タイトルは、西行法師による著名な歌ですが、そこに隠された真の意味を著者なりに紐解いてみようという試みです。
それは彼が高野山での修行時代に行った「ある行為」がきっかけでした。
「え?西行ってこんなことしてるの?」と思うかもしれませんが、この著名な歌人には割と(と言うかとても)マッドな一面があるのですね。
若気の至りとは言えちょっと怖い。
ただ、このちょっとダークな話を、タイトルにある(マッドでないはず?の)歌に結びつけるとは素直に脱帽。
歌の意味って後世の人が勝手に解釈したものですので、本当にそうなのかもしれませんね。
どんな意味かは読んでみればわかります。
おっと、後ろから、何か変な声が聞こえるような…
『ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ』は、タイトルに掲げられた西行の和歌を軸に、「人はどこで、どう生きて、どう死にたいのか」という静かな問いを投げかけてくる掌編です 🌸🍃
作中では、桜・春・望月(満月)といった古典的なモチーフが、単なる風景描写ではなく、「無常」と「美しさ」が同居する場」として丁寧に扱われています 🌕🌸
また、散るからこそ美しい桜、満ちては欠けていく月――それらを見つめる視線には、死を恐れるというよりも、「どうせ終わるなら、美しいもののそばで終わりたい」という、どこか穏やかな諦観と憧れが同時に宿っていました 🌙💭
「死」を真正面から語るのではなく、「こうであったらいいな」という“願い”の形で提示してくれるので、重さよりも静かな温度が残るのが印象的でした 📖✨
読み終えたあと、ふと自分自身の「理想の最期」や「どんな季節が好きか」を考えさせられるのも、この作品ならではの余韻だと思います 🌸🌌
平安時代末期の歌人・西行。その生涯を異世界ファンタジー風(なろう系)に書き表すなら、『宮廷騎士ですが全て(妻子含む)を捨てて僧侶兼吟遊詩人にジョブチェンジして放浪の旅に出ようと思います』といった感じです。
一見するとスローライフ系のお話に見えますが、出家の際四歳になる我が子を足蹴にしたというヤベーエピソードの持ち主なので油断は禁物。とりわけヤベーエピソードが、鎌倉時代の説話集『撰集抄』にあるお話で、この短編はまさにそのエピソードを題材にしています。
読んだ時の衝撃をバラしたくないので詳細は省きますが、異世界RPGなら敵の魔導士系中ボスがするような所業に手を染め、そのことが漂泊の歌人・西行の心と行動に影響を与えていく様は、まさにホラーと言っても過言ではありません。
そして辞世の句「ねかはくは……」に繋がる、彼の旅の行く末。この歌に秘められた「もうひとつの解釈」を、存分にお楽しみください!
古畑の そばのたつ木に いる鳩の 友よぶ声の すごきゆふぐれ――西行法師
(訳:荒れ果てた畑の崖ぎわ、立木に鳩がとまっている。友を呼んでしきりに啼くその声が、ぞっとするほど寂しい――大岡信『古今集・新古今集』より)