十一歳で殺した初恋が、生きていた

ネルネル寧々丸

なんで?



梅雨にしては珍しく晴れた日曜日。

この日は、俺の両親、妹、メイドや執事。実質家族全員だな。家族でピクニック行こうとしてた。

梅雨の時期の晴れって珍しいから別荘の庭でピクニックすることにしたんだよね。小雨だったけど。

が来るまで、行く予定だったのは変わりなかった。


俺のお気に入りのメニュー、トーストエッグを頬張りお母様、お父様とは一緒の食卓。2人はいつも味噌汁を飲んでいた。

妹はかなりの早食いなので、4人の中で一番最初に甘いパンケーキを食べ終わり席を立っていた。


……今でも治ってないんだよなあ、早食い。


ネグリジュ姿のまま、4人用の食卓の横にある、小さなドレッサーに退屈そうに座り、2人のメイドに髪を結わせていた。食べ終わったら暇だからね。


「お兄様!いつまで朝ごはん食べてるの!ーーもーーも、みんな仕事してるよ!」


「まって、髪を結ってる時間は走り回らないでください志姫姫様!」

  

そんな俺なんて見えているはずもない、志姫に付いてるの8歳の2人のメイド。無邪気で可愛かったが…名前は忘れた。


お父様もお母様も、一言くらい注意をしたらいいものを、いつも「可愛いからいいかなって思っちゃって」とか言って。本当に懐かしい。会いたいなぁ。


背中の真ん中あたりまである、編み込み途中の黒髪を振り回しながらこっちに駆け寄ってくる5歳の妹。父親譲りの白まつ毛の下には早くピクニックへ行きたいという、きらめいた欲望が透けて見えた。


メイドの名前連呼して、自分の正しさを強調して、しかもわざわざ姫様呼びまでさせる俺の妹、めっちゃ可愛くない?いや当たり前なんだけど。可愛すぎてため息止まらない。

まあそんな志姫の愛おしさに気づけていない、愚かで、幼かった俺は、彼女の期待を嘲笑で返した。


「出発時間10時だしいいに決まってるじゃないか。俺ら雇ってる側だからね?ゆっくりしててもいーの」


そして今まで幸せを、噛み締めるような顔をしていたお母様が突然口を尖らせ。


「あのね圭吾、雇ってる側とは何事ですか!事実は言葉を選び口に出すものなのです!志姫も志姫ですよ!あなたは落ち着きというものをいい加減覚えなさい!たかが3分もじっとしていられないのはお天馬にも程があるわよ…」


母は兄妹俺たちが間違えると決まってそう叱責した。いつも言うことはほとんど同じ。


「でも可愛いから許しちゃうんでしょ?」


お父様がそうからかって


「まあね。天使がいたら許しちゃうでしょ?」


お母様が眉を顰め口角を上げ。ニヒルな笑顔でそう答える。なんなら即答。

この夫婦漫才も、その漫才をスルーする使用人たちの表情も、いつもルーティンレベルで繰り返されている、日常だった。


日常だったんだけどな。

次の瞬間、窓がナイフで破壊された。

そのきっかけの音をはじめとし、窓のそばで掃除をしていたメイドの喉から赤と空気が漏れ出した。


声なんて出す暇はなかった。

代わりに味噌汁が床に溢れた。


「あーこの子は、メイドね!幸せだねえ、身の危険の無い職につけてさw」


ピンクのチャイナ服は元の色は白なのが見ればわかった。


当時としてはこれが現実とすら認識できなかったが、やはり家族の死は心に来るものだ。…もうとっくに俺も志姫もあっち側なのにね。


「旦那様方!2階へお逃げください!」


そう最年長だった執事長が叫ぶ。銃の音が聞こえたと同時、次はお父様が死んだ。眉間を一発。もう一発は外してたんじゃないかな。


白いまつ毛が綺麗だったお父様の目が、一気に焦点の合わない不気味な人形と化した。

肉親の脳みそが溢れ出てくる光景を、最も鮮明に覚えている。


けどね、せめて志姫には見せてはいけないと思った。

放心している顔全体を隠し、体を持ち上げ2階に向かう。


「ん?逃がさないよ、何があってもぉ瓜生の旦那と奥様だけはなあ?あっはは!」


使用人の敬称をバカにするように笑う

リビングの全員が殺された。


今思うと、色鮮やかな殺害だった。プロの仕事だ。


腹が割れて、首が裂かれて。青いカーテンも一瞬で変色。青空の色がみるみるうちに赤くなっていったのを覚えてる。フローリングの上に内臓が散らばっててさ。匂いもきつかった…気がする。いやきつかったよ。息ができなかった。


ピクニックに使うはずだったカゴにだけ血がついてなかったのをやけによく覚えてる。


守ろうとして時間を稼ぐためだけに、彼らは死んだ。俺らのためだ。


今からお母様も死ぬ。


そんなことは考えられず、俺は志姫を抱えひたすらに階段を登る。よく食べる五歳児を抱えたまま登るのは辛かった。

お母様とにだけは生きてて欲しくて、頭が大変だった。なんで俺がこんな目に遭うのかわからなかった。


そんな物思いに耽っていると、下の階が一瞬静かになった。


「誰に依頼されたの?」


お母様が震えた声を発した。男の気色悪い笑い声が絶たれる。


「うへへ…瓜生!こんなクソみたいな世の中で!子供が目潰しショーやって小銭稼ぐ世界で、会社作っただけあるよ!」


階段を登っていた俺にすら、殺人鬼の異様な興奮が伝わる。今でも思い出せば吐き気がする。


「ばん!」


志姫の涙が服に染みて、冷たさを感じる。


「美人は肩撃ち抜かれても美人だねぇ。ほら、掛かり付け医いるでしょ?そこのアサシンだよ!!」


とてつもない声量だった。俺の耳にもよく届いた。膝の力が抜けた。

俺の知ってたあの人達は、優しかった。医療担当はあんなやつじゃない。


金なら大枚払ってた、なんで?わからなかった。わからない、今も分かりたくない。


「なんで」


過去の俺から出た声に感情は込められてなかった。俺と志姫を2階の誰かが運んでくれた。


2階より上には確か5人くらいいたと思う。皆淡々と俺らを守ろうとした。


怯えた、掠れた声を発したのは志姫だった。


「珠莉、おと、お父さまが、ーーが、ーーが!…お母さまが!」


言葉を詰まらせ、死んだ奴らの名前を、言葉を無理やり絞り出す志姫を宥めたのは1人のメイド。腰まである銀髪が綺麗だった。


「……姫様、大丈夫ですよ、お姉さんがついてます。ほら、珠莉お姉さんですよー」


不器用で下手な笑顔。一番優しい人。何があっても人を傷つけない子。顔に感情がすぐ出ちゃう。


珠莉。俺の幼馴染だった。


生きてて欲しい。俺の初恋の人。


生きてて欲しいって何?


俺は殺してないのに、俺じゃない、殺してない、死んでないよ死んでない死んでない!! 


死んでる?


んな訳ない。


ストレスで眩暈が止まらない。俺じゃない。俺じゃないから。

はあ。落ち着け。昔の話だし、これは圭吾だ…俺じゃ、シルクじゃない


昔の俺は今、志姫を部屋の隅で抱き抱えている。


珠莉は、みんなは迎撃のため、階段にいたはずだ。


んで、なんでもう目の前にメロンブレッドがいるわけ。その右手には手足をガムテープで拘束され、髪を鷲掴みにされた珠莉。


「やあ圭吾くん。あらあ志姫ちゃんもお声あげて泣いちゃって。ごめんねえ怖い思いさせて。」


全然志姫の声を聞いた記憶がない。覚えているのは強い焦燥感だけ。

鷲掴みにされた髪を無理やり引っ張られ、珠莉の体が宙に浮いた。次の瞬間、彼女は俺の目の前に叩きつけられる。無抵抗なまま、床に。


「圭吾くん。俺はね子はなるべく生かしたいんだ」


志姫のメイドは殺したくせに。8歳だったぞ。いや今も8歳なんだけど。

声も出なかった。お母様も、さっきまで生きてた人たちも、死んだってわかったから。


「でね……あー。まあ、とにかくさ、この子殺して?」


「………………何言ってんの?」


幼い自分の声が聞こえる。


「んーとね。あー……暗殺者としてちょっとでも適性があること示して。はい、ナイフ。そうしたら君と志姫ちゃんは生かしてあげる。」


メロンブレッドは俺にナイフを投げた。カランころんと音がした。氷の音に似てる。…アイス買いに行ったな昨日。あれ美味しかった。


「……圭吾様! 私を殺してください、生きてください、志姫様と……志姫ちゃんと!」


目の前の珠莉が泣いていた。泣きながら、俺に向かって、自分だけ死ぬって言ってた。

脳の奥が詰まって動かない。喉が詰まって声が出ない。


「私が一番よく知ってるよ…圭吾くんが嫌味で意地汚い負けず嫌いで、でもすっごい私に優しくて優しくて」


珠莉の優しい声だけは覚えてる。


「…私を殺せ! 早く! いつこいつの気が変わるかなんてわかんない!」


こいつは最後まで優しかった。


「早くしてよ!ねえ!圭吾くん!!」


「いや焦んなくていいよ。同い年の幼馴染っしょ?ちゃんと殺してくれたらそれでいいから。」


何いってんだこいつマジで。

…何言ってるんだよ?



もう何も聞こえない。珠莉の声さえ聞こえなくなった。手と床が生暖かい。何があったんだろ。


いや、何もなかったんだよ。

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