02 絵のように美しい子
退屈または苦痛、あるいはその両方でしかない四時間分の授業が終わり、ようやく昼食の時間になった。
麗美が机の上を片付け、昨日コンビニで購入したパンをスクールバッグから取り出していると、三人の友人たちがやって来て、麗美の前と右隣、右斜め前の空いている席──本来の主たちは全員食堂へ向かった──に、それぞれ腰を下ろした。
「麗美ちゃん今日はパンなんだ。朝買ってきたの?」
麗美の右隣に座ったのは、
「あ、わたしもパンだよ。ホラ」
麗美が答えるよりも先に、亜衣の前の席から身を乗り出してきたのは、亜衣と同じく一年時から同じクラスの、
「いやいやあんたには聞いてないから」
「はいー? え、わたしが買ったの何味か知りたくないー?」
「全然。どうでも良すぎて死にそう」
じゃれ合う二人を見て「やれやれ」と呆れたように笑う、もう一人。
「麗美さん、この人たちはほっといて、先に食べちゃいましょ」
「ほら麗美ちゃん、わたしのこれ、チョコチップイチゴクリームスペシャル。あとツナサンド」
「麗美ちゃんは、焼きそばパンと小倉あんぱん? いいねえ、それで飲み物が牛乳だったら最高だったのに」
「麗美さんは刑事ですか」
いつものメンバー。いつもの仲良し。
これに関しては、ずっと続いたって全然構わないと麗美は思っている。
昼食後、スマホでお笑い芸人コンビのコント動画に夢中になっている友人たちを残し、麗美は一人、二階の教室から三階南端の第一図書室へと向かった。
──
私立
一般コースと特進コースは、それぞれ第一校舎と第二校舎に分かれている。生徒数が多い前者の方が大きく、図書室も広いため、特進コースの生徒たちが昼休みや放課後にわざわざ足を運んで来る事も少なくない。
──あんまり多いようだったら、逆に
幸運にも、第一図書室は
──いつもこれくらいだったらいいのに。
本棚と本棚の間を通り、図書室左端最奥の[神話・伝説・伝承]コーナーへ。
麗美の目当ては、著名な男女二人の作家が、北欧神話について真剣に考察したり笑いを交えながら突っ込んだりしている、『あなたは知ってた? 北欧神話あれこれ』という、比較的近年に発行された本だ。春休み中、とあるアメコミ原作の実写映画を観て以来、北欧神話に興味を持つようになった麗美のお気に入りの一冊となっていた。
麗美はしゃがみ込むと、本棚の下から二段目の定位置に手を伸ばし掛け、
「あれ?」
ギリシャ神話本と、ヴードゥーの儀式やゾンビに関する本の間に挟まれているはずの『北欧神話あれこれ』が、忽然と消えている事に気付いた。
麗美が前回読んだのは、先週の金曜日の昼休み。同じ場所に戻したはずだが、うっかりという事もあるかもしれない。念のために同じ列とその上下段も確認してみたが、やはり見当たらなかった。
──わたし以外にも読む人が……?
麗美は訝しんだ。人気作品というわけでもないのに、そんな事があり得るのだろうか。しかし理由は何であれ、ないものはないのだから、いつまでもこうしているわけにもいかない。
麗美は仕方なく諦め、ゆっくり立ち上がると、数歩戻りかけたところで一旦止まり、引き返すかどうかを考え始めた。友人たちが楽しんでいる芸人コンビに興味はないが、もしかすると今は別の動画を観ているかもしれない。しかし教室には、クラスで特にうるさい男子たちも数人残っていた。だったら人の少ないこの図書室で新たに面白い本を探し出し、ギリギリまで時間を潰すのも──
カタッ。
背後から聞こえたその音は、決して大きくはなかったものの、麗美の思考を遮るには充分だった。
何気なく振り向いた麗美はその直後、裸眼視力二.〇の我が目を疑った。確かに見当たらなかったはずの『北欧神話あれこれ』は、定位置にしっかり収まっていた。
「な、何で?」
戸惑いながらも麗美が早足で本棚まで戻ったのと、右側から女子生徒が現れたのはほぼ同時だった。互いに衝突ギリギリのところで止まったため、ちょっとした惨事になるのは免れた。
「あ、すいません」
女子生徒は無言だった。怒らせてしまっただろうかと顔色を窺った麗美は、思わず息を呑んだ。
女子生徒は、とにかく美しかった。顔のパーツの全てが形・サイズ共に絶妙で、顎も含めて左右対象。やや色白な素肌にはシミ・そばかすの一つもない。艶のある長い髪は、黒というよりも茶色に近いが地毛のようだ。一六〇センチ以上はある背丈に、不健康には感じさせない、程良い肉付き。
女子生徒が目をパチクリさせているのに気付き、麗美はようやく我に返った。
「あ、ああ、えと……」
一度目のようにすんなり謝罪の言葉を出せずにいると、女子生徒がゆっくり口を開いた。
「好きなの? 北欧神話」
美しい容姿に違わぬ、透き通るような美声。
「……んえうっ?」
てっきり非難されるものだとばかり思っていたので、麗美は脱力しかけた。
「北欧神話の考察本を探していたのよね?」
「あ、ああ、はい……」
「さっきまでわたしが読んでいたの。ごめんね」
「い、いえそんな」
「上履きが赤って事は、今二年生よね?」
「はい……あ」麗美は答えると、女子生徒の足元に目をやり、同じくつま先の部分が赤い事に気付いた。「同じ二年生だったんですね」
女子生徒がふんわり──やはり美しい──微笑むと、麗美の緊張は若干和らいだ。
──初めて見たかも。
私立校だけあり、一般コースは全学年のクラス数が多い。その上、麗美自身の同級生たちとの交流が少ないため、未だに知らない生徒がいてもおかしくはないのだが。
「あの、お名前は?」
麗美が初対面の人間に自分から質問するのは、珍しい事だった。話し掛ける気恥ずかしさよりも、名前ぐらいなら聞いた事があるかもしれないという好奇心の方が勝っていた。
「
「望月……さん」
初めて聞く名前だったが、麗美にとって、そんな事はもはやどうでも良かった。
絵美子。絵のように美しい子。
これ程までに、名は
──うわあ、わたしなんかと大違い……。
「絵美子でいいわ」
麗美の複雑な気持ちを知ってか知らずか、美少女は朗らかに言った。
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