04 先輩と後輩

 朝比奈家から徒歩約五分の回転寿司チェーン店〈寿司ざむらい〉店内。

 約束の時間の一五分以上前にやって来た麗美は、案内されたボックス席でスマホを弄りながら、待ち合わせ相手である母を待っていた。学校から帰宅すると、私服に着替え、家事の手伝いや明日の準備を終えた。その後は、最近購入した中古のSRPGで時間を潰そうとしたのだが、あまりの難易度の高さと魅力のないキャラクターたちに苛立ち、早々に切り上げて家を出たのだった。

 レーンを流れて来る中トロがなかなか美味しそうで、先に一人で食べていればいいだろうという脳内の悪魔の囁きに負けそうになっていたところに、[MINE]に亜衣からメッセージが届いた。


〝新倉の事、もう全国ニュースになってるみたい。早くない? 親の力かなあ??〟


 麗美は亜衣に返信する前に、検索エンジン[Gyahoo!ギャフー]を開いた。


〝男子高校生行方不明 浜波市〟


 自分で検索するまでもなく、トップページにニュース記事が掲載されていた。ひょっとすると全くの別人という可能性もあるかもしれないと思いながら記事を開いてみたが、ひょっとしなかった。


 ──これは……どうなんだろう。


 新倉の失踪には〝あいつ〟が関わっているのだろうか。もしそうだとしたら、果たして無事に帰って来られるのだろうか。絵美子曰く〝些細な悪戯〟で済めばまだいいが、〝人間の命に関わるような酷い悪事〟── 丸崎まるさきの事故のように──の方だとしたら。

 

「お待たせ」


 麗美は我に返ってスマホから顔を上げた。仕事帰りで、顔に少々疲労感を滲ませた母がやって来て、麗美の正面に座った。


「早いわね。結構待った?」


「ううん、そんなに」


「先食べてても良かったのに。あ~っ疲れた!」


「お疲れ様」


 母が緑茶の粉を二人分の湯呑みに入れ、熱湯で溶かしている間に、麗美はタッチパネルでメニューに目を通した。


「お母さん何頼む?」


「ウニ。アワビ。そして中トロ」


「ちょっと高めのやつばっかだね」


「いいのよ、たまには。あんたも遠慮せず好きなの食べな!」


「うーん、それじゃあ──……」


 約三〇分後、二人は二杯目の緑茶をゆっくり飲みながら、だいぶ苦しくなった腹を休めていた。


「調子乗って食べ過ぎたわね」


「ここ来るといつもそうだね。ジーンズに履き替えないで、制服のままの方が良かったかな?」


 麗美が腹をさすると、同じようにしていた母が、


「あら、あんたそういえば着替えたんだね」


「え、今更!?」麗美は脱力しかけた。


「醤油なんかで汚しかねないから正解だったんじゃない?」


「まあね。それにずっと制服のままって何か嫌なんだもん。最近はブレザー着なくて平気だから少しは身軽だけど、それでもね。あとさ、わたしスカートよりもズボン派だし?」


「あの子もそうだったわ」麗美の母は微笑んだ。「あんたは百合子ゆりこに似たんだわ。だから気が合うのよ」


「百合子叔母さんも?」


 大好きな叔母に似ていると言われるのは、全然悪い気がしなかった。


「うん、あの子も同じ事言ってたのを思い出したわ。それにあんたたち、同じ高校の先輩後輩だし。本当に気が──」


「えっ、そうだったの!?」


 麗美は手にしていた湯呑みをテーブルに置いた。思わず力が入ってしまい、大きな音が立った。


「あれ、知らなかった? いや、忘れてただけだと思うわよ。受験前とか合格後とかに『百合子叔母さんも通ってたのよ』とか『麗美は叔母さんの後輩になるわね』って感じでチラッと話した事があったはずよ」


「ヤダ、そうだったっけ……」


 言われてみればそんな気がしなくもなかったが、麗美には思い出せなかった。


「まあ、あの子は高校時代の話はあんまりしたがらないけどね。仲良かったお友達が急に亡くなっちゃったって事があったし」


「……え?」


「二年生の時にね。途中で転校して来た子だったかな。あの子の話だと、体が弱かったみたい。

 そういえば、そのお友達のご両親も親族も、どうやら相当変わってるっていうか、閉鎖的な人たちだったみたいで、お葬式の参列は身内だけに徹底、お墓の場所を聞いても、お線香を上げに行きたいと言っても拒否。後味が悪いままだったから、余計にね」


「ねえ……お母さん」


「ん?」


「叔母さんが高校二年生だったのって……何年前?」


 麗美はもう答えを知っているも同然だったが、それでも聞かずにはいられなかった。


「えーと、あの子は今年三七だから……丁度二〇年前ね」



「あー、お腹空いた!」


「私もです」


「片付けたらとっとと帰ろ!」


 一八時まで残り一〇分弱となったところで亜衣と千鶴は作業を止め、帰宅の準備を始めた。


「えーと、残った和紙や画用紙は準備室に戻しちゃっていいんですか?」


「そうだね。わたしも資料戻すから一緒に行こ。あ、糊は美術室こっちのだから」


 亜衣と千鶴は美術室を出た。


「まだ外はそんなに暗くないね」亜衣は廊下の窓から空を見やった。「麗美ちゃんも七海ちゃんも、夕飯外で食べるのかな?」


「そうかもしれませんね」


「あー、わたしも食べに行きたいなー、親のお金で。サーロインステーキとか回らないお寿司とか」


「遠慮なしですね」


 美術準備室の前まで来ると、亜衣はドアを開けようと分厚い美術図鑑を左手で抱え直したが、千鶴が歩み出て代わりに開けた。


「あ、有難う……ん?」


「どうしました?」


「あの紙袋」亜衣は中に入ると、正面の大きな机の足元を指差した。「何だろ。少なくとも一昨日はなかったはずなんだけど。先生が置いたのかな」


 亜衣が部屋の奥に移動すると、千鶴は和紙と画用紙を机の上に置き、屈んで紙袋を取った。3Lサイズくらいはありそうな大きさだ。


「緩衝材と、あとこれが入ってました」


 千鶴はスケッチブックだけ取り出し、顔の横に掲げた。


「あ、それ一昨日見たやつだ」図鑑を棚に戻した亜衣が戻って来た。「少なくとも一〇年以上は前の生徒のっぽいんだよね。中を見ればわかるよ。二枚目だったかな」


 千鶴は言われた通りにスケッチブックを開いた。一枚目のリンゴの鉛筆画に簡単に目を通してからページをめくる。


「あ、ガラケー」


「ね? スマホじゃないんだもん」


「親辺りが使っていたガラケーを描いたって事も考えられますが、スケッチブック全体の劣化具合からすると、亜衣さんの言う通りみたいですね」


「あ、そうそう。裏表紙に名前が書いてあったんだ。しかもわたしたちが知ってる子と同姓同名なの。てっきり最初は本人かと思ったけど」


 千鶴はスケッチブックを閉じて裏表紙を確認した。


「あ、本当だ。うちのクラスの」


「ね?」


 ──……あれ?


 千鶴の中で何かが引っ掛かった。


 ──待てよ、って──……


「これしまっとくね」亜衣は机の上の和紙と画用紙を手に取った。


「あ、すみません」


 千鶴がスケッチブックの裏表紙を食い入るように見ていると、紙類をしまった亜衣が再び戻って来た。


「え、どうしたの千鶴ちゃん、そんなじっと見つめちゃって!」


「亜衣さん、これお借り出来ませんか」


「え?」


「ちゃんと返しますから」


「OKだけど、どうして?」


「その……家で改めてじっくり見てみたいなと思って」


 一八時を告げるチャイムが鳴り響いた。


「あ、ヤバ。戻ろ」


「はい」


「何だったらそれ、貰っちゃっても平気そうだけどね」


 美術室に戻る途中、千鶴は手にしたスケッチブックの名前をもう一度見た。

 上手く説明出来ないが、教室での違和感の正体が何となくわかりかけてきた気がした。

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