第6話 呪物コレクター①

「ふぁ~……」


「古川さん、今日はずっと眠そうだねぇ。夜更かしかい?」


パートの茅島さんが笑いながら声をかけてきた。

私は慌てて口を押さえ、苦笑いでごまかす。


「すみません。昨日、ちょっと友人と遅くまで出かけていて……」

「いいじゃないの。そういう息抜きは大事よ。

眠気覚ましに、コーヒーでも飲もうかね」

「いいですね! 手伝います!」


昨夜は先生に送ってもらった時点で、もう日付が変わっていた。

先生はきっと、私よりずっと遅くまで起きていたはずだ。

今日の診療に響いていなければいいけれど――。


休憩室でコーヒーを淹れていると、茅島さんがテーブルの上のチラシを手に取り、目を細めた。


「あら、そろそろフリマの時期だねぇ」

「フリマ? どこでですか?」

「ほら、松川神社。毎年やってるやつ」


渡されたチラシには『フリーマーケット開催』の文字。

ハンドメイドや古書、骨董が並ぶらしい。


「へぇ、楽しそうですね」

「時間があったら行ってみな。掘り出し物が見つかるかもしれないよ」

「これは絶対行かねばですね!」


私はチラシをスマホで撮影した。開催は今週の土曜日――。



週末。

松川神社の境内は、普段の静けさが嘘みたいに人で溢れていた。


「おはようございますー」


顔なじみの柏原さん(神社の事務員)に挨拶すると、御朱印で忙しそうな手を止め、笑顔で手を振ってくれる。

私は先に参拝を済ませ、境内をぐるりと見渡した。


ハンドメイド、古書、骨董……。

どの店も個性が強くて、眺めているだけで胸が弾む。


アクセサリーの露店で足が止まった。

天然石のイヤリングが、光を受けてビー玉みたいにきらめいている。


「ブルーフローライト。綺麗でしょ? “安らぎの石”って言われてるの」


店番のお姉さんが微笑む。

私はしずく型のイヤリングを指先でそっと持ち上げた。


「可愛い……。これください」

「ありがと~!」


代金を払い、ほくほくしながら袋を受け取る。

その瞬間――背後から、妙に賑やかな声が飛んできた。


「兄ちゃん、また来たの? 物好きだねぇ」

「いいじゃん。おっちゃんと俺の仲だろー」


振り返ると、二十代後半くらいの青年が、骨董屋らしき店主に絡んでいた。

爽やかな笑顔。なのに、どこか不穏な気配を纏っている。


「ああ……また来たんだ、あの人」


さっきまで愛想のよかったお姉さんが、露骨に嫌そうな顔をした。


「どういう人なんですか?」


そう尋ねた途端、青年が耳ざとく振り向いた。


「お、俺に興味ある?」


ずかずか近寄ってきて、私のパーソナルスペースを軽々と踏み越えてくる。


「うわ……来るな、シッシッ」

「ひっでーなぁ。俺、泣いちゃうよ?」

「泣く玉じゃないでしょ」


二人のやりとりを呆気にとられて見ていると、

青年がにっこり笑って手を差し出した。


「初めまして。俺、但馬涼太郎。呪物コレクターやってんの。

もし“変なモノ”見つけたら連絡してね」


そう言って、強引に名刺を握らせてくる。

名刺には大きく――『呪物コレクター 但馬涼太郎』。


……イケメン好青年“風”。

なのに纏っている気配が、禍々しすぎる。

目が、笑っていない。


「おーい涼太郎! あっちでお前好みのモン売ってるぞ!」

「マジ? 先越される前に行くわ!」


骨董屋の店主に呼ばれると、涼太郎は嵐みたいに駆け去っていった。


「……呪物コレクターって、何なんですか?」


思わずお姉さんに聞くと、苦い顔で答えてくれた。


「呪いに使われた品とか、髪が伸びる人形とか……

普通は持て余すようなモノを集めてる変人よ」

「そんなもの集めて、どうするんですか。呪われそう……」

「だから言ったでしょ? 見かけたら逃げろって」


……世の中、知らない世界がある。

できれば一生、関わりたくない。


私は礼を言って、その場を離れた。



「古川さーん!」


柏原さんに呼ばれて社務所へ向かうと、お茶と差し入れが用意されていた。

境内はまだまだ人でごった返している。


「賑わってますね」

「ありがたいことよ。ただ……中には厄介なのもいるけどね……」


その瞬間、やたら明るい声が社務所へ飛び込んできた。


「柏原さーん! 生きの良い呪物、入ってない?」


――“生きの良い”って何。寿司じゃないんだから。

現れたのは、さっきの涼太郎だった。


「無いよ! あってもあんたには絶対回さない」

「ひどいなー。俺と柏原さんの仲じゃん?」

「どんな仲だい。いつでも“初めまして”、すぐに“さようなら”だよ」


普段穏やかな柏原さんが、ここまで言い切るのは珍しい。

私は湯呑みを口に運びながら、その光景を眺めた。


そのとき、涼太郎の視線がこちらに刺さる。


「あれ? さっき会ったよな?」

「気のせいじゃないですか。他人の空似です」

「初対面で“気のせい”はねーだろ。何? 神社の人?」

「違います。はじめまして」


知らぬ存ぜぬで通すしかない。


「ふーん……まあいいや。柏原さん、良いモノ入ったら連絡して」

「絶対しない。骨董屋でも口説いてろ」

「あ、そうだった! 急がねぇと!」


涼太郎は再び嵐のように去っていく。

柏原さんは深いため息をつき、お茶をすする。


「有名なんですか、あの人?」

「ええ……色んな意味でね。呪物コレクターであり、呪術師でもあるのよ」

「呪術師? おまじないをする人、ですか?」

「良いまじないならいい。でも悪い願いは呪いになる。

あの子は、依頼があれば良し悪し関係なくやっちゃうのよ」


柏原さんの目が、冗談の色を失う。

私は湯呑みを持つ手に、わずかな冷えを感じた。


――先生のことが、脳裏をよぎる。

お祓い。生霊。呪い。

……大丈夫だろうか。


境内の一角で、骨董屋の店主と屈託なく笑い合う涼太郎を見ながら、

私は胸の奥に、ひやりとした不安を覚えた。

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