目隠しと線
かなぶん
目隠しと線
夕焼けに染まる嵐の中、轟音に紛れたその声を頼りに進む。
辿り着いた先で、足を怪我した愛犬を見つけたカヤは、自身の傷も忘れてほっとし、痛々しい姿を抱きしめた。
冷え切った雨、風に巻かれた石や枝に叩かれても、腕の温もりに安堵する。
――だが。
「っ!?」
帰りの道を求めて振り返った直後、襲いかかる突風。
息も詰まるソレに続き、視界に入るのはこちらに向かってくる大木の影。
まだ子どもの域を脱しておらずとも、死を予感させる光景に、カヤは意識を飛ばす直前、その姿を確かに見た。
吹き荒ぶ風の中心に立つ、人の姿を――。
* * *
カヤの地元では、五年に一度、決まって起こる自然災害があった。
それが、彼女が十三歳の時に初めて目撃した、他に類を見ない大嵐。
だが、経験して以降、カヤには絶えず一つの疑問がつきまとう。
あの大嵐は、本当に「自然」なのか、と。
周期的に起こる災害があるのは知っている。
しかし、あの大嵐に関しては、自然というには不自然な点が多い。
まず、周期的に起こる災害にしては、時期にほとんどズレがない点。
一日だけこの地を蹂躙する大嵐は、夏のとある三日間で必ず起こるのだ。
お陰で対策はしやすいとも言えるが、そんなあからさまに、人の暦上で成り立つ自然災害などあるだろうか。
もう一つは、そんな自然災害が始まったのが、今から四十年ほど前という、自然の観点から見れば、おそらく最近と呼べる点。
それなのに、町の皆はコレを始まりとし、五年ごとに起こることを周知の事実としている。どう考えても不自然極まりないだろう。
そして……最後に、カヤが何よりも引っかかっているのは、十三歳のあの時、嵐の中で目撃した人影だ。
完全に姿を目撃した訳ではないが、あの大嵐の吹き荒ぶ風は、その人物を中心に外へと放出されていた。
当時のカヤは、そのことを周囲の人間に話したものだが、誰も取り合ってはくれなかった。それどころか、起こることが分かっている災害に備えもせず、只中に飛び込んだばかりか、親に内緒で「愛犬」を飼っていたこともバレ、大目玉を食らってしまった。――その後、正式に家の子になった犬は、今では拾い主であるカヤよりも、父や母に懐いていたりするのだが。
それはそれとして。
昼休み。日陰のある公園のベンチで昼食のパンを貪るカヤは、ギラギラした目で自分の手帳を読み耽る。
(前回の時は、前々回の時のせいで、監視の目が厳しかったけど)
十三歳の時にまさか抜け出ると思っていなかった娘への監視は、親だけに留まらず、近所のおじさんおばさん、親友と呼べる友人にまで及んでおり、十八歳に起きた大嵐の時は、大人しく彼らと過ごすしかなかった。
(でも、今は一人暮らしだし、仕事だってしている大人だし)
もちろん、大嵐の中に飛び込むつもりはない。
あの場所から生き延びただけでも奇跡なのだ。
ただ、あの時の状況は今も鮮明にカヤの記憶に焼きついている。
ゆえに、準備をするだけだ。
(あの時はこの辺で見たはず。同じ場所に現れるか分からないけど、とりあえず、今回はこことここに、あのカメラをセットしておいて)
生身がダメなら、機械の目で。
生活を切り詰め、なんとか手に入れた丈夫かつ高性能な二台のカメラ。
セットするのは一週間後、大嵐が起こるとされる三日間の前日だが、そのためにも誰にも気づかれない場所を探る必要がある。
そうして顔を上げ、改めてあの時の場所――公園の植木に視線を向けたカヤだが、その視線はすぐに別の対象へ吸い寄せられた。
(……あの子、なんだろう? 気になる……)
町の人間の人相を全て把握している訳ではないが、この辺りでは見かけない顔だ。
とはいえ、さして珍しくもない長い金髪に、夏らしい服装。
注目する点はないはずだが、ただの通行人として片付けられずにいる。
(あ、もしかして)
少女のある動作に気づき、残っていたパンを全て口に、少女の下へ駆け寄る。
「あの、初めまして。何かお困りですか?」
なるべく警戒心を抱かれないよう尋ねたなら、黒い目がカヤに向けられた。
ただし、鏡のような瞳にはカヤの姿が映っているものの、視線は合っていない。
(やっぱり。この子、目が……)
自分の予想が合っていたことを察し、返答を待つ。
周囲をキョロキョロと、見渡すにしては不自然な目線を送っていた少女は、少し戸惑う顔をして後、
「ああ、ありがとうございます。でも、大丈夫です。人を待っているだけですから」
「そうですか。……でも、それじゃあせめて、あそこのベンチで待ちませんか? この辺の気候は夏でも過ごしやすいですけど、日差しの中より、日陰で待つ方が良いですよ」
いつもであれば、こんなお節介をすることはない。
それでも思わずそんな声かけをしたのは、少女にはどこか放っておけない雰囲気があったためだ。
カヤの申し出に、少女は迷う素振りを見せたが、無意識に汗を拭う自分の手に気づいては、申し訳なさそうに頷いた。
少女は名をソラと言った。
この辺りでは見かけない顔と思ったとおり、他の町から来たソラだが、その理由は観光ではなく、仕事だという。
カヤは正直驚いたが、これを感じ取ったのだろう。ソラは慌てたように、自分の仕事はパートナーの補助だと付け加えた。
(パートナー……仕事上のパートナー? それとも、恋人か……まさか夫とか?)
興味は惹かれたが、聞くことも憚れる。
「へぇ……。お仕事って、何のお仕事を?」
無難な方に逃げたなら、思わぬ答えが返ってきた。
「ええと、確か……すとりっぱー、だそうです」
「…………」
彼女の目が見えなくて良かったと言うべきか。
何とも言えない顔になっている自分にそんなことを思えば、ソラは言う。
「あの、すとりっぱーとはどういう職業なのでしょうか? 私は彼の補助をしているのですが、取り次ぎのような仕事なので、この職業についてあまり知らなくて。他の方に聞いても、詳しくは教えてくれないのですが……」
「んー……」
顔も知らないパートナーとやらに怒りが湧いてきた。
こんなうら若い少女に、とんでもない仕事の補助をさせんな、と。
しかも、見たことはないものの、おそらく視覚情報が重要になるであろう仕事の補助に、目が見えない相手を選ぶなど。
(なんて説明しろって言うのよ。そりゃ、他の人ってのも答えられないって!)
悩むカヤが、いっそ昼休みが終わりそうだからで離れるべきか、と思っていれば、
「そういえば、この場所には変わった自然災害があると聞いたのですが」
答えられない空気を察してか、ソラがそんな話題を振ってきてくれた。
気を遣わせたことは申し訳ないと思いつつも、内容が自分の得意分野と来たなら、カヤの切り替えは早かった。
「そう、そうなんですよ! いつも通りなら一週間後、決まってその三日間の内に来る、変な大嵐があるんです! というか、やっぱり変ですよね!?」
恒例行事のように受け入れられた自然災害。
どれだけカヤがおかしいと思っても、誰も同意してくれなかった過去。
それゆえの力の入れ具合に、少女は不思議そうな顔をする。
「変だとは思いますけど……もしかして、他の人は変だと思っていないんですか?」
「そうなんです! 少し調べればこんな定期的に、人の暦に沿って起こる自然災害なんておかしいって分かるのに、誰も変だって賛同してくれなくて! 私の話なんて誰も聞いてくれないんですよ! あの大嵐は絶対、あの人影が起こしているのに!」
「人影……? 人が大嵐を起こしていると?」
「!」
熱が入ったばかりに、自分の中に留めるべきだった考えまで発してしまった。
慌てて口を押さえるカヤだが、そんな姿を見ることもない真っ黒の瞳は、合わない視線ながら興味深そうな様子を見せてくる。
カヤはしばらく誤魔化す言葉を探すが、結局はソラに話すことにした。
何より、こんな風に自分の推測を聞いてくれる相手は、初めてだったから。
あの時に見た人影の詳細を話し終えれば、近づいてきた姿がある。
「ソラ! ごめん、お待たせ!」
「お疲れさま、テイラ」
若い男の声と親しげに微笑むソラ。
対し、
(は? コレが例のストリッパー……?)
その姿を視界に入れたカヤは、相手の格好を見て絶句した。
ストリッパーなのに服を着ている、のは公序良俗的に当然としても。
(夏なのに、この格好は一体……)
顔も見えない目深に被った帽子、首元を覆い隠すマフラー、全身を覆うコートに手袋、長いズボンに靴下、革靴……。
肌の一切を見せないその格好は、どこからどう見ても、不審者である。
ソラやカヤよりも上背があり、肩幅もあるため、余計にそうとしか見えない男に思わず頬が引き攣れば、ソラの手がこちらへ向けられた。
「そこで待っていたら、こちらのカヤさんがこのベンチを勧めてくれて」
「あ、そうなんだ。良かった。君のことだから、気温関係なしに探しやすいところで待っているかもと思って。すみません、ありがとうございます!」
「い、いえ……」
カヤの方を向くなり、勢いよく下げられる頭。
こんな格好ではあるが、もしかしたら中身は爽やか好青年なのかもしれない。
こんな格好でさえなければ。
(……ああ、でも、ストリッパーなら、そうか。顔とかバレていると面倒がありそうだもんね、うん。いや、でも……)
想像とはだいぶ斜めをいく姿と性格に何も言えないカヤの前で、二人は気安いやり取りをしている。
これを見るともなしに見ていれば、唐突に話が「大嵐の中の人影」になり、二人の顔がこちらに向けられた。
合わない視線と、どこが目かも分からない視線と。
「あの、何か?」
妙な緊張感にそう尋ねたなら、再び互いを見合った格好の二人が頷いた。
そうして、再びこちらを向いたソラが言う。
「カヤさんには先に謝っておく必要がありますね」
「え?」
「せっかく高額のカメラを二台も購入されたのに、終わってしまいますので」
「な、何が……?」
「変な大嵐は今日の夕方で、金輪際起こらなくなるんです」
「……はい?」
続け様の話に混乱していれば、テイラと呼ばれていた不審者姿が言う。
「良かったら、夕方にここへ来てください。カメラには撮れないでしょうが、大嵐の最後には立ち会えますよ」――と。
翌朝。
ぼーっとする頭で職場へ休むことを連絡する。
体調はすこぶる良好だが、精神は擦り切れていた。
原因はもちろん、昨日の夕方に経験した、おそらく今後、二度と触れることはない光景のこと。
大嵐の中の人影以上に、誰に言ったところで信じてはくれないだろう。
撮れないと言われたカメラも、一応回していたが、何も撮れなかったのだから。
昨日、「アレ」を目撃した公園のベンチに腰掛け、すでに町を出たと思われる、ソラとテイラの二人の過去の姿を目に映す。
夕方、半信半疑で訪れ、カメラを回し始めたカヤ。
特に注意もしない二人は構わず、何かを地面に書き記していた。
それは魔法陣と呼ばれるものであり、空想の世界にある手法。
思わず、その手の連中だったのかと引き、こんな人目のある時間帯にすることなのかと問えば、ソラが困ったように笑って言った。
「今でなければ、いくらテイラでも貴方を助けることは出来ないでしょうから」
不思議な言い回しに眉を寄せれば、彼女は続けて、
「それに、人払いは済ませてあります」
確かに、夕方の公園には珍しく、遊ぶ子ども姿も、夕涼みする老人の姿もない。
その事実に遅れて気づき、ゾクッと鳥肌が立ったのも束の間。
「じゃ、始めるね」
そう告げたテイラがおもむろに手袋を脱ぐ。
と、それが地面に落ちた途端、落書きでしかなかった魔法陣から光が発せられ、風が巻き起こる。
「なっ!?」
驚きながらもカメラの起動を確認していれば、手がぎゅっと握られた。
見れば、ソラがベンチへ座るよう促してくる。
「大丈夫だとは思いますが、念のために座っていてください。カメラも倒れることはありませんので」
「う、うん」
柔らかい声音だが、異常を前にしては穏やかなソレに有無を言わさぬ力を感じ、ソラと共にベンチに座る。
その間にも、テイラが次々に着ている物を脱いでいく。
(な、何を見せられて、ううん、何が起こっているの?)
テイラの行動は彼が帽子を取った辺りから不鮮明になった。
併せ、輝きを増す魔法陣。
(大嵐の中に、人影……もしかして、これって)
信じられないと思いつつも、見覚えのある光景が魔法陣の中で展開される。
魔法陣の外のこちらには、ただ強風が吹き、その中は大嵐そのもので。
その内に、微かな音がカヤの耳に届いた。
それはあの時、頼りにした愛犬の鳴声と――
「もしかして、私の……声?」
勝手につけた愛犬の名前を、子ども域を出ない声が連呼している。
と、魔法陣の中に小さな影の塊を二つ見つけ、と同時にそこへ真っ直ぐ向かう大木の影を見る。
当たれば死は確実。
実際経験し、傍目から見ても血の気の引く光景に息を詰めたなら、魔法陣の中心から一陣の風が放たれた。
鈍い音を立てて粉砕する大木。
小さな影は直前に倒れており、その姿は地面に沈み、上には大木の欠片が降る。
(そうだ。確か私はあの時、気を失って、気づいたら病院のベッドで……後から聞いた話では、丁度くぼみにはまっていて、そこに木の板が偶然嵌まっていたから助かったって。犬の鳴声で助かったようなものだから、あの子も家で飼えることになって)
だが、それは全て、過去の話であったはず。
では、今ここで見ている光景は何なのか。
処理しきれない情報に瞠目していれば、ソラの声が静かに、しかしやはり目の前の光景より遥かに理解しきれないことを言う。
「あの大嵐は大昔の遺産だったんです。元々は何かの動力だったのでしょう。でも、それを使える場所は失われていて、何かの拍子に力だけが解放された。人の暦通りに動いていたのも、そう設定されていた名残なのでしょう」
「……あ、あなた方は、一体」
ようやく声に出せた問いかけ。
ソラを見れば、合わない視線ながらも、カヤは不意に気づく。
彼女には、この光景が見えているのだと。
「私は……私たちは、そういう者です。国を越え、この手の処理を行う、そういう機関に所属しています。言ったところで、信じては貰えないでしょうから、仕事をああは答えましたが」
淡々とそう告げたソラは、ふっと息をついて言う。
「でも、すとりっぱーだけは謎です。何故か皆、尋ねても教えてくれません。そう言った方が面白いと上司が決めたのですが、何が面白いのかは答えてくれませんでした。テイラもあまりよく分かっていないのに……」
これは、愚痴だろうか。
(……よく分からない仕事だけど、悩み方は似たり寄ったりね)
非現実的な光景を前にして、現実味を感じる愚痴。
そこに奇妙な救いを見出した気になっていれば、やがて魔法陣の中の嵐は止み、中心には不審者姿の男が一人。
(たぶん、服を脱いだらああいうことが出来るから、そういう職業を名乗らされているってことよね)
何一つ理解できなかった光景の中、見出した意味の無意味さに、カヤは大きくため息をついた。
一週間後、ソラの言った通り、起こることがなくなった大嵐。
しかし、不思議と混乱は起こらず、備える者も誰もおらず。
カヤは一人、そういうモノなのだろうと首を振った。
目隠しと線 かなぶん @kana_bunbun
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