プロローグ

 その日は、正直に言えば「よく分からないまま」ついて行った。


 高校1年の春、同じクラスの友達に誘われた。

 場所は、アメ村のライブハウス。MOON HALL。


 地下に降りる階段の前で、

「地下アイドルってこんな感じなんだ」

 と、半分見学みたいな気持ちだった。


 中に入ると、ステージは思ったより近くて、照明は明るすぎず、でもちゃんと華やかだった。

 音が鳴って、5人が走るように出てくる。


 ——エトワール。


 衣装は王道で、フリルがあって、色分けされていて、

「これが地下アイドルか」

 と、妙に納得した。


 曲は5、6曲。

 どれも分かりやすいけど、いい曲ばかり。

 振り付けも揃っていて、客席の人たちは自然にコールを入れている。


 ——なんか、いいな。


 知らない世界なのに、置いていかれる感じはなかった。


 途中のMCタイムで、一人ひとりが順番に話す。


 左端に立っていた、パープルのメンバーカラーの子。

 少し落ち着いた声で、でも場をまとめるのが上手で、

 他のメンバーが話しやすそうにしている。


 ——この人、リーダーなんだ。


 名前は、白石ひかり。


 そのとき、「推しにしよう」なんて思ったわけじゃない。

 ただ、目が自然にそっちに行っていた。


 ライブが終わると、そのまま物販に流れる。


 友達が言う。


「写真買うと、5分くらい話せるよ」


 5分。


 高校生の自分には、それがやけに長く感じられた。

 迷った末、ひかりの写真を一枚買った。


 列に並んでいる間、胸が少しだけ、落ち着かなかった。

 順番が来て、テーブルの向こうで、ひかりが笑った。


「ありがとう」


 それだけで、急に喉が乾く。

 何を話したか、今思えば大したことじゃない。


「今日、初めて来ました」

「そうなんだ、ありがとう」

「友達に誘われて」

「嬉しいな」


 でも、彼女は目を見て、ちゃんと聞いてくれた。


 次の人が待っているのに、急かす感じがなくて、話す間の取り方が、すごく丁寧だった。


「また、時間あったら来てね」


 そう言われて、自然に、


「はい」


 って返事していた。


 5分は、あっという間だった。

 でも、その短い会話が、強く残った。


 帰り道、友達が楽しそうに言う。


「ひかりちゃん、いいでしょ」


 みらいは、少し間を置いて答えた。


「……うん」

「なんか、ちゃんとしてた」


 それ以上は言わなかった。



 その少し後、エトワールが解散したと知った。



 理由は詳しく書いてなかったけど、


 ——もう会えないんだ。

 と思ったとき、胸の奥が、静かに沈んだ。


 ——もう一回、行ってみたかったな。


 その気持ちは、しばらく、消えなかった。



 だから、3年後、SNSで

『Atelier Étoile』という名前を見たとき。


 あのときのパープルの衣装と、

 落ち着いた声と、

 5分の会話が一気につながった。


 ——あの人だ。


 そう思って、迷わず、扉を開けた。


 あのライブの日のことを、ひかりさんに話したことは、まだない。

 でも、カウンター越しに見る横顔に、ときどき、あのときのステージが重なる。


 推しだった、というほどじゃない。

 ただ、「ちゃんと覚えている人」


 それが、今の距離には、ちょうどいい気がしている。

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