第10話 正義は、視線を嫌う
最初に感じたのは、予兆だった。
理由は、ない。
根拠も、ない。
ただ――。
(……見られてる)
ユズルは、駅のホームで立ち止まった。
いつもの風景。
いつもの時間。
いつもの雑踏。
それなのに、
どこか違う。
今回の対象は、置き引き常習犯。
小物だが、累犯。
被害者は、増えている。
(裁く価値はある)
そう判断して、戻ってきた。
はずだった。
ユズルは、対象の動線をなぞる。
改札。
エスカレーター。
ホーム中央。
完璧。
いつも通りなら、
背後に立って、
首を――。
その瞬間。
(……違う)
選択肢が、一本減っている。
説明できないが、
感覚として、そうだった。
ユズルは、足を止める。
戻らない。
代わりに、周囲を見る。
制服。
学生。
サラリーマン。
その中に、
こちらを見ていない誰かがいる。
(視線じゃない)
(意識だ)
ユズルは、無意識に時間を戻そうとした。
だが――。
戻れない。
(……?)
正確には、
戻る必要がない時間に立っている。
それが、初めてだった。
対象の男が、振り返る。
目が合う。
ただ、それだけ。
なのに、ユズルの背中を冷たい汗が伝った。
(こいつ……気づいてない)
(じゃあ、誰だ)
電光掲示板が、光る。
発車まで、二分。
いつもなら、
余裕で終わる。
だが、今日は違う。
(急ぐ理由が、ない)
(でも、遅れたくもない)
矛盾。
ユズルは、初めて迷った。
頭の奥で、誰かの声が響く。
『必ず、間違える』
フードの男。
その言葉が、
今になって、重くなる。
ユズルは、結局、何もしなかった。
対象は、そのまま電車に乗る。
被害も、起きない。
“裁き”は、行われなかった。
それでも――。
(……失敗じゃない)
そう自分に言い聞かせる。
帰り道。
ユズルは、何度も後ろを振り返った。
誰も、いない。
それが、余計に気持ち悪い。
(追われてる)
(でも、見えない)
部屋に戻り、ノートを開く。
いつもの項目。
だが、今日は一行、増えた。
「第三者観測の可能性」
その文字を見た瞬間、
指が、震えた。
その夜、夢を見る。
いつもの“戻る”夢。
だが今回は、
違った。
自分が、
誰かに見られながら戻っている。
やり直しが、
秘密じゃなくなっている。
目を覚ましたユズルは、
小さく笑った。
「……なるほど」
正義は、
誰にも見られないから、成立していた。
なら――。
(見られても、やる)
そう決めた瞬間、
胸の奥に、
別の感情が芽生えた。
恐怖。
そして、
わずかな興奮。
ユズルは、窓の外を見る。
夜の街。
どこかに、
自分を見ている“誰か”がいる。
それでも、止まらない。
止まれない。
正義は、
もう一人ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます