不要とコロニーから捨てられた天使が、文明崩壊後の地上でおっさんたちに溺愛される。~シビル・ヘリテージ~ 世界を敵に回しても、この日常を守り抜く

らぱすてー

第一話 輝くもの天より墜ち

「ふう、これでひと息つけるな」


 クワを手にした男が見上げた空は、いつもと変わらぬ薄曇りだった。

 それは、『冬の始まり』と呼ばれたナノマシン暴走によってつくりだされた晴れる事のない雲だった。

 

 日照量が著しく減ったことにより、今では夏でも10℃いけば良い方。

 地上は、終わりの見えない寒冷期へと入っている。


「私も随分と畑仕事が板について来たもんだ」


 マメのできた掌をさすりながら、そう自嘲気味に呟いた男は、畑を出ていった。


 男の名はアレン。

 かつてはペン一本で星々の興亡を描き出したSF作家だったが、今となっては読者は極々限られている。

 もっとも、ここ数年はペンの代わりにクワやレバーを握ることの方が圧倒的に多いのだが。


 彼が足を踏み入れた屋内は、寒々とした外が嘘のように暖かかった。

 この場所は元々、ナノテク全盛の黄金時代に、あえて不便な『侘び寂び』や『アナログ生活』を愛好する変わり者たちが造り上げた、いわゆる数寄者のための会員制サロンだった。


 イノシロウが造ったリョカンには畳が敷かれ、オンセンまである。

 当時は「懐古趣味の変人たち(ギーグス)」と笑われたそれらが、文明が崩壊し、ナノマシンの魔法が解けた今となっては、人類が持つ文明の「最前線」になっているのだから皮肉な話だ。


「……さて、本業に戻るか」


 アレンは泥のついた作業着を着替え、基地の奥にある自室――機材倉庫を改装した書斎へと戻った。

 愛用の旧式タイプライター(アンティークの高級品だ)に向かう。だが、キーの上に置いた指は、そこから動こうとしない。

 白い紙を見つめて数十分。打てた文字は一行もなかった。


 スランプだ。ここ最近、面白いネタが全く浮かんでこない。

 ただ凍え、飢え、奪い合うだけの毎日。

 どんな色彩豊かな嘘(フィクション)を書いても、灰色に塗りつぶされるイメージしか湧かなかった。


「ダメだ、煮詰まった」


 アレンは大きく息を吐くと、気分転換のために部屋の小さな窓へと歩み寄った。

 分厚い防弾ガラスの向こうには、相変わらず鉛色の夜空が広がっている。

 星一つ見えない、死んだ空だ。


 その時だった。


 分厚い雲の層を突き破り、一筋の強烈な光が地上へと落ちて来るのが見えた。流れ星ではない。あれは、明らかに人工的な輝きだ。

 制御を失って落下した旧時代の衛星か、定期的に落ちて来る宙からの物資か、それとも――。


 このままだと近くに落ちそうだ。


 アレンは急ぎ、住民たちに声をかけて回った。

 

「おい、みんな! 空からなにか落ちてくるぞ!」


 アレンは叫びながら廊下を走り抜ける。


「廊下を走るなアレン! 埃が舞うだろうが!」


 真っ先に声を荒げたのは、頭に手ぬぐいを巻いたイノシロウだ。

 彼はちょうど、貴重なカボチャスープの火加減を見ている最中だった。


「なんだぁ? お前の新作小説の読み聞かせなら、明日にしてくれよ……」


 広間でコタツの主と化している隻眼の男、プリスキンが不機嫌そうに欠伸をする。

 だが、端の方で腕立て伏せをしていた男――ファルケンバーグは、アレンの言葉を受け、即座に立ち上がった。


「宙からの投下物資か?!」


 ファルケンバーグの鋭い声が飛んだ、その直後だった。


 ズゥゥゥゥ――ン!!


 腹の底に響くような重低音と共に、建物が揺さぶられた。

 イノシロウが慌てて、揺れる鍋を押さえる。


 地震ではない。質量の塊が、すぐ近くの地表に激突した衝撃だ。

 揺れが収まると、部屋に静寂が戻った。


「……落ちたな。距離は近いぞ」


 部屋の隅、影の中で道具の手入れをしていた男が、静かに口を開いた。

 この変わり者たちの集団(ギーグス)を束ねるリーダー、レドリックだ。

 

 彼は手にしたバールで軽く掌を叩くと、ニヤリと笑って立ち上がった。

「空からの贈り物だ。今回は運よく近くに落ちたようだな」

「爆発物解体が必要になったら言ってくれ」


 プリスキンが憎まれ口を叩きながらも、コタツから這い出し、愛用のナイフを腰に差す。

 文句を言いながらも、彼らの動きは早かった。


 ここでの生活において、宙からの「資源」は何よりも優先される。

 

「イノシロウ、お前は留守番だ。リンジー先生と拠点を守れ」

「あいよ。帰ってきたら温かいスープを出してやるから、死んで帰ってくるんじゃねえぞ」


 レドリックの指示に、イノシロウが鍋をかき混ぜながら応える。


「アレン、お前も来るか? 『ネタ探し』には丁度いいかもしれんぞ」

「ああ、そうさせてもらう。スランプの特効薬が詰まっている事を祈るよ」

 

 アレンもまた、部屋の入り口に立て掛けてあった自分のクロスボウを手に取った。

 分厚い防寒コートを着込み、ゴーグルを装着する。重い扉を開けると、夜の底冷えた空気が流れ込んでくる。


「手早く済まそう、テイカーが寄って来るかもしれん」


 『テイカー』

 自らは作り出すことをせず、奪う事で生計を立てる連中。

 行きつく先は破滅しかないのだが、今さえ良ければよいという、刹那の快楽主義者たちだ。


 極寒の闇の中、男たちは赤々と燃えている方角に向かって走り出した。

 外の世界は、どこまでも続く荒涼とした平原だった。  雪こそ降っていないが、湿った冷気が肌にまとわりつき、容赦なく体温を奪っていく。  アレンはクロスボウを抱え直し、先行するプリスキンの背中を追った。


 視界を遮る高層ビルや廃墟の群れは、ここにはない。  あるのは、風に揺れる枯れた雑草と、地平線まで広がる灰色の荒野だけだ。  かつてナノテク全盛の時代、レドリックという物好きが、ただ「静寂」を手に入れるためだけに買い占めた広大な私有地。それが今や、誰も近づかない天然の要害となっている。


「……おい、ここだ」


 先頭を行くプリスキンが、何もない平原の真ん中で足を止めた。

 彼が指さした先、地面が大きくえぐれ、黒い土が放射状に飛び散っている。

 そのクレーターの中心に、煙を上げる黒い金属の塊が鎮座していた。


 最後尾を警戒していたファルケンバーグが、周囲を見渡しながら呟いた。

「今の所周囲に敵影はないが、あの音だ、外を見ていなかったとしても気が付かれたはず。暫くは襲撃に警戒が必要だな」


 四人は視線を交わし、慎重にクレーターの底へと降りていった。

 近くで見ると、それはひどく損傷した輸送ポッドのように見えた。

 表面は衝撃でひしゃげ、所々から燻るような煙が出ている。この時点で救援物資ではなく廃棄ポッドなのだろうと当たりが付いた。


「よし、開けるぞ」


 レドリックが愛用のバールを隙間にねじ込んだ。

 ギギギ、と不快な金属音が響き、プリスキンも手伝って無理やりハッチをこじ開ける。

 プシュウゥッ! という音と共に、内部の空気が抜け――


「……まあ、そうだよな」


 中を覗き込んだプリスキンが、露骨に舌打ちをして唾を吐いた。

 中身は、焼けただれた配線や、ひしゃげたパイプ、溶解したプラスチック片が詰まった、正真正銘の「廃棄物」の山だったのだ。


「スランプの特効薬はありそうにないな」

 アレンがぼやくと、レドリックは首を振って瓦礫の山に手を突っ込んだ。


「待て、悪くないぞ。見ろ、こいつは強化合金のボルトだ。こっちは銅線が生きている」

 レドリックは嬉々として汚れた金属片を拾い上げた。

 

「イノシロウが欲しがっていた配管の継ぎ手も作れそうだ。これだけの金属、地上で集めるとなれば一苦労だぞ」


「……まあ、違いない。もうこの辺りのジャンクは取りつくした」

 プリスキンも気を取り直し、ナイフで配線を切り取り始めた。

 ナノマシンの恩恵が消えた今、精錬された金属はそれだけで貴重な資源だ。ゴミ拾いこそが、今の彼らの生命線だった。


 男たちは、鉄屑の山をかき回し始めた。  数分後。  ガラクタを放り投げていたレドリックの手が、ふと止まった。


「……おい。こいつを見ろ」


 彼が廃棄物の奥底から引っ張り出したのは、廃棄物に似つかわしくない真っ白な美しい球体だった。

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