの談話室。

 平民の少女――リリアが、柔らかな笑みを浮かべてそう言った。


 周囲には、これまで彼女を中心に集まっていた生徒たちがいる。

 どの顔にも、共感と不安が浮かんでいた。


「セラフィーナ様の派閥……その、正義役令嬢派、でしたっけ?」


 名前を口にする時だけ、わずかに間を置く。


「正しいことをしているのは分かります。

 でも……正しさを振りかざされると、苦しくなる人もいると思うんです」


 ――上手い。


 誰も否定できない言い方だ。

 正義を否定せず、正義の“空気”だけを問題にする。


「私たちは、ただ仲良くしたいだけなのに……

 間違えたら、裁かれるみたいで」


 声が、少し震える。


「そんな学園、嫌じゃないですか?」


 周囲の生徒たちは、頷いた。

 ――彼女は、悪意なく“線を引いている”。


 同じ頃。


「……来たわね」


 クラリッサが、私に小声で告げた。


 噂は、すぐに届く。

 ・正義役令嬢派は冷たい

 ・間違いを許さない

・近づくと監視される


「全部、事実の一部だけ切り取ってる」


「ええ」


 私は頷いた。


「だから、嘘より厄介です」


 放課後。

 正義役令嬢派に名を連ねていた女生徒の一人が、私のもとを訪れた。


「……セラフィーナ様」


 彼女は、困ったように視線を伏せる。


「派閥のことで、色々言われていて……

 正直、少し怖くなってしまって」


 私は、彼女を責めなかった。


「それは、自然な反応です」


「え……?」


「派閥という言葉が付いた時点で、

 あなたの意思とは別の意味を背負わされますから」


 彼女は、ほっとしたように息をついた。


「……抜けても、いいんでしょうか?」


「もちろん」


 即答だった。


「そもそも、入っていた覚えがないでしょう?」


 彼女は、驚いたように目を見開き、

 そして、少し笑った。


 ――その夜。


 学園内では、二つの空気が生まれていた。


 ・リリアの周囲に集まる「優しさの輪」

 ・正義役令嬢派と呼ばれる「冷静な集団」


 対立ではない。

 だが、混ざらない。


「……分断、成功ね」


 クラリッサが言う。


「彼女、相当やるわ」


「ええ」


 私は、窓の外を見つめた。


「彼女は誰も攻撃していません。

 ただ、“居心地の悪さ”を作っただけ」


 それは、暴力よりも静かで、強い。


 翌日。


「セラフィーナ様」


 リリアが、廊下で私を呼び止めた。


 距離は、三歩分。

 近づきすぎない、計算された位置。


「少し、お話しても?」


「構いませんわ」


 彼女は、困ったように微笑む。


「最近……皆、緊張している気がして」


「そうですか」


「正しさを大切にするのは素敵です。

 でも、正しさだけでは、人はついてこないこともあります」


 ――忠告の形をした、牽制。


 私は、彼女を見つめ返す。


「ご心配には及びません」


 静かに、しかしはっきり言う。


「私は、人を集めていませんから」


「え……?」


「正しさを選ぶ人が、結果的に集まっているだけです」


 リリアの笑みが、一瞬だけ、固まった。


「……それは、傲慢では?」


「いいえ」


 私は首を振る。


「選択肢を示しているだけです。

 選ばれるかどうかは、各自の自由」


 沈黙。


 やがて、彼女は柔らかく微笑み直した。


「……やっぱり、強いですね」


「ありがとうございます」


 彼女が去った後、クラリッサが低く言う。


「完全に敵に回されたわね」


「最初からです」


 私は、淡々と答えた。


 ヒロインは、派閥を潰そうとした。

 だが、完全には成功していない。


 なぜなら――

 正義役令嬢派は、潰せる“組織”ではなかったから。


 それは、思想ですらない。

 ただの、「やり方」だ。


 そして、それは。


 この学園に、確実に根を張り始めていた。

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