このまま君と遠くまで

下井理佐

第一話 出来心

 三山琉みやまりゅうは窓から差し込む朝日にため息をつく。

 気だるい体をどうにか起こし、出勤の準備をする。

 革靴を履き、玄関に鍵をかけるといつもの通勤路を歩く。

 秋だというのに、未だに暑い。

 暑さと仕事に対してのだるさ。

 それが琉の足取りを重くさせた。

 アスファルトを眺めながら思考を巡らせる。

 

(俺って何のために働いているんだろ……)


 趣味もなければ欲しいものがあるわけでもない。

 ただ義務付けられているから働いているだけ。

 地の底にあるモチベーションでは今日を真面目に過ごせる気がしなかった。


「……休むか」


 自分がいなくても会社は回る。

 なら今日休んだところで問題はないはずだ。

 バス停があるベンチに座り、会社に電話をかける。


「通勤途中で気分が悪くなったため休みます」

 

 電話口の上司は呆れた様子だったが休みの申請は通った。

 さて、帰ろうかと立ちあがろうとした瞬間、隣に座っていた男から声をかけられる。


「サボりですかぁ?」


 その言葉に肩をびくつかせ、視線を男に向ける。

 そこには高校生くらいの若い男が座っていた。

 茶髪で長い前髪に、猫のように大きな目が特徴的な男だった。

 若い男はニヤリとしながら話す。


「俺と遠くに行かない?どうせ仕事休みでしょ?」

 

 職場と自宅を行き来するだけの生活に退屈し、どこか遠くに出かけたいと思っていた琉にとって、その提案は魅力的すぎた。

 琉はニヤリと笑う。

 

「いいよ、どこに行くの?」


 若い男は首を傾げながら考える。

 その仕草がどうにも艶っぽく見えた。


「そうだなぁ、俺が知らない場所まで?」


「何それ、冒険ってこと?」


「そうそれ!いいじゃん冒険、付き合ってよお兄さん」


 琉は久しぶりに心が躍る。

 こんなにワクワクするのは大学以来だ。


「あ、俺は三山琉、琉って呼んでよ。あんたは?」


「んー、……冬陽ふゆひ


 冬陽はニコリと笑うとベンチから立ち上がり、琉に手を差し出す。


「行こ?」


 琉は冬陽の手を取ると、行き先も見ずにバスに乗りこんだ。

 こうして二人の三日間の短い旅が始まった。


 

 適当にバスを乗り継ぎ、二人が目指したのは南だった。

 冬陽曰く、そっちの方が暖かそうだから。

 暖をとりに行く猫かよ、と琉は思った。

 バスの中で二人は声を顰めながら話をする。


「冬陽って学生?めっちゃ若く見えるけど」


「あー、そんな感じ?琉は何の仕事しているの?」


「俺?俺はただの営業。社会人なりたてだから仕事全然できないけどね」


「なのにサボったんだ?」


「だってだるいじゃん働くの。あー大学生に戻りてー」


 そんな他愛のない話をしながら二人は街の中心地で降りた。ここからなら更に遠くの場所まで行ける。

 辺りを見回せば、通勤ラッシュが過ぎたためか人通りはやや閑散としている。

 

「久々に来たけどやっぱでっけぇな」


「……すげぇ」


 冬陽は物珍しそうに辺りを見回している。

 まるで初めて大きな街に訪れたような様子だった。


「もしかしてここら辺の生まれじゃない?」


 冬陽は視線を泳がせながら答える。

 

「あー、まあそんな感じ?」


「そればっかじゃん」


 琉は笑いながら冬陽の肩をポンと叩く。

 冬陽はケラケラ笑いながら琉の肩にもたれかかる。


「えっ」


 いきなり距離を詰められて思わず驚いた声を出す琉に、冬陽は焦った顔をする。


「あ、ごめん、つい癖で」


「どんな癖だよ」


 琉は再び笑うと、スマホで時間を確認する。

 時間は昼前だった。冬陽と話すのが楽しくて空腹に気が付かなかった。


「腹減ってない?」


 冬陽はその言葉に目を輝かせる。


「めっちゃ減ってる!」


「じゃあ適当に食おうぜ、ファミレスでいい?」


 いいよ!、と明るく冬陽は答え、琉を置いていく勢いで歩き出した。


 

 適当なファミレスに入る。

 昼時だからかやや混んでおり、わずかに騒がしい。

 冬陽はキョロキョロと店内見回している。


「そんなに珍しい?あんま来たことない?」


「あー、まあ?」


「そんな感じ?」


 口癖を真似る。

 冬陽は一瞬だけぽかんとした顔をし、その後ケラケラと笑い出した。

 琉もつられて笑い出す。


「そんなに言ってる?俺」


「めっちゃ言ってる」


 嘘だー、と気の抜けた声を出しながら、冬陽はニコニコしながらメニューを捲る。

 しかし、金額をぼそっとつぶやいては残念そうな顔をして次の商品に目を向ける。

 その様子に琉は声をかける。

 

「ここ安いし奢るよ」


「え、なんで?」


「金ないんでしょ?分かるわー俺も大学時代金なかったもん」


 そんな会話をしながら琉はグリル定食を頼む。

 冬陽は遠慮がちにカルボナーラと小さめのチョコレートパフェを頼んだ。


「もっと頼めば?」


「え、悪いよ。それにあんま満腹になるとさぁ」


 冬陽は不自然に言葉を切る。


「腹一杯になると?」


「……いや、何でもない」


 ふーん、と琉は気にする様子になく話を続ける。

 

「んで、どこいくよ。ここら辺で適当に遊ぶ?」


「んー。もうちょい遠くに行きたいかも?」


 冬陽は不安げに琉を見る。

 琉はそんな視線に気付きつつも、気付かないふりをしながら答える。


「いいよ、もうちょい遠くまで行ってみるか」


 冬陽は安心したように笑うと、琉をじっと見つめながら、


「ありがと、おにーさん」


 とまるで男を誘うような笑顔で言った。

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