『呪われた怪物皇子』と恐れられる俺が、路地裏で震える「石ころ」を拾った結果 ~実は世界を救う「宝石(聖女)」だった彼女を溺愛したら、彼女を捨てた祖国が滅びかけた件~
kuni
第1話
雪が降っていた。
肌を突き刺すような、帝国の冬の風ではない。属国特有の、湿り気を帯びた重たい雪だ。
石造りの街並みは白く染まり、道ゆく人々は足早に家路を急いでいる。
その中を、俺――アレクセイ・フォン・アインツベルンは、供も連れずに一人で歩いていた。
すれ違う人々が、俺の姿を見て息を呑み、道を開ける。
漆黒の軍服に、腰に帯びた長剣。そして何より、周囲の気温を数度は下げているであろう、俺自身から漏れ出る魔力の余波。
「氷の怪物」。
「帝国の死神」。
そう陰口を叩かれていることは知っている。だが、そんな有象無象の評価など、俺にとってはどうでもいいことだった。
俺がこの属国に来たのは、単なる視察だ。退屈な晩餐会を抜け出し、酔い覚ましに散歩をしていた、ただそれだけのことだった。
――その、路地裏を通るまでは。
「……あ、ぅ……」
ゴミ捨て場の陰で、小さな何かが蠢(うごめ)いていた。
野良犬か、あるいは鼠か。
興味もなく通り過ぎようとした俺の足が、ふと止まる。
視線を感じたのだ。
殺気でも、害意でもない。もっと純粋で、透明な何か。
俺はゆっくりと視線を落とした。
そこにいたのは、ボロ布をまとった少女だった。
年齢は十代半ばだろうか。痩せ細り、手足は凍傷で紫色に変色している。髪は泥と埃(ほこり)にまみれ、元の色がわからないほど汚れていた。
明らかに、死にかけている。
この寒空の下、あと一時間もすれば冷たい肉の塊に変わるだろう。
だが、その瞳だけが生きていた。
泥に塗れた顔の中で、瞳だけが、月光を反射した湖面のように澄んだ青色をしていたのだ。
俺と目が合った瞬間、彼女は怯えることも、慈悲を乞うこともなく、ただ静かに俺を見つめ返した。
まるで、自分の運命を全て受け入れているかのような、諦観と――微かな、祈り。
(……ほう)
俺の心臓が、ドクリと跳ねた。
これまで、数多の王族や貴族、絶世の美女たちを見ても何も感じなかった俺の心が、この薄汚れた「石ころ」に反応している。
俺はその場に膝をつき、彼女の前にしゃがみ込んだ。
周囲の雪が、俺の魔力に反応して一瞬で蒸発する。
「おい」
声をかけると、少女の肩がビクリと震えた。
「……だれ、ですか……」
掠(かす)れた、消え入りそうな声。
俺は手袋を外し、その冷え切った頬に素手で触れた。
驚くほど冷たい。だが、俺の指先から流し込んだ微量な魔力が、彼女の体内で爆発的な反応を見せた。
(やはりか。魔力回路がズタズタにされているが……こいつの潜在能力は、宮廷魔導師など足元にも及ばんぞ)
これほどの原石が、こんな場所でゴミのように捨てられているとは。
この国の上層部は、眼球の代わりにガラス玉でも入れているのか?
込み上げてくる嘲笑を抑え、俺は口角を上げた。
それは、獲物を見つけた猛獣の笑みだったかもしれない。
「名は?」
「……あり、ません。ご主人様に、剥奪されました……」
「そうか。ならば好都合だ」
俺は着ていた厚手のマントを脱ぐと、躊躇(ちゅうちょ)なく彼女の汚れた体に巻き付けた。
最高級の魔獣の毛皮が、泥で汚れることなど気にも留めない。
「……え?」
「立てるか?」
彼女が首を横に振る。
俺は無造作に手を伸ばし、彼女の体を軽々と抱き上げた。
羽毛のように軽い。食べていない証拠だ。
「あ、あの……! 汚れます、私なんか……ゴミ、なのに……」
腕の中で暴れようとする彼女を、強く抱き寄せる。
その瞬間、彼女の動きが止まった。
俺の体温と魔力が、直接彼女に流れ込んでいく。
「よく聞け」
俺は彼女の耳元で、低く囁いた。それは命令であり、誓約だった。
「お前を捨てた連中にとって、お前はゴミだったかもしれない。だが、俺が拾った」
「……」
「俺は、俺のものになった所有物を傷つけられるのが何より嫌いでな。……今日からお前は、このアレクセイ・フォン・アインツベルンのものだ」
彼女の青い瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
「連れて行って……くれるのですか?」
「ああ。地獄の底だろうと、天上の楽園だろうとな」
俺は震えるその小さな体を抱きかかえ、雪の中を歩き出した。
背後で、彼女を探していたらしい薄汚い男たちの声が聞こえたが、俺が一瞥(いちべつ)して殺気を放つと、悲鳴を上げて逃げ散っていった。
腕の中の温もりが、俺の服をギュッと掴む。
それが、俺たちの共犯関係の始まりだった。
この時の俺はまだ知らない。
この薄汚れた少女が、やがて帝国の歴史を変える「聖女」となり、俺の隣で誰よりも美しく微笑むことになる未来を。
そして、彼女を虐げた者たちが、俺という最悪の災厄によって、国ごと焼き尽くされる運命にあることを。
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