第四話(表):選ばれし者の戦慄

 才能という言葉は、時に残酷な輝きを放つ。  


 努力では決して届かない場所へ、生まれながらに手を伸ばすことが許された者たち。彼らが纏う空気は、僕のような凡庸な冒険者が数十年を費やしても得られない、絶対的な肯定感に満ちている。


 その日のギルドは、朝から不自然な昂揚に包まれていた。  


 王都から派遣された「光の勇者」の一行が、この街へ視察にやってきたからだ。


「……ねえ、あれが勇者様なの?」  


 ネアが不思議そうに窓の外を指差した。  


 広場の中央、豪華な銀の甲冑を纏った少年がいた。アルヴィン。十四か、十五か。まだ声変わりも完全ではないような幼い顔立ちだが、背負った大剣と、周囲を圧するような魔力の波動は、彼が間違いなく「選ばれた存在」であることを示している。


 彼は取り巻きを引き連れてギルドに入ってくると、真っ直ぐに僕たちのテーブルへと歩み寄ってきた。そして、開口一番、僕を指差して不敵に笑った。


「なあ、あんたが噂のFランクのおっさんか?」


 アルヴィンの声は、若さゆえの無遠慮さと、天才特有の傲慢さに満ちていた。


「……カイルだ。勇者様、僕に何か御用でしょうか」  


 僕が努めて穏やかに立ち上がると、彼は僕の使い込まれた装備を鼻で笑い、それから隣に座るネアとルルを、値踏みするように眺めた。


「おっさんさ、いい加減にしたらどうだ? こんな逸材二人を、自分の『おままごと』に付き合わせるなんてさ。才能の無駄遣いにも程があるだろ。俺には分かるぜ、こいつらはもっと高い場所へ行くべき存在だってな」


 彼の言葉には、強い特権意識に基づいた「正論」があった。彼のような天才にとって、才能は世界のために最速で磨かれるべき資源であり、それを最底辺の冒険者が囲い込んでいる状況は、理解しがたい不条理なのだろう。


「彼女たちはまだ、冒険の基本を学んでいる最中です。僕が教えているのは、生き残るための知恵ですよ」


「生き残る? そんなの、俺のパーティーにいれば俺が全部片付けてやるよ。おっさんに教わる『生き残るためのコソコソした技術』なんて、彼女たちには必要ないんだ」


 アルヴィンは机に身を乗り出し、ネアとルルに声を弾ませた。


「なあ、君たち。こんな冴えないヤツと泥まみれになって薬草を摘むのはもう終わりだ。俺と一緒に来いよ。俺なら、君たちをもっと相応しい、光の当たる場所へ連れて行ってやる。世界を救う『英雄』にしてやるよ」


 ギルド中の視線が集まる。  


 確かに、彼の言うことは眩しい正義だった。僕のような凡人が、彼女たちの可能性を狭めているのではないか――そんな自嘲が胸を掠める。  


 だが、ネアとルルは、微動だにしなかった。


「……お言葉ですが、勇者様」  


 ネアが、感情を抑えた静かな声で答えた。


「私たちは、カイルさんに教わるこの時間が何よりも大切なんです。私たちがどこにいたいかは、私たちが決めます」


「……カイルの隣がいい。あんた、うるさい」  


 ルルは、さらに容赦なかった。僕の袖をぎゅっと掴んだまま、アルヴィンをゴミでも見るような無機質な瞳で射抜いた。


 アルヴィンは顔を真っ赤にして絶句した。


「……は? お、お前ら、自分が何を言ってるか分かってるのか!? この俺が、わざわざ誘ってやってるんだぞ!」


「ええ。ですが、興味ありません」  


 ネアの冷淡な拒絶に、アルヴィンは激昂を通り越し、悔しそうに唇を噛んだ。


「おっさん……お前、彼女たちにどんな魔法をかけたんだよ。……いいか、俺は認めないからな。本物の才能が、こんな掃き溜めで腐っていくなんて」  


 彼は僕を睨みつけ、吐き捨てるように言った。


「近いうちに、思い知らせてやる。お前がどれだけ彼女たちの邪魔をしているかをな!」


 アルヴィンは踵を返し、荒々しい足取りでギルドを去っていった。  


 背負った大剣が、朝日に反射して痛いくらいに輝いている。  


 あんなに眩しい才能と、真っ直ぐな自負。それに比べて、僕はただ、自分の錆びかけた剣の重みを確認することしかできなかった。


「カイルさん、あんな生意気な子供の言うこと、気にしないでくださいね」  


 ネアが、心配そうに僕の顔を覗き込む。


「……カイル、大丈夫。あいつ、バカなだけ」  


 ルルの手の温もりが、服越しに伝わってくる。


 僕は彼女たちの優しさに救われながらも、アルヴィンが見せた「若き正義」の残酷なまでの眩しさを、どこか無視できないでいた。

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