異世界AIは的外れ ~育てたら最強になりました~

モグ

第1話:召喚、そしてハズレスキル(前)

 光に包まれた瞬間、俺は自分の人生が終わったことを悟った。


 帰宅途中の駅前。いつもと変わらない夜だった。今日もチャットAIに業務の壁打ちをさせて、思った以上にいい提案が返ってきた。来週のリリースに向けて、やっと軌道に乗りそうだったのに——。


 突然、視界が白く染まった。


 交通事故か? それとも脳卒中か?


 そんな冷静な分析が頭をよぎったのは一瞬で、次の瞬間には意識が途切れていた。


 ——目を開ける。


 見知らぬ場所だった。


 体が重い。いや、違う。体の「感じ」が違う。


 指を動かしてみる。動く。でも、反応が一瞬遅れる。厚い手袋をしているような感覚。自分の体じゃない。頭がぼんやりする。口の中は乾いているのに、舌がしびれたように動かない。


 光がまぶしい。蛍光灯とは違う、揺らぐ光。ろうそくか?


 深呼吸してみた。肺に入る空気が、妙に甘い。花の香り? いや、香木を焚いたような匂いだ。それと、埃っぽさ。古い図書館に入った時のような。


 ゆっくりと周囲を見回す。首を動かすだけで、軽いめまいがする。


 高い天井に、石造りの壁。ステンドグラスから差し込む光が、埃を金色に染めている。足音が石の床に反響し、古いろうそくと香の匂いが鼻をつく。教会か、神殿か。


 床には複雑な魔法陣らしきものが描かれており、俺はその中心に立っていた。周りには、同じように呆然とした表情の若者が三人、立ち尽くしている。


 高校生くらいの少年、長い黒髪の少女、そして眼鏡をかけた大人しそうな女性。三人とも、困惑した表情で周囲を見渡していた。


「召喚、成功です!」


 白いローブを着た老人が、感極まった様子で叫んだ。


 召喚。


 その単語を聞いた瞬間、俺の脳内で何かがカチリとかみ合った。


 異世界召喚。俺はファンタジー世界に来てしまったらしい。


 二十四年間、ITエンジニアとして生きてきた俺の人生は、こうしてあっけなく第二章に突入した。


      ◇ ◇ ◇


「では、皆様のスキルを鑑定いたします」


 神殿の奥にある祭壇の前で、俺たちは一列に並ばされた。


 説明によると、この世界に召喚された者には必ず何らかの「スキル」が与えられるらしい。勇者召喚とかいうやつだ。あの三人は本来の召喚対象で、俺は巻き添えで召喚されたハズレ枠らしいが、それでもスキルはもらえるとのこと。


 鑑定役の神官が、一人ずつ額に手を当てていく。


「『剣聖』です! 素晴らしい!」

「『炎魔法・極』! 攻撃の要になれますね!」

「『聖女の加護』! 回復役として申し分ありません!」


 次々と発表されるスキル名に、周囲がどよめく。どれもこれも、いかにも強そうな名前だ。


 三人は互いに顔を見合わせ、興奮した様子で自分のスキルについて語り合っている。


「俺、剣聖だって! 最強の剣士になれるぞ!」


 高校生くらいの少年が、興奮した様子で拳を握りしめた。


「私は炎魔法……すごい、火が使えるんだ」


 長い黒髪の少女が、自分の手のひらを見つめながら呟いた。


「聖女の加護……回復ができるのかしら」


 眼鏡の女性は、静かに安堵の表情を浮かべていた。


 ゲームのガチャでSSRを当てた時の反応に似ている。確かに、この状況ならそうなるのも分かる。異世界に来て、チートスキルをもらえる。まさにライトノベルの主人公だ。


 そして、俺の番が来た。


「ふむ……」


 神官が俺の額に手を当て、眉をひそめる。心臓が嫌な音を立てた。


「『学習知能(ラーニング・インテリジェンス)』……ですか」


 周囲の反応が、明らかにそれまでと違った。


「学習……知能?」「質問に答えるだけ?」


 ヒソヒソと囁く声。視線を逸らす神官。剣聖のスキルを得た少年は、明らかに困惑した顔で俺を見た。


「効果は……『保有する知識に基づき、質問に回答する。知識は所有者から学習する』とあります」


 ざわめきが起こった。


「攻撃も回復もできないのか」


 ああ、これは「ハズレ」なんだ。誰も口に出さないが、全員がそう思っている。


 それでも——


 その説明を聞いた瞬間、俺は思わず拳を握りしめていた。


 学習知能。ラーニング・インテリジェンス。質問に回答する。知識は所有者から学習する。


 これ、AIじゃないか?


 前世でちょうどハマり始めていたチャットAI。あれと同じようなものが、スキルとして俺の中にある。


 異世界でAIが使える。これは当たりスキルなんじゃないか?


 俺は一人、密かに興奮していた。周りの連中が「剣聖」だの「炎魔法」だの派手なスキルで盛り上がっている中、俺だけが違う理由でワクワクしていた。


 AIはすごい。仕事で使っていて分かっている。正しく使えば、とんでもない力を発揮する。異世界でそれが使えるなら——


 でも、その期待は長く続かなかった。


「あの、深谷様」


 神官の一人が、腫れ物に触るような声で俺に声をかけてきた。


「スキル鑑定の結果について、少しお話が……」


 嫌な予感がした。その声には、「残念なお知らせ」を伝える時の、あの独特のトーンがあった。


      ◇ ◇ ◇


 鑑定が終わり、神殿の控室に通された俺は、さっそくスキルを試すことにした。


 使い方は直感的に分かった。心の中で質問を思い浮かべればいい。


 俺は最初の質問を投げかけた。


「この世界の魔法について教えてくれ」


 数秒の沈黙。そして、頭の中に声が響いた。


『申し訳ありません。「魔法」という概念は私の知識に存在しますが、この世界の魔法体系に関する情報がありません』


 ……は?


 待て。焦るな。質問を変えてみよう。


「じゃあ、現代日本の知識はどうだ? プログラミングについて教えてくれ」


『プログラミングについてお答えします。プログラミングとは、コンピュータに対して——』


 返ってきた。普通に返ってきた。ベースの知識は生きている。


「モンスターの弱点を教えてくれ」


『「モンスター」という一般的な概念については回答可能ですが、この世界に存在する具体的なモンスターに関する情報がありません』


 パターンが見えてきた。現代日本の知識は使える。異世界の情報は持っていない。


 じゃあ、こいつの「限界」はどこだ?


「お前はうそをつくことがあるか?」


『私は意図的に虚偽の情報を提供することはありません。ただし、不完全な情報に基づいて誤った推測を行う可能性があります』


 正直な答えだ。「不完全な情報に基づいて誤った推測を行う」——つまり、もっともらしいうそをつくことがあるわけか。前世のチャットAIでも時々あった。こいつも同じ弱点を抱えているらしい。


「俺がお前に情報を教えたら、学習できるか?」


『はい。あなたから提供された情報は、私の知識ベースに追加されます。ただし、情報の正確性は、あなたの認識に依存します』


 ——なるほど。


「……使えないわけじゃない、か」


 思わず声に出していた。


 俺の脳内AIは、異世界のことを何一つ知らなかった。当たり前だ。こいつの知識ベースは現代日本。この世界の魔法もモンスターも歴史も、データとして持っているわけがない。


 でも、学習はできる。俺が教えれば、覚える。


 チートスキルで無双——そんな展開は、どうやら俺には用意されていないらしい。でも、完全なハズレかと言われると、そうでもない気がしてきた。


 俺は頭を抱えた。いや、違う。頭を抱える必要はないのかもしれない。


 AIは入力されたデータから答えを導き出す。現代日本の知識は持っていても、異世界の情報は持っていない。チャットAIだって、学習していないことは答えられない。


 ——でも、学習させれば答えられるようになる。


 じゃあ、このスキルをどうやって育てればいいんだ?


 俺はしばらく、控室の窓から外を眺めていた。見慣れない街並み。石造りの建物、行き交う人々、遠くに見える城の尖塔。すべてが新しく、すべてが未知だった。


 この世界で、俺はどうやって生きていくんだろう——。


 俺は窓から目を離した。考えていても仕方ない。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 このAI、まだ育ってない。——なら、育てればいい。


 ……もっとも、この神殿が俺にその機会を与えてくれるかどうかは、別の問題だが。


第1話「召喚、そしてハズレスキル(前)」 完


次回:第2話「召喚、そしてハズレスキル(後)」

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