「家ってここ、か……」

 篠原の家はまさかの神社、家までの道中より神社の境内のほうが薄暗くて危ない気がする。

「母さんの実家。父さんが婿入りで神社を継ぐことになって私もこっちに引越して来たってわけ」

 流石に歩きながらメッセージを入力するのは諦めたのか篠原が口を開いた。引越しの理由が離婚とか再婚とか話しづらい理由じゃなくて良かった。

「へえ、それじゃあ年末年始は家の手伝いで大変だろ。人がこたつで転がっている時に働くなんて凄いな、こうして社会は回っていると。家から近いし初詣に来てみよっかな」

「……もしかして由木っち、私の巫女服姿を妄想してない?残念でした。ウチの巫女さんはアルバイト。私は寒がりだから巫女服は着ません」

 面と向かって由木っち扱いされると、なんだかなーって感じ。だからと言って今さら由木君って呼ばれてもくすぐったいんだが。

「それは残念だ。せっかくの晴れ姿なのに」 

「巫女服は晴れ姿じゃない……神主の正装は正服。平安時代みたいなやつ」

 二人だと自習室と同じように話せるな。篠原は元々頭が良いせいかレスポンスも早いし。

「そう言えば由木っちのレポートって終わりそう?」

 う、レポート。せっかくの週末に嫌な事を思い出させるなよ。

「今のところ一科目一日ペースで終わらせてるから来週半ばで終わる予定、かな」

 土日も勉強を継続すればな。勉強習慣の無い俺にはそれが大変なんだが、

「その後はどうする気、由木っちが自習室に通っているおかげで鍵を借りなくていいから助かってるんだよね」

「次の中間までは自習室で勉強する予定。早く授業についていけるようにならないと進級がヤバい」

「……試験前になったらまとめたノート貸してあげるね。それとも私が教えてあげよっか」

「レベルが違いすぎて教わりようが無いからなあ。英語なんてThis is a panから始めないといけないレベルだし」

「一生使わない英文その1だね。まあ由木っち学力強化計画は考えておくよ。私も中学の時、まわりに追いつこうとして必死に頑張ったから他人事だと思えなくてさ、それに和菜先輩の弟なら伸びしろ無限大だよ」

 なにかに付け比較される姉の名前が出ると今でも悔しさがこみ上げる。それでも表情を変えないでいられるくらいには慣れていた。

「感謝、感謝。学年一位が言うと希望が見えるよ。まあスタートラインにすら立ててないけどな俺」

「まずはレポートだね……今日は誘ってくれてありがとう。それじゃあまた来週自習室で、で良いのかな」

「そうだなまた来週。次会う時はビューラーを忘れずにな」

「うう……また事実陳列罪」

 そう言い残すと篠原はいそいそと鳥居をくぐって境内へと消えた。たぶん慌てて裏口を使うのを忘れてるなあいつ。案の定石段で躓いたぞ危ねえ。





「ただいま」

 自宅のドアを開けリビングに行くと俺の天敵、つまり姉ちゃんの由木和菜が鎮座していた。平たく言えばソファで寝ていたのだ。

 姉ちゃん記憶には睡眠が必須だという独自理論を持っていて勉強モードに入ると暗記→睡眠→暗記→睡眠を短いスパンで繰り返す。勉学に行き詰まった時のセリフが「もう眠れない」だなんて考えられるか?

 俺も以前姉ちゃんの真似をしたことがあるが全く記憶出来ずに体調だけ悪くなった。多分自律神経あたりが駄目になる。何事も向き不向きがあるのだろう。

 今日はカレーか……。俺はカレーを温め直すとご飯をよそう。

「……ん」

 カレーの臭いに釣られたのか姉ちゃんが伸びをして目を覚ます。見苦しい、腹が出てんだよ……太っているって意味じゃなくて肌が見えているって意味で。

「おっお〜久しぶり、逸人じゃないか。この臭いはカレーか腹減ったし私も食べるか」

 こんな事を口にするが翻訳すると「逸人メシの準備して」だ。真の暴君は命令すらしない。父さんも母さんも結果を出し続けている姉ちゃんには何も言わないからこんなモンスターが誕生するんだ。

「どうせならもう五分早く起きろよ。温めるの二度手間になるだろ」

 せめてもの抵抗。だが姉ちゃん気にした様子もなくダイニングチェアに座る。しかも胡座で行儀が悪い。

「ほらよ」

 俺がカレーの皿をテーブルに運ぶと、

「らっきょうは?あと飲み物」

「セルフだよ。全部俺まかせかよ」

「セ◯レだよ。全員集合……だなんて爛れた生活。お姉さんは貴方をそんな子に育てた覚えはありません」

「この常時発情期女、そもそもお前に育てられてねえよ」

「情事発情だなんてそんな……セクハラ」

「どっちがだ。脳みそ湧いてんのか」

 エロネタを被せてくんな。姉ちゃんの相手は疲れる、常識もなければモラルも無いついでに品性の欠片もない。身内ってなんでこんなにウザいんだろうな。

「まあそれはそれとして、楽しそうじゃない、今日は何かあったのかなー」

 かと思えば俺の事をよく観察してたりする。そうか楽しそうなのか俺。

「久しぶりに遊んだからな」

 学校に復帰してからはまだ一週間。ただ怪我してからなら数ヶ月ぶりの遊びだ。

「そうじゃなくて……女の匂い」

 そんなはずが……俺が制服の袖口の匂いを嗅ぐが普段と違いはない。

「やっぱり。逸人も成長したねえ。私がおばさんになるはずだよ」

 しまった罠だ。にやつく姉。なにがおばさんだただの耳年増のくせに、俺はこれから始まる姉ちゃんの取り調べに戦慄した。

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