追いかけ続けたその人は先に咲く春の人。

クリトクらげ

第1話 春は始まる。

入学式が終わっても、実感はついてこなかった。

 制服は少し硬くて、ネクタイの結び方もぎこちない。


「これで合ってるのかな?」

鏡の前でつぶやく。


校舎はオープンスクールできた時よりも大きく感じ、廊下は迷路のように感じた。


同じ一年生のはずなのに、堂々と歩いている人もいれば、僕みたいに壁際を選んで歩く人もいる。


――ここにいる全員が、高校生。


そう考えるだけで、背筋が伸びた。


トイレから出て、教室に入った。


席に座っても追いつかず、外を見たり、本を出したりしまったり。


幸運なことに僕の席は窓際なため、外が見やすい。


そうこうしてるうちに廊下から歩き声と話し声し、教室の人たちは廊下を見る。


「先輩だ」


 誰かが小さく言った。


そこを歩いていたのは、制服の刺繍の色が違う人たちだった。


僕たちとは違い、会話も自然。

同じ制服なのに、空気が違う。


 ――二年生。


たった一学年上なだけなのに、僕たちよりも何かが違う。そう見えた。


そして、その中に、ひとりだけ、僕の目に留まる人がいた。


歩くたびに短めの髪が揺れ、誰かに話しかけられて、少しだけ笑う。


(宝月先輩、)


(あんな顔で笑うんだ。)


先輩が同じ中学を卒業してから一年しか経っていない。


でも、先輩の周りには僕の知らない人、知らない喋り方、笑い方。


僕は何も知らない。


1年間。


たった1年間違うだけのはずなのに。


そう思う中、それでも先輩が見えなくなるまで、目を離すことはできなかった。


チャイムが鳴って、みんなそれぞれの教室に戻った。


廊下が急に静かになって、現実に引き戻された。


(なんだろ、この気持ち。)

僕は一人余韻に浸かっていた。


担任の先生が入ってきて、自己紹介が始まる。


クラスメイトの声を聞きながら、さっきの光景が頭から離れなかった。


―ああ、僕はまだ、何も知らないんだ。


高校生活は始まったばかりで、

春はまだ、足元にしか来ていない。



それでも、さっき見た背中だけが、少しだけ先の季節にいる気がした。

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追いかけ続けたその人は先に咲く春の人。 クリトクらげ @kuragetoneko

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