狂愛
狂愛
呼び出されるまま、体育館の裏、人気のない体育倉庫へと向かった。今は使われてないらしく、中にあるマットは汗とまじって強い埃の臭いを感じる。
「はじめまして、君が
入り口から声が聞こえる。先ほどとは違い、強いホワイトムスクの臭いを感じる。苦手な臭いだ。
「はい、本日はどのようなご用件で?」
私はできるだけ冷淡に答えた。下手に笑ってごまかすより、警戒している、ということを相手に知らしめるために。
「大した用事じゃないんだよ。ただ、お話、したいなって」
貼り付けたような笑みの奥を見透かそうとしたが、演劇部のプロは伊達ではない。ただ、これが友好的な表情ではないことだけがわかる。
「僕と朔夜が幼馴染なのは知ってるよね、昼に盗み聞いちゃった」
そうして一歩、また一歩と私に歩を進める。
「僕はね、朔夜のこと誰よりも昔から、誰よりも近くで見てきてたんだよ」
壁に追い込まれた。彼女の肘が大きく音を立てて顔の横の壁を叩いた。口から小さな悲鳴が漏れる。
「僕はね、彼女のことを愛してる。君みたいな虫が付かないように僕は王子さまを演じている。けれど君は僕のことを無視して彼女に向かっていった。僕はそれが許せない」
眼前に迫る彼女の目は大きく見開き眼球が飛び出そうなほどだった。とても王子さまとは言えないその表情は悪魔そのものだった。
「だけど僕にも情がある。だから、提案を」そう言いながら後ろに一歩下がった。私は彼女の一挙手一投足を見逃すわけにはいかない。命の危険が眼前に居るのだから。
「あと三日、猶予をあげる。その間に彼女に別れを告げて、荷物をまとめて文芸部を辞めてくれるよね。もちろん、ただでとは言わないよ。僕のファンクラブに特別ご招待、一気に最高ランクから始めさせてあげる」
そんなものに興味はない。
「それじゃあ、色好い返事を期待してるよ、お姫様」
そういいながら彼女は逆光に消えた。恐怖で体が震える。逆光の向こうで何かが音をたてた。
急いで入り口から外を確認したけれど、蝉が鳴くだけだった。
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