第6話 呪物コレクター①
「ふぁ~……」
「古川さん、今日はずっと眠そうだねぇ。夜更かしかい?」
パートの茅島さんが笑いながら声をかけてきた。
私は慌てて口を押さえ、苦笑いでごまかす。
「すみません。昨日、ちょっと友人と遅くまで出かけていて……」
「いいじゃないの。そういう息抜きは大事よ。
眠気覚ましに、コーヒーでも飲もうかね」
「いいですね! 手伝います!」
昨夜は先生に送ってもらった時点で、もう日付が変わっていた。
先生はきっと、私よりずっと遅くまで起きていたはずだ。
今日の診療に響いていなければいいけれど――。
休憩室でコーヒーを淹れていると、茅島さんがテーブルの上のチラシを手に取り、目を細めた。
「あら、そろそろフリマの時期だねぇ」
「フリマ? どこでですか?」
「ほら、松川神社。毎年やってるやつ」
渡されたチラシには『フリーマーケット開催』の文字。
ハンドメイドや古書、骨董が並ぶらしい。
「へぇ、楽しそうですね」
「時間があったら行ってみな。掘り出し物が見つかるかもしれないよ」
「これは絶対行かねばですね!」
私はチラシをスマホで撮影した。開催は今週の土曜日――。
◆
週末。
松川神社の境内は、普段の静けさが嘘みたいに人で溢れていた。
「おはようございますー」
顔なじみの柏原さん(神社の事務員)に挨拶すると、御朱印で忙しそうな手を止め、笑顔で手を振ってくれる。
私は先に参拝を済ませ、境内をぐるりと見渡した。
ハンドメイド、古書、骨董……。
どの店も個性が強くて、眺めているだけで胸が弾む。
アクセサリーの露店で足が止まった。
天然石のイヤリングが、光を受けてビー玉みたいにきらめいている。
「ブルーフローライト。綺麗でしょ? “安らぎの石”って言われてるの」
店番のお姉さんが微笑む。
私はしずく型のイヤリングを指先でそっと持ち上げた。
「可愛い……。これください」
「ありがと~!」
代金を払い、ほくほくしながら袋を受け取る。
その瞬間――背後から、妙に賑やかな声が飛んできた。
「兄ちゃん、また来たの? 物好きだねぇ」
「いいじゃん。おっちゃんと俺の仲だろー」
振り返ると、二十代後半くらいの青年が、骨董屋らしき店主に絡んでいた。
爽やかな笑顔。なのに、どこか不穏な気配を纏っている。
「ああ……また来たんだ、あの人」
さっきまで愛想のよかったお姉さんが、露骨に嫌そうな顔をした。
「どういう人なんですか?」
そう尋ねた途端、青年が耳ざとく振り向いた。
「お、俺に興味ある?」
ずかずか近寄ってきて、私のパーソナルスペースを軽々と踏み越えてくる。
「うわ……来るな、シッシッ」
「ひっでーなぁ。俺、泣いちゃうよ?」
「泣く玉じゃないでしょ」
二人のやりとりを呆気にとられて見ていると、
青年がにっこり笑って手を差し出した。
「初めまして。俺、但馬涼太郎。呪物コレクターやってんの。
もし“変なモノ”見つけたら連絡してね」
そう言って、強引に名刺を握らせてくる。
名刺には大きく――『呪物コレクター 但馬涼太郎』。
……イケメン好青年“風”。
なのに纏っている気配が、禍々しすぎる。
目が、笑っていない。
「おーい涼太郎! あっちでお前好みのモン売ってるぞ!」
「マジ? 先越される前に行くわ!」
骨董屋の店主に呼ばれると、涼太郎は嵐みたいに駆け去っていった。
「……呪物コレクターって、何なんですか?」
思わずお姉さんに聞くと、苦い顔で答えてくれた。
「呪いに使われた品とか、髪が伸びる人形とか……
普通は持て余すようなモノを集めてる変人よ」
「そんなもの集めて、どうするんですか。呪われそう……」
「だから言ったでしょ? 見かけたら逃げろって」
……世の中、知らない世界がある。
できれば一生、関わりたくない。
私は礼を言って、その場を離れた。
◆
「古川さーん!」
柏原さんに呼ばれて社務所へ向かうと、お茶と差し入れが用意されていた。
境内はまだまだ人でごった返している。
「賑わってますね」
「ありがたいことよ。ただ……中には厄介なのもいるけどね……」
その瞬間、やたら明るい声が社務所へ飛び込んできた。
「柏原さーん! 生きの良い呪物、入ってない?」
――“生きの良い”って何。寿司じゃないんだから。
現れたのは、さっきの涼太郎だった。
「無いよ! あってもあんたには絶対回さない」
「ひどいなー。俺と柏原さんの仲じゃん?」
「どんな仲だい。いつでも“初めまして”、すぐに“さようなら”だよ」
普段穏やかな柏原さんが、ここまで言い切るのは珍しい。
私は湯呑みを口に運びながら、その光景を眺めた。
そのとき、涼太郎の視線がこちらに刺さる。
「あれ? さっき会ったよな?」
「気のせいじゃないですか。他人の空似です」
「初対面で“気のせい”はねーだろ。何? 神社の人?」
「違います。はじめまして」
知らぬ存ぜぬで通すしかない。
「ふーん……まあいいや。柏原さん、良いモノ入ったら連絡して」
「絶対しない。骨董屋でも口説いてろ」
「あ、そうだった! 急がねぇと!」
涼太郎は再び嵐のように去っていく。
柏原さんは深いため息をつき、お茶をすする。
「有名なんですか、あの人?」
「ええ……色んな意味でね。呪物コレクターであり、呪術師でもあるのよ」
「呪術師? おまじないをする人、ですか?」
「良いまじないならいい。でも悪い願いは呪いになる。
あの子は、依頼があれば良し悪し関係なくやっちゃうのよ」
柏原さんの目が、冗談の色を失う。
私は湯呑みを持つ手に、わずかな冷えを感じた。
――先生のことが、脳裏をよぎる。
お祓い。生霊。呪い。
……大丈夫だろうか。
境内の一角で、骨董屋の店主と屈託なく笑い合う涼太郎を見ながら、
私は胸の奥に、ひやりとした不安を覚えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます