06 百合子①

 大好きな叔母は、約束の時間丁度に玄関に姿を現した。


「麗美!」


「叔母さん!」


 麗美は飛び掛かるようにして百合子に抱き付いた。


「ちょちょちょっ、腰やられる!」百合子は仰け反りながらも、しっかり麗美を受け止めた。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。「仕事出来なくなったら、あんたに面倒見させるよ?」


「大丈夫だよ、叔母さん頑丈だもん」


「あんたのお母さん程じゃないけどね。はいこれお土産」百合子は左手に持つ桃色の紙袋を差し出した。「〈太陽堂〉って和菓子屋の饅頭セット。粒あんだよ」


「有難う! 後で一緒に食べよう。さ、入って」


 麗美は百合子をリビングに通し、好きな位置に座るようにと促した。


「インスタントだけど、アイスコーヒー淹れるから待ってて。あ、先にお昼ご飯かな」


「有難う。お湯沸かすならカップラーメンでいいんじゃない?」


「じゃあ、そうするね」


「ちなみに私、コーヒーは毎日インスタントしか飲まないよ」


「あ、そうだったんだ。てっきり、自家焙煎してるのかなって」


「そこまでこだわりはないよ。まあ、その方がずっと美味しいんだろうけど。あ、手洗ってくる。ついでにトイレ」


「場所わかるよね?」


「覚えてるよ」百合子は微笑んだ。「あんたが小さい頃は、しょっちゅうお邪魔してたからね」

 


 簡単な昼食後、麗美と百合子はそれぞれ緑茶とコーヒーを味わい、饅頭やクッキーも口にしながら、時間を忘れて約四年分の会話に花を咲かせた。


「麗美、口の上手い男と誰にでも優しい男には、くれぐれも注意すんだよ? あと会う度に違う女といる男もね」


「う、うん」


 麗美が小学生の頃までは、百合子はよく朝比奈家にやって来たし、麗美の母も含め三人で様々な場所に遊びに行ったりもした。しかし、そのうち百合子は仕事が多忙となり、またプライベートで様々なトラブル──主に恋愛面で──を抱えていた事から次第に、疎遠とまではいかずとも交流が減ってしまったのだった。


「あと、大して親しくもないのに、馴れ馴れしく名前呼び捨てか名前にちゃん付けして、ペラペラ喋ってくる男にも」


「それって眼鏡掛けて髪染めてる男?」


「えっ?」


「あ、いや何となく」


 百合子は麗美の後方の壁掛け時計に目をやり、


「あれ、もうこんな時間だ。あっという間だね」


 麗美も振り返る。一五時四八分。


「えっと、叔母さん何時頃帰る予定でいた?」


「そんなに遅くならないうちに。あんたさえ良かったら五時くらいまでいようかなって」


 ──いけない、そろそろ聞かなきゃ。


「あ、あのさ! わたし叔母さんに色々と聞きたい事があったんだ……あ、新しいコーヒーいる?」


「いや、もうごちそうさま。下げて来るよ」


 百合子が空になったガラスのコップを手にキッチンへと消えると、麗美は小さく溜め息を吐いた。


 ──聞くのはいいとして、どうやって切り出そう?


 決して何も考えていなかったわけではないが、これから口にするその複雑な内容と、つい先程まで続いていた談笑のためか、急に怖気付いてしまった。


「お待たせ」百合子が戻って来て、麗美の正面に再び腰を下ろした。「で、聞きたい事って?」


「あー……えっと、叔母さんは──」


 ──絵美子って知ってるよね?


「──夕凪高校出てたんだね」


「そうだよ。あんたの大先輩なんだから」


「そ、そうだよね」麗美は曖昧に笑った。


 ──ああ、どうしよう。


「ねえ麗美」


「うん?」


「実はね……私も麗美に聞きたい事があるの。今日あんたに会いに来た一番の理由は、それなんだ」


「え……?」


 百合子は両腕を組むようにしてテーブルに乗せた。麗美は、叔母が常に漂わせていた明るい雰囲気が僅かに変化した──一筋の影が差した──ように感じた。


「ねえ麗美……最近学校生活でおかしな事はない?」


 麗美は中途半端に口を開いたまま固まった。


「私が知ってる限りじゃ、先生の事故が一件と、生徒の失踪が一件。でも他にも大なり小なり、色々あるんじゃないかなって」


 麗美は理解した。叔母は気付いていたのだ。学校の異変、そして〝あいつ〟と絵美子の気配に。


「……麗美?」


「絵美子」麗美は意を決した。「わたし、絵美子と会ったんだよ、叔母さん。図書室で」


 直後に百合子が見せた反応は、麗美の予想とは全く異なっていた。


「そんな……どうして」


 百合子は明らかに動揺していた。目は見開かれ、手は小刻みに震えている。


「叔母さん?」


 百合子は耐えられないと言わんばかりに目を伏せ、黙り込んでしまった。


 ──知らなかった?


 麗美は困惑した。


 ──え、どうして? それじゃあ何で?


 二人の間に、あまりにも重苦し過ぎる空気が流れ続けた。


 ──どうしよう……どうすれば……?


「麗美」やがて百合子が、目を伏せたまま静かに口を開いた。「麗美、あんたはどこまで知ってんの?」


 その口調は穏やかだったが、麗美にはかえって不気味に感じられた。


「……どこまで、って──」


「絵美子は死んだのよ」百合子はゆっくり顔を上げた──麗美を見据える両目を潤ませて。「二〇年前、私の目の前でね」


 もうとっくに気付いていたというのに、それでも麗美は、叔母の言葉に少なからず衝撃を受けた。

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