第9話:宇宙に霧!?――止める勇気と、拾う覚悟



 ◇◇◇


 霧が、ブリッジの外側をなぞるように伸びてきた。

 宇宙で“煙”なんてあり得ない。


 なのにそれは、意思を持った生き物みたいに形を保って、ホシマルへまとわりつく。


「いやいやいや……宇宙で霧って何!?」


 シグは声が裏返り、すぐ自分にツッコむ。


「落ち着け俺! 怖がってる場合じゃない!……でも普通に怖い!」


 ミラの声が、珍しく急いでいた。


「制御遅延、増大。推進応答が通常の42%まで低下」


「数字で言うな数字で! 不安が具体化する!」


 エミーが通信で怒鳴る。


『船長! その霧、電気食ってる! だから反応が鈍い!』


「電気食う霧!? お化けじゃん!」


『お化けならまだマシ! これは“技術”の匂いがする!』


 ガル船長の声が混ざる。


『おい! 俺の船も反応が鈍い! このままじゃ――』


「大丈夫! 大丈夫にする!」


(根拠!)


(作れ!)


「作る!」


 霧が船体に触れた瞬間、計器の一部が“白く凍った”みたいに固まった。

 警告音が鳴るが、その警告すら遅れて聞こえる。


――警告:外部干渉


――警告:電源負荷異常


――警告:通信品質低下


「ミラ! これ、どうにかできないの!?」


「解析中。物質ではなく、微細粒子群の可能性」


 エミーが即座に言葉を重ねる。


『ナノ粒子か、帯電ダストか……どっちにしても“吸い付いてる”!』


「吸い付く霧、最悪すぎる!」


 シグの視界の端で、救命ポッドが二つ、ゆっくり回転していた。


 外装が開き、霧の“発生源”みたいに見える。

 

ガル船長が呻く。


『あれ……仲間のポッドかもしれん……!』


 エミーが低く言った。


『近づくと同じ目に遭う。今は距離取れ』


「でも、助けられるかもしれないだろ!」


『船長、助けたいなら“生き残れ”。その順番!』


ミラが短く提案した。


「対策案。主電源を一時停止し、機関を“死んだふり”させます」


「……え、電源落とすの?」


「はい。粒子群が電力を追っているなら、標的を失わせられる」


 シグは喉を鳴らした。


「電源落としたら、俺たちも動けないけど!?」


 エミーが叫ぶ。


『だから“一時”! 落として、霧が離れた瞬間に再起動! 船長、決断!』


「決断って言葉、重い!」


 シグは操縦桿を握りしめた。

 現実の仕事でも、判断が遅れたときに事故が起きる。

 ここは宇宙。遅れたら――もっと簡単に終わる。


「……よし」


 シグは笑って、声を明るくした。


「俺、善人で成り上がる男だからさ。こういうときは――やる!」


(やるって何の宣言!?)


(でも今は勢いが必要!)


「ミラ、主電源カット! エミー、再起動準備!」


「実行します」


『了解、カウント合わせる!』


ミラが低くカウントする。


「三、二、一、――主電源停止」


 ブリッジの光が落ちた。

 音も減った。

 宇宙が、急に“静かすぎる静かさ”になる。


「……うわ、怖っ」


 シグは小さく息を吐いた。


「ホシマル、いま寝た……」


 霧の動きが、ピタリと止まった。


 まとわりついていた白い筋が、迷子みたいに漂いはじめる。

 

 そして、少しずつ、船体から離れていく。


 エミーの声が小さくなる。


『……効いてる。ほら、離れた』


 ガル船長が息を呑む。


『本当に離れた……』


 ミラが即断する。


「今です。再起動します。 船長、姿勢維持は手動補助で」


「手動補助って、今真っ暗なんだけど!?」


『船長、体で覚えろ!』


「先生スパルタ!」


「再起動――!」


 ミラが宣言し、光が戻る。


 エンジンが咳き込むように唸り、計器が一斉に復活した。


――システム復帰


――推進応答:回復


――外部干渉:減衰


「よし! 戻った!」


 シグは叫び、すぐツッコむ。


「いや叫ぶと酸素がもったいない! ……ここ宇宙だけど!」


 エミーが畳みかける。


『船長、今のうちに距離取る! 小惑星の影まで!』


「了解! 影に隠れるの、最近得意になってきた!」


『それ誇るな!』


 ホシマルは小惑星の影へ滑り込む。

 霧は追ってこない。少なくとも今は。


 代わりに、救命ポッドだけが、取り残されたみたいに漂っていた。


 ガル船長の声が震える。


『……あれ、仲間のだ。見間違いじゃない』


 シグは息を吸った。


「……拾う」


 エミーが即返す。


『船長、今は危険』


「分かってる。でも、ここで拾わないと、俺、後でずっと引きずる」


 一瞬、沈黙。


 ミラが静かに言う。


「回収は可能です。短時間であれば、霧の再付着リスクは低い」


 エミーがため息を吐いた。


『……ほんと善人だね。よし、条件。五分だけ。私の指示通り動け』


「はい先生!」


 回収作業は、息が詰まるほど速かった。


 ホシマルがポッドへ寄り、エミーが係留フックを投げる。

 

 ミラが霧の痕跡を監視し、ガル船長が祈るように見守る。


「よし、引っかけた! 引く!」


『ゆっくり! ポッド壊すな! 中身が…!』


「中身が…!」


 シグの声が自然と小さくなる。


 ポッドはホシマルの貨物ハッチへ収まった。

 二つとも回収――と思った瞬間、ミラが鋭く言う。


「船長。ポッド内部、生体反応……一」


「生きてる!?」


 ガル船長が叫ぶ。


『おい! 誰だ!? 返事しろ!』


 エミーがすぐ動いた。


『船長、ハッチ閉める! 霧が来る前に!』


「閉める! 閉めるけど、今開けたい気持ちもある!」


『開けるのは安全確認してから! 順番!』


「はい先生ぇ!」


 ハッチが閉まり、船内の空気が戻る。

 シグは胸を押さえた。


「……やばい。心臓がゲームなのに現実の心臓みたいに動いてる」


 ミラが静かに言う。


「あなたはとして行動しています」


「……そういう言い方、なんか変だぞミラ」


「通常です」


「通常ならいい!」


 貨物室側から、エミーの声が少しだけ落ち着く。


『ポッドの外装、霧の放出口みたいな改造がされてる。……誰かが仕込んだ』


「やっぱり技術じゃん!」


 ガル船長の声が低くなる。


『……仲間が、罠に使われたってことか』


 シグは歯を食いしばった。


「……ふざけんなよ」


 そのとき、回収したポッドの一つが、内側からコン、と小さく叩かれた。


 弱い音。生きてる証拠。


 シグは思わず明るく言ってしまう。


「おい、大丈夫か! 今出す――」


 エミーが即止める。


『船長、落ち着け。空気確認、毒性確認、霧残留確認。焦るな』


「はい先生!」


(先生って言うと怒られるけど、今は先生が正しい)


 ミラが淡々と結論を出す。


「安全プロトコルを実行します。三分で開封可能」


「三分! 長い! 短い! いや長い!」


 その三分の間、シグの視界の隅で、また小さな文字が一瞬だけ点滅した。


――Neural Log : ACTIVEニューラルログアクティブ


 シグは気づかない。

 気づけない。

 今はただ、ポッドの中の“生きてる誰か”に意識が全部持っていかれていた。


「……頼む。生きててくれ」


 シグは小さく呟いた。


 そして、いつもの自分に戻るみたいに、わざと明るく言った。


「大丈夫だ! 俺たち、運び屋だから! 命もちゃんと運ぶ!」


 ミラが告げる。


「開封準備、完了」


 エミーの声が鋭くなる。


『船長。次は“拾った責任”の時間だよ』


 ハッチのロックが外れる音がした。





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 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 物語は、まだ続きます。


 次話、「第10話:拾った責任――ポッドの中の“生存者”」です。


 現在連載中の長編ダークファンタジー

『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。

 よろしければ、お読みください。

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