ことのはと、つばさがはしる。
雨々降々
ことのはと、つばさがはしる。
たなびく、真っ青な髪糸は、長く。
その華奢で小さな体を支え、疾走へと導く二輪車は、プラチナの輝きを纏う像を夜道に残す。
金色の双眸はまっすぐにハイウェイの奥を見つめていた。
自身がスピードをあげればあげるほど鋭くなる風に臆することなく、ひたすら前を。
突如、背中へと飛ぶ、空気が破裂する音。
「!」
と同時に、二輪車が素早く傾き車線を変える。彼女のすぐ脇を、鉛の弾が駆け抜けていった。
それを皮切りに、破裂音は連なる。
再び弾丸が数をもって襲い来て——彼女の危機感の昂ぶりに、背の白い羽がぶわりと揺れた。
胸の真ん中にあるポケットに指を突っ込んで取り出したるは、一枚の白いカード。中央に、星型のエンボス加工がされている。
指を離せば、風に乗ってカードは回転しながら飛んでいき、弾丸の軍団と顔を合わせにいく。
そのカードの表には、黒いペンで『おふとん』と書いてあった。
字面は拙く、初めて字を書いたような、ぎこちなさが残るも、文字が言葉となり意味を持つには十分な力強さであった。
カードの体積が瞬く間に広がり、あたかも二輪車と彼女を守るようガードマンのように立ちはだかる。
鉛弾を全身で受け止め、穴だらけになりながら、己を生み出した者を守る白いふとん。しかし、巨大と言えど所詮ふとんはふとん。生まれ落ちて自立することはできず、倒れ掛かるところに——間の悪い黒塗りの車が一台、巻き込まれた。
男たちの悲鳴。そしてふとんを避けようとした車が横倒しになって止まる。
振り返った彼女は、その光がちらりと見えて、一瞬安堵の息を漏らしたが。
静止した車の脇から、一台、また一台と同じ形の黒い車たちが、向かってくるのが見えた。
「待て!!」
「止まらないと撃つぞ!!」
黒塗りの車たちはスピードをどんどんと上げてくる。
二輪車のプラチナの色彩が、追い縋ってくる車のヘッドライトを反射し、白く輝いた。
車から顔をのぞかせるのは、黒いサングラスに黒いスーツ。そして黒い挙銃を手にした、男たちだ。
二輪車の上で、まだ少女とも呼べないほどの幼子である見た目の彼女は、その男たちの姿を見て、顔を盛大にしかめた。
スピードを限界まであげた二輪車。
それに食らいつこうとする黒塗りの車たち。
真夜中と言えど、交通量がゼロとは言えないハイウェイの上で、双方は一歩も譲らない。
弾丸も、男たちの怒号も、少しずつ幼子へと近づいてきていた。
「止まれーっ!!」
彼女の指が、再び胸のポケットを弄る。
カードが一枚、ひらりと。その前面に大きく書かれた『いや』の一言が、一台の車のフロントガラスに貼りつく。
「なんて生意気な……!」
運転をしていた男が、ワイパーを起動しようとすると、もう一枚カードがぺたんっと引っついた。
「ん?」
そこには『おまえがとまれ』の文字。
男は、勢いよくブレーキを踏みぬき、後続の車に派手に追突された。
仲間が次々にリタイアしていく中、しかし黒塗りの車の軍団は、いまだに数台をもって二輪車を追いかけ続ける。
幼子の指がポケットの中に忙しなく伸びていく。
焦りからか、背中の羽をパタパタと小刻みに言わせ始めた彼女の背を見つめたまま、先頭を走っていた車の後部座席から、大きな体の男が顔を出す。
その男の手にあったのは、太い丸太のような銃身をもつ銃火器だった。
「おい殺すなよ!」
ハンドルを握る仲間が叫ぶ。
「わかってる! あの三輪車みてえなバイクに、あててやるだけだ! 真っ直ぐ走れよ!」
野太い声で返しながら、男は銃火器を構える。
二輪車を疾走させる幼子は、振り返らない。その背に銃火器の口が、ぴったりと向けられた。
男の掌が銃火器の引き金を、躊躇いなく引くと同時。
その口から、大人の拳はあろうかという大きさの鈍い金色の弾が発射された。
尖った先端で空気を引き裂いていく。そして、息もつかせぬ勢いで高速回転し続ける小柄なタイヤの頬を——とらえた。
爆発音と共に、翻るプラチナの二輪車。
重力を無視したその一瞬、高く高く打ち上げられて、乗っていた小さな体は跳ね馬に蹴られたかのように放り出される。
喧騒を静かに見下ろす、星の夜空。
長い髪束が夜空から落ちてくる流星の尻尾のように弧を描いて。
二輪車は、ぐるぐると勢いをつけて回転したまま、ハイウェイのアスファルトに叩きつけられ、その体を大破させた。
主人もまた地面に投げ出されるも、背中の羽のおかげで、大怪我を免れたことを見届けて、プラチナは炎に包まれていった。
小さな体が立ち上がる間もなく、黒塗りの車が次々と現場に到着する。
震えながらも、なんとか立ちあがろうとする体躯の傾きを見て、アスファルトに足をおろした男たちは口々に、生きてる、と呟く。
彼女の姿をとらえる男たちの表情は一様に、黒いサングラスで塗り潰されている。
彼らが並び佇み、こちらがどう動くか、慎重に見定めようとしている光景を、金色の瞳が揺れながら見つめる。
「動くな」
ひとりの男が、容赦無く銃口を向ける。
青の頭が、ぴたりと動きを止めた。
幼子はゆっくりと深く俯き、体を丸めた。長い髪が、まるで繭のように彼女を包んで、白い翼は力なく背中から垂れている。
「本部に連絡しろ。対象を確保したってな」
銃を構える男が、冷たい声で仲間に言い放つ。
「大丈夫か? またそいつ、何か書いてくるんじゃ……」
「まだほとんど、こちらの言葉を覚えてないそうだ。今この状況で、書くことなんか思いつかないだろ」
「まぁそれもそうか……いやしかし……おい、念のため、そいつのペンと紙を取り上げろ」
他の男たちも、念のため銃を——と、腰に手を回したそのときだった。
むくり、と、幼子の頭が持ち上がっていく。
その片手には、黒の油性ペンと、十字に折り目のついた青い折り紙。
「!」
「紙をこっちに見せるんじゃない! 動くな——っ!」
男が叫び終わるより前に、細い手首がくるりと動く。
青い折り紙の白い裏地に、その文字は、歪みながらもしっかりと輪郭を表していた。
わたしは、わたしの。
その場にいる男たちは、全員、その文字を目に焼き付けざるをえなかった。
途端に、がくんと下がる腕。
落ちる銃。
その場にいる者全員が、ぽかんと口を開く。
金色の瞳が、男たちの様子をちらちらと見やる。やがて、何が起きたのか理解したように、しかしどこか驚いたように——ほっ、と一息ついた。
青い折り紙に書いた文字を、手に掲げたまま、ゆっくりと幼子は足を動かし始める。
その場から離れるように。
すると、ある男の傍を通ったとき、男は幼子を見つめながら、うわごとのように呟いた。
「……行くんだ。どこにでも」
金色の瞳は不思議そうにまばたき、少し間を空けてから、頷いて見せる。
男はどこか、満足そうに微笑んだ。
ある程度距離をとってから、幼子は青い折り紙を折りたたみつつ、現場に背を向けようとした。
視界に、青く煌めく物体がきらりと入る。
ハイウェイの端っこに、ぽつんと、大きなバイクがあった。少し古びていて、ところどころに汚れが放置されている。
周囲を見回すが、持ち主らしき人物はいない。
彼女はその機体に駆け寄って行き、ペンを取り出して、ボディに大きな文字でこう書く。
『わたしの』。
幼き少女には見合わぬ大きさでありながら、青いボディは、翼を持つ新しい主人を乗せて、いずこかへ悠々と走り去っていった。
その行き先を、星降る今宵の空だけが、見守っていた。
ことのはと、つばさがはしる。 雨々降々 @R_R_ComeAgain
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