10 封印と犠牲②

「ちょっと時間掛かるけど、待っててちょうだい」


 そう言うと絵美子は目を閉じ、両手を胸に当て、囁くような声で歌のような呪文を唱え始めた。すると、ややあってから、倒れている〝あいつ〟の横に、何処からともなく突然、大きな黒い箱が現れた。


「何だこれ!」


 箱は二メートル程の大きさがあり、両肩の部分が最も幅広く、足先に向かって細くなっている。


「絵美子、これって棺?」


「そう、西洋型のね。ロワの吸血鬼やリビングデッドものにはよく出て来るでしょう?」


「これは望月が創り出したのか?」


「ええ、わたしの力」


 ──凄いや。


 百合子とは感嘆の溜め息を漏らし、それから〝あいつ〟を見やった。


 ──その絵美子でさえ倒し切れないあの化け物……どうなってんのよ。


「その化け物を棺に入れるんだな」


「ええ」


「よっしゃ。星崎、やるぞ」


「げえっ!?」百合子は再び〝あいつ〟を見やった。「嘘ぉ~……触りたくないんだけど……」


「仕方ないだろ。望月は疲れてんだ」


「大丈夫よ、わたしが──」


「いや、いい。休んでてくれ。ほれ、やるぞ」保は百合子の背中を軽く叩いた。「もしも起き上がりそうになったら、殺虫剤口に突っ込んでやれ」


「うう……」


 百合子が両腕を、保が両脚を持って〝あいつ〟を引っ張り上げた。体はあまり大きくはないが、想像以上の重さがある。人間と何ら変わらない皮膚の感触に、百合子は何とも言えない気分になった。

 慎重に棺の中に入れると、絵美子がやって来て蓋をした。


「しっかり閉まっているか、一緒に確認して」


 三人でしゃがみ込み、蓋を持ち上げようとしたりずらそうとしてみるが、ピッタリと棺に被さっており、ビクともしない。


「……うん」絵美子は百合子と保を見やり、笑いかけた。「封印完了よ」


「やったあ!」


「……っし!」


 三人は立ち上がると抱き合った。


「二人共、本当に有難う」


「私たちはほとんど何もしてないよ! 全部絵美子のおかげ!」


「ああ、お前のおかげで皆が救われた!」


 周囲が明るくなってきた。百合子と保は驚いて顔を上げ、安堵と不安が入り混じった表情で様子を窺った。


「大丈夫よ二人共。〝あいつ〟を封じたから、元の世界に戻れるのよ」


「良かった! あ、絵美子、戻ったら休もうね。まだ顔色が悪い」


「そうだな。あんな凄い事しまくって相当力を使ったはずだ。またぶっ倒れっちまったら大変だ」


「ええ」絵美子は頷いた。「そうさせてもらうわ」


 それからまもなくして、三人の視界が真っ白に染まり──……



「……よし、戻れたな」


「うん」


 コンクリートの通路、コの字型の校舎、曇り空、普段は気にも留めないような草花に、端の方に立つ木々。そして背後には、小さいおじさんたちがいた針葉樹。


「……終わったね」


「もう二度と封印が解かれない事を祈るわ」


「まさか……もうないだろう?」


「と、信じたいわ」


 力なく笑う絵美子の様子に、百合子は一抹の不安を覚えた。そもそも、何故封印が解かれてしまったのかは、まだわかっていない。その原因をはっきりさせたうえで再発防止に努めなくては、今回の苦労が無駄になってしまう。


「はあ……これで明日から安心して学校生活が送れるんだな」


「そうだね、いつも通りの」


「いつも通りの、代わり映えしない退屈な日々」保は満更でもなさそうに微笑んだ。


「さ、とりあえず教室に戻ろ」百合子は絵美子へと振り向いた。「体調はどう──」


 絵美子が膝から崩れ落ちる光景は、スローモーションで見えた。


「っ、絵美子!?」


「おい!?」


 保がしゃがんで抱き起こした。絵美子はただ眠っているだけに見える──血の気の失せた顔色と、呼吸音が聞こえない点を除けば。


「しっかりしろ!」


「え、絵美子……」百合子は崩れ落ちるように膝を突いた。「つ、疲れちゃったよね。うん。だからって、ここはちょっとさあ……ねえ保?」


「そ、そうだぞ……ほら、一回起きろって……な?」


 保は絵美子を揺さぶった。何度も何度も揺さぶった。

 しかし、二人は既に理解していた──絵美子が二度と目を覚さない事を。

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