02 再び森へ
鬱蒼と生い茂る木々の葉や雑草に、無数の葉が造り上げた、空からの光を完全に遮っている分厚いカーテン。
「あの時と全然変わらないね」百合子は周囲を見回すと、溜め息混じりに苦笑した。「まあ、レイアウト変更されたところで、かえって困るだけなんだけどさ」
「叔母さん、どうしてそんな冷静なの? わたし怖くて仕方ないんだけど! ここってヤバい所じゃない!」
麗美が泣き言を口にすると、絵美子が軽く肩を抱き寄せた。
「ほれ、君のも」保は掌サイズの懐中電灯を麗美に差し出した。「スマホはしまっとけ。壊れたら不便だろ」
「保、頼んでおいたアレを」
「ああ、そうだな」
保はボディバッグから取り出した物を百合子に渡した。
「それ何?」
麗美は懐中電灯の光を百合子の手元に当てた。照らし出されたのは、五つの大きな穴が空いた金属の塊が二つ。
「え……これって」
「メリケンサック。インテリア用じゃなくて、ガチのよ」
「武闘派! た、保さん、これ何処で売っ──」
「聞くな。世の中知らなくていい事もある」
「というか、接近戦用ですよね。〝あいつ〟に近付き過ぎるのは危ないんじゃ……」
「私も他にも持って来た」
百合子はリュックの中から、小さな弓と矢を二セット取り出した。
「開運と魔除け道具の専門店で買ったの。店長が霊能者で、その界隈では実力者として有名だとか」
「麗美ちゃんも何かしら持って来てるんだろ?」保は麗美のリュックを見やった。
「は、はい……」
「皆、準備出来たなら行きましょう」
絵美子の声に、三人は改めて身を引き締めた。
「よし。今度こそ倒さなきゃな」
「そうだね……絶対に終わりにしよう」
四人は顔を見合わせると、同時に頷いた。
「ねえ絵美子、暗くないの?」先頭の絵美子に、百合子の後ろから麗美が尋ねる。「ライトになる物、何も持ってないみたいだけど」
「大丈夫、ちゃんと見えているわよ。多分、死んでいる身だからね」
「そ、そっか……」
「何か、あんまりそんな気がしないんだよね」百合子が言った。「さっき抱き付けたし。ま、体温は感じなかったけど」
「ところで、このまま順調に進ませてくれるかね。そろそろ嫌がらせが始まってもおかしくないんじゃないか?」
不安を煽る保の言葉に、麗美は思わず振り向いた。
「残念ながら二〇年前はあったんだよ。まあ安心しな、絵美子がいる。なあ?」
「そうね、頑張るわ」絵美子は手を挙げてヒラヒラと振ってみせた。
「た、保さんも頑張ってくださいよ。物騒な物を手に着けてるんですから」
「いいよ麗美、もっと言ってやって」
ほんの僅かにではあるが、一同の緊張が和らいだ時だった。
「──っと。どうした」
麗美が突然足を止めたので、保がその背中にぶつかった。百合子と絵美子も、振り返って足を止める。
「い、今……」麗美は左側の木々の方を指差した。「あっちの方から、友達の声で呼ばれた気がして」
「惑わされちゃ駄目よ、麗美」
絵美子が冷静に、しかしきっぱりと言い切ると、大人二人も同意した。
「そ、そうだよね……」
〝あいつ〟は、
しかしそれでも麗美は、一抹の不安を拭い切れなかった。
──もし本物だったら?
麗美を呼んだ声は、千鶴のものに聞こえた。千鶴は、石田公彦なんてクラスメートが存在しない事を麗美よりも先に思い出したし、絵美子たちの過去も知っている。
それらの事実を〝あいつ〟に気付かれていたら。〝あいつ〟が千鶴を誘拐していたとしたら。
ガサ、ガサ。
十数メートル程後方から、風もないのに草むらが音を立てた。
ガサ、ガサ、ガサッ。
「行きましょう」絵美子は早足で歩き出した。
「しっかりね、麗美」
百合子が麗美の肩を優しく叩き、保が背中をそっと押した。
「う、うん。でも──」
ガサ、ガサ、ガサ。
まるで誰かが歩いて来るような音は、確実に近付いていた。
ガサ、ガサ、ガサッ。
絵美子が最後尾に回り込み、三人を背に庇うように立った。
ガサ、ガサッ、ガササッ。
「え、絵美子──」
草むらの中から、何かが四人目掛けて投げ込まれた。それは四人が反応するよりも先に絵美子の右肩を掠め、麗美と保の間に落下してゴツリと音を立てた。
「な、何!?」
麗美は悲鳴混じりの声を上げ、百合子の腕にしがみ付いた。保が懐中電灯を足元にやる。
照らし出されたそれは、首元が真っ赤に染まり、血の気のない顔を恐怖に歪ませた、人間の生首だった。
三人は悲鳴を上げると後ずさった。
「
「おいおい……」
「やだ……誰の!?」
生首が目玉をギョロリと動かした。絵美子を見やり、それから麗美と視線が合うと、ニタリと笑った。
「あ、あああ……!」
麗美は気付いた──この顔は、行方不明になっている新倉
「朝比奈ぁ……」新倉はしゃがれた声を発した。「お前もこうなりたいのか? 地味な芋姉ちゃん」
新倉に反応するように、四方八方から、複数の男女の笑い声が響き渡った。百合子と保は周囲を見回し、警戒するように武器を構えた。
「ああ……もう……」
麗美の目に涙が浮かんだ。笑い声は、自分に対するクラスメートたちの嘲笑に聞こえてならなかった。
「行きましょう」
絵美子は生首を避けると、三人を押すようにして前進を促した。
「このままでは向こうの思う壺よ。……麗美?」
麗美は懐中電灯を落とすと、両耳を塞いだ。笑い声は今では、はっきりと麗美を中傷する言葉に変わっていた。
「朝比奈さんって、
「そうそう。せっかく話し掛けてやってんのに反応薄いし」
「あの歯並びキモくね?」
「キョドッててイラつくんだよな」
──やめて。やめてよ。
「麗美? しっかり!」
叔母が肩を掴んで揺さぶってきた。その口元は緩んでいるように見える。
「フフッ、落ち着いて。嫌な言葉が聞こえているんでしょう。でもそれは……ンフフッ、本物じゃない」
新しい友人は笑いを堪え切れずにいる。
「行くぞ。何だったら走るか。長居したって何のメリットもないぞ。聞いてんのか根暗ブス!」
今日初対面の男は、苛立ちを隠さず吐き捨てた。
「麗美ちゃんとは、もうあんまり遊びたくないんだよね」
「わたしも。本当は距離置きたいんだけど」
「違うクラスだったら無視出来るんですけどねえ……」
「塾の子に嫌がらせされてる? 何だって一方だけが一〇〇%悪いなんて事はあり得ない。麗美、お前の性格にも問題が──」
「麗美の長所? うーん、そうねえ……あー……え、短所? ちょっと暗くてすぐウジウジするところね」
大切な友人たちが。両親が。
「なあ朝比奈麗美、気付いてなかったなら教えてやるよ」新倉の生首が言った。「お前、この森には一人で入り込んじまったんだぞ」
絵美子が、百合子が、保が、不自然なまでに顔全体を歪ませてニヤニヤと笑っている。
「い……嫌ああああっっ!!」
麗美は泣きながら走って逃げ出した。元来た方へ戻るつもりが、奥へと進んでしまった事に気付いたのは、広場に辿り着いた時だった。
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